第11話

拮抗した実力を前に、久遠は驚きを隠していた



(…霊斗が主を超えることはあり得ない。それぞれが最強である以上、超える伸び代はない…。でもあの霊斗…紗羅は、来夏を超えてる)



徐々に圧されはじめる来夏を見て、ようやく久遠は動き出した



(展開。四聖獣第三結界)



屋敷を覆うように展開されたそれは、敵から奪った力を味方に分配する天使の力を用いたものだ



「これは…私たちの技術、ですね」


「さて、どうでしょうね!」



来夏の神機が大砲に姿を変えた

ゼロ距離でフルパワーの一撃が叩きつけられる



「…っ!」


「威力を逆相の神力で相殺したのかな。来夏負けそうなんだよなぁ」



こんなことならもう1人の従者を連れてくるんだった、と後悔しながら久遠は来夏と紗羅の間に入った



「…あら、貴女…天使ですね」


「残念。私は、死神と天使のハーフだよ」



来夏がおとなしく澪の元へ下がるのを確認してから、久遠は神機を握り直した

そして神力と霊力を同時に流し込む



「暴走開始」


【桜坂久遠の暴走が開始されます。周囲の人員は退避してください。繰り返します】



空から降り注ぐ声に気を取られた紗羅は、斬撃を紙一重でかわした

つもりだった



「…っ!?腕を、飛ばされた…!?」



紗羅の右腕は斬り飛ばされ、血に落ちたと同時に霧散した

久遠はそれでも動きを止めず、さらに肉薄していく



「…この、力は…どこから…!」


「クハハハハハハ!!」



狂気に満ちた笑みを浮かべた久遠

その瞳は先ほどまでの黒ではなく赤。白目は黒く染まり、見てくれから恐怖を感じさせる



「あれは…」


「…私にもある、暴走。死神と別の種族の力を同時に使うことで起きる拒否反応だよ。死神は世界に嫌われてるから、世界に元々存在してた力と共存できない。しようとすると、共鳴して暴走するの」


