第7話 事務所へ向かおう

「渋谷に着いたー!!」


「綾佳、目立つからもう少し静かに」


 上着の上からでも分かるふくよかで丸みを帯びた双丘に目を奪われながらも、静かにするように伝える。

 もしここで綾佳の事がバレたら、人だかりができて事務所に向かう事が出来なくなる。

 

「大丈夫だよ。私の変装完璧なんでしょ?」


「完璧だけど、大声を出したら一発アウトになりそう」


「え〜、海里くんとお話しながら歩きたいのに…」


 少し残念そうな顔をしながら、海里の方をチラチラ見てきた。

 その姿を見た海里は、とても悩まされていた。


 (綾佳と歩きながら話すのは楽しいだろう)


 なら、大声ではなく小声で話してもらえばいいんじゃないかと思い、綾佳に伝える。


「小声で話せば、話しながら歩けるよ」


「まるで私が、いつも大声で話してるって言ってるよね?」


「そうだな。時々、もう少しボリューム下げて欲しいと思うことはあるぞ」


「分かった。今だけは、小声で話すよ」


 素直に従った綾佳に海里は少し驚いたが、〝今だけは〟の言葉には少々眉間が寄る。

 だけどそれを気にしなければ、普通に楽しいお出かけなので我慢する事にした。


 ただ…前日の綾佳が言った「デートみたい」って言葉を思い出し、急に緊張していた。


「急に顔が赤くなってどうしたの〜?あっ、デートだって意識しちゃった?」


「べ、別に、服を着すぎて顔が赤くなっただけだし。それより、事務所はどこにあるの?」


 何もかも見透かした様に、ニヤニヤしながら海里を問い詰める綾佳。

 それを交わして、話題を変える海里。


 少しだけ不満そうな顔をしたが、綾佳も海里の話題を続けて話してくれた。


「事務所はね、宮益坂の途中のビルにあるよ!」


「宮益坂?」


「渋谷駅から青山通りに上がる坂道でね、有名な坂なんだよ!」


「なるほど。その坂を目指せば事務所に着くんだな」


「そーなのです!」


 海里と綾佳はやっと事務所に向けて歩き出した。



「ねえねえ、コーヒーショップでココア買ってから向かわない?」


「俺はいいかな。って言っても所持金が無いし」


 宮益坂があと少しという所で、綾佳はコーヒーショップを見つけて温かい飲み物を買いに行こうと言ってきた。


 だがそれは意味のない事。

 海里はここまで来るのに、綾佳が全て払ってくれている。そう、海里は所持金が一円もないのだ。

 なので聞かれても、海里は遠慮するしかなかった。


「分かった…私買ってくるから、少し待ってて」


 綾佳は一言いうと、足早にコーヒーショップへと向かった。



「お待たせ。はい、これ海里くんの分」


「えっ!?」


 そう言って、綾佳は海里にホットココアを手渡してきた。

 遠慮したはずなのに買ってきたので海里は驚いたが、綾佳の好意を無駄にしない為に受け取った。


「じゃあ、行こうか」


「寄り道しまくりだけどね」


 少し苦笑いしながら、また歩き出す。

 歩きながら飲んだホットココアは、とても美味しく体がぽかぽかした。



 宮益坂の坂を登っている途中、綾佳は歩みを止め海里の方に向き直し口を開いた。


「海里くん、こちらが私の所属する事務所のビルになります」


「ここが…」


 海里は綾佳が手を伸ばした方を、真剣な眼差しで見つめていた。

 これから綾佳が所属する事務所の社長と対面。

 上手く話せればバイトだけど、専属マネージャーとして働ける。

 下手をすればバイトどころか、綾佳の家から追い出されて野宿になる。

 そんな緊張を抱えながら、二人はビルへと入って行った。


「緊張しなくても大丈夫だよ」


「いや、俺の人生が掛かってるから気を引き締めないと無理」


「大袈裟だな〜ほら、頑張りなさい」


「ありがとう」


 エレベーターに乗って緊張している海里に、綾佳は背中を強く叩いた。

 少し痛かったが、緊張が解れたので綾佳に感謝をした。


 そして目的の階層に付き、ドアが開くとマネージャーと一人の男が待っていた。


「やぁ、俺はここの事務所の社長をやっている国見だ。なかなか来ないから、エレベーター前まで来てしまったよ」


 一人のガタイの良さそうな男は、瀬倉綾佳が所属する事務所の社長だった。

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