第95話 その男は誰ですか?

 始業式が終った後、新一年生はクラスに戻って先生の話を聞いていた。


「それでは今日はこれで終わりになります。明日から授業始まるので、忘れ物をしないように」


 先生は授業初日から忘れ物をしないようにと念を押すように強く言った。

 そんな中、話を聞く生徒の中に一人の生徒がソワソワしていた。柚月だった。

 

 柚月はホームルームが終わり次第、すぐさま綾佳の元へ行く事を考えていた。


 そして先生の話が終わったので早速教室を出ようとした瞬間、柚月は同じクラスの女子に話し掛けられた。


「ねぇ、一ノ瀬さん。私、大ファンなの… 握手して欲しいんだけど…」


「………うん、ありがとうね!」


 柚月は数秒考えた後、営業スマイルをしながら握手をした。

 内心は「早くしないと綾佳先輩が帰ってしまう」と考えていた。


「その… 私も大ファンで、連絡先を交換しないかな?」


「ごめんね。事務所から止められているの。だから連絡先は交換できないけど、仕事がなければ放課後とか誘ってほしいな」


「もちろん!」


 女子生徒は嬉しそうな顔をして、手を振ってその場から離れていった。


「(くっ… 思った以上に時間を取られてしまった。綾佳先輩はまだいるかな)」


 そう思いながら、柚月は急いで二年の教室へ向かった。 


 二年の教室は二階にあり、一年の教室は三階なので下に降りる時に二段飛ばしで駆け降りて行った。

 そして柚月は綾佳のクラスを知らないので、一クラスずつ確認して行った。


 そして、ついに…


「綾佳先輩見つけました!!!」


 三組にて、綾佳を見つけたのだった。





「うん?私の事、誰か呼んだ?」


 綾佳は声のする方を向いた。


「私です!一ノ瀬柚月です。覚えていますか?」


「………」


 柚月に聞かれて、綾佳は顎に手を当てて考えていた。その姿に海里は「おいおい、忘れたら可哀想だろ」と思いながら綾佳の返答を見守っていた。


「あの… 綾佳先輩?」


「あー!思い出した!柚月ちゃん!!」


「綾佳、一瞬忘れていただろ?」


「そ、そんな事はないけどな…」


 海里の言葉に綾佳は言葉を濁しながら虚空を向いていた。


 一方、柚月は一瞬忘れられていたとしても思い出してくれたので喜んでいた。

 同時に綾佳の隣にいる男が、大好きな先輩とどんな関係なのか気になっていた。


「久しぶりだね!活躍は色々と聞いているけど、まさか同じ高校に来るとは思わなかったよ!」


「同じ高校に来るのは当たり前ですよ!私は綾佳先輩と学園生活を送りたいと思っていたので」


「でも学年違うから一緒に学園生活を送るのは難しいかな?お昼も一緒に食べる人決まってるし」


「そうなんですね…」


 綾佳の言葉を聞いた柚月は下を俯いたあと、「それで」と話を続けた。


「さっきから気になっていたのですが、その横にいる男は誰ですか?ストーカーですか?一発蹴って追い払いましょうか?」


 柚月の攻撃的な台詞に、海里は苦笑いした。


「あの、一ノ瀬さんって言ったかな?初対面の人に対して、その言い方は酷くない?」


「…… それで、この男なんですか?」


 海里は無視されて、顔を引き攣った。

 綾佳は海里の肩をトントンとして、柚月の耳元で説明を始めた。


「(この人は私のマネージャー(バイト)で、養ってあげている人だよ)」


「なっ… 綾佳先輩のマネージャーで、養っているだって?!」


 ご丁寧に綾佳の言葉を一字一句復唱して驚いていた。その時、周りに誰もいなかったのでバレることはなかった。


「そう!だから、柚月ちゃんも仲良くしてあげてね!彼、面白いから」


「その… 寺本海里と言います。以後よろしくお願いします」


 海里が柚月に手を伸ばして握手を求めたが、彼女は手を叩いてそっぽを向いた。


「あはは… これは時間掛かりそうだね。そうだ!私達の家に来る?」


「行きます!!」


 綾佳の提案で、柚月が家に来ることになった。

 海里は溜息を吐きながら、「何事もなく終わってくれないかな…」と思った。

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