「だとすれば、危険ですね」


「あれどうやって止めるの?って話だからね…」



そんなことを話している間にも久遠は紗羅を圧倒していく

狂気に満ちた笑みを浮かべながら神機を振るい、服…というよりは機械の装甲を剥がし、素肌を白日の元へさらしていく



「くっ…」


「久遠さん…」


「…暴走開始」



澪もまた、久遠と同じように霊力と魔力を神機に流し込んだ

ギリギリ理性を保てるレベルに抑え込み、久遠の前に立つ



「な、なにを…?」


「…」


「邪魔するなら、殺す」



久遠と澪が切り結ぶ神機が、悲鳴のような慟哭を上げる

2人の力は完全に互角だ。全く別の力を持ちながら、実力は同じ

それ故に戦いは長引くということが、来夏にも紗羅にも予想できる



「そこまでだ、久遠」


「っ!澪、戻りなさい!!」



空から落ちてきたのは夜斗だ

それを見て来夏は澪に戻るよう命じた

辛うじて理性を保っていた澪は暴走を抑え、夜斗は躊躇いなく久遠の背を袈裟斬りにした



「……毎度止め方が雑だってば、主」


「暴走するから悪い」



肩に担いだ太刀を日本刀の形に変える夜斗

ナノマシンで構成された神機である夜刀神は、結合の形を変えることで形状を変えることができる

先ほど来夏がやったのもそれだ



「紗羅、と言ったな。無駄な抵抗はよせ。こっちの世界で来夏と拮抗する力では、俺には…俺たちには勝てない」


「…だとしても、私は…来夏を現世に送る理由があります。負けるわけには、いかない…!」



天使の力である神力を掌に集めて夜斗に向ける紗羅

ため息をつきながら、夜斗は指を鳴らした



「無駄だと言ったはずだ」



来夏の背後を、1人の男が通り過ぎた

その人物は夜斗の前に身を投げ出し、手を紗羅に向ける



「こい、天照大御神アマテラス!」



その人物と夜斗の間に現れたのは女神だ

その名に恥じぬような、太陽神

容姿は美しく、何人たりとも彼女に落ちぬ男はいないような美少女



「…っ!」



紗羅の手から放たれた球体は、音に近い速度でその人物に接近した

しかし、それを半透明な壁が防ぎ、女神が放つ火球がそれを飲み込みながら紗羅に肉薄する

紙一重で回避した紗羅だったが、首筋に当てられた鎌に目を見開いた

一樹が合流し、気配を消して背後を取ったのだ



「終わりだ」


「言っただろう、俺たちには勝てないと。なぁ霊斗」


「…無理やり連れ出されてここにきた俺にかける最初の言葉がそれか?」


「…んー…遅かったな?」


「違うわ!」



霊斗と呼ばれたその人物は、来夏の側に歩み寄り治癒の魔術を発動した

負った傷が片っ端から治っていき、久遠•夜斗•霊斗•一樹•澪•来夏が紗羅を取り囲んだ



「…紗羅。話してもらいますよ。私の親友たる貴女が、死神を追い詰めて私を殺そうとした理由を」


「…殺そうとしたわけじゃないわ。助けたかったの」


「…はい?」


「崩壊世界はあと2日で壊れる。その前に貴女と澪ちゃんだけでも、現世に送りたかった。それだけです」


「…ならただ唯利さん呼べばいいだけだよね?なんでわざわざ追い詰めたの?」


「…来夏を追い詰めれば、澪ちゃんを現世に送り出すでしょう。そうすれば澪ちゃんが現世の自分に助けを求めて、こちらの世界に迎えにくると予測しました。結局大人数できてた上に倒されちゃいましたけど」



小さく笑う紗羅



「…夜斗、こいつは?」


「鏡の国…前に話した崩壊世界でのお前だ。種族はお前と相反する天使。っと、細かいことを話す余裕はねぇらしいな」



天使たちが久遠たちを取り囲む

ただし、背を向けて

戻ってきた死神たちも、天使の隙間を埋めるように円陣を組んだ



「どうやら、弱ったところを突こうと狙ってたらしいな。獣人と吸血鬼は」


「…そんな…」



膝をつく来夏。すでに力を使い果たしたのだろう

夜斗と霊斗以外、全員が満身創痍だ



「来夏様。この場は我々に任せて、現世に避難してください」


「そんなことできません!仲間を見捨てる頭領がどこにいるんですか!」


「紗羅様もです。死神と手を組むのは癪ですが」


「…っ!現世に…無理です!私たちはこの世界で骨を埋める運命にあるんですよ!?」



口論が絶えない

来夏は死神たちと戦いたいらしく、無理やり立ち上がり神機を握った

紗羅も同じ覚悟らしく、壊れた機械を脱ぎ捨てて薄いワンピース姿で前に出ようとした

2人の肩を掴んで止めたのは夜斗だ



「恩に着るぞ、皆。こんな言葉をかけるものではないが、元気でな」


「…ありがとうございます、夜斗様。あとこの者も連れて行ってください」



夜斗の目の前に投げ出された少女は、どこか生意気な目をしていた

神機の見た目から、誰なのかを察して了解の意を伝える夜斗



「…天使たちは、俺たちの世界だと俺の部下なんだよな」


「そうみたいです。信じられませんがね、こんなひよっこが…」


「悪かったな。お前らの主人は預かる。やりたいようにやりな」


「ありがとうございます、霊斗様」


「「待ってください、私は…!」」



抗議の声をあげる2人

しかし夜斗はその言葉を切り捨てた



「覚悟を決めた者たちへの情けは侮辱だ」


「「…っ!!」」



夜斗はまた指を鳴らした

すると空に光の穴が開き、唯利が現れ夜斗の真上に停車する



「…ありがとうございます。この来夏、貴女たちの奮闘を忘れません」


「…天月一族筆頭としてお礼申し上げます。さよなら…」


「違うな。さよならは適さない。わかるだろう」



夜斗は笑って地面を蹴り飛び上がった

一樹、久遠、霊斗も同じように跳び上がり、唯利に乗り込んだ

吸血鬼が召喚獣を放とうとしても、一樹によって無効化されている



「…そうですね」


「…私が私に諭されるなんて」


「「行ってください!」」


「「…また、お会いしましょう」」


「「…はい。いつか、必ず!」」



来夏と紗羅、そして澪が唯利の電車に乗り込む

と同時に発車し、襲われ始めた天使と死神を眺める来夏と紗羅

夜斗は唯利の真横に移動し、目の前に広がる光景に目を疑った



「…侵食されてるな」


「うん。おそらく、分裂させたときの魔力が切れかけてる。もうこの世界はもたない」


「…この世界が消えるのと、あいつらが負けるのどっちが早い?」


「多分、消える方が早いよ。私が今止めてるだけだから、私が現世に帰れば一瞬だし」


「ならせめて苦にならず死ねるわけか」



全員が崩壊世界の最後を目に焼き付ける

唯利も何度かきたことがあるが故に、少し後ろ髪を引かれる思いだ



「…さよなら、私たちの…崩壊世界…」



来夏と紗羅は疲労のあまりか、その場に倒れた

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