不可能は死なないし、語らない
王子
プロローグ
俺の仕事は、監禁してきた人間に食事を与えることだった。
この行為自体、数え切れないほど繰り返しているのに何度やっても慣れない。
「あ、お、お金なら、払います。い、家に。か、帰して」
暗い部屋の隅で丸まっている人間が、全身を不憫な程に震わせながら言った。違う、違うんだ。俺はただ、食事を持ってきただけなんだ。酷いことなんてしない。と、心の中で呟いた。
「ご飯、置いておきます。食べてくださいね」
過度な接触は良くない事態を招く。俺は人間の数十センチ前に食事を置き、踵を返した。
部屋を出て外から鍵をかければ、普通の人間ならまず脱出できない。
そう、「普通の人間なら」だ。
「様子はどうだった?」
二重のロックをかけ終えた途端、背後から声をかけられた。
「睡ルさん」
道化詩睡ル(どうけうた ねむる)。俺はこの人物が苦手だった。まず、見た目が怖い。体中に痛々しい傷跡があって薄暗い場所で見るとまるでフランケンシュタインだ。
睡ルさんは左の瞼に一際大きな数痕がある為に、左目は殆ど開かない。その代わりに、右目を限界まで開いて俺の方に顔を寄せた。
「良いか、華胥私立(かしょう しりつ)。人間に食事を与える。この仕事だけは怠るな。食べようとしないなら、縛り付けてでも口に入れろ」
「フルネームで呼ばないでください。俺、自分の名前嫌いなんで」
睡ルさんは呆れたように息を吐き、俺から離れた。
「いい加減、自分のことを人間だと思うのはやめろ」
睡ルさんはきっぱりとそう言い切る。俺が最も言われたくないことだった。一言一言が鋭い針のようになって、俺の心臓を刺す。脳味噌の一番奥深くに閉じ込めておいた嫌な記憶を刺激されて、苦しくなった。
「俺は人間です」
「違う」
睡ルさんはそうとだけ言って振り返ってしまった。もう、部屋に戻るつもりなのだ。
「人間じゃないなら、なんなんですか」
睡ルさんが立ち止まる。少しの間の後、こう言った。
「不可能」
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