第8話

到着すると同時に飛び降りることを強要された久遠たちは全員開かれたドアから空中に身を投げ出した

その直後、唯利は電車を光の中へと突入させて自分はゆっくりと地面に降りる



「…酷いありさま」


「だな。久遠、お前は澪を連れて来夏のとこに行け。お前が俺の位置を把握できるように、澪も来夏の位置がわかる」


「了解。っていうかこっちにきたら私死ななくなったんだけど」


「こっちで会う分には死なない。俺は現世で会った時も死ななかったけどな」


「ふーん。じゃあ様子見てくるよ」



久遠は澪と共に歩き出した

澪が先行していき、反転した沼津の大通りを歩く

とはいえ道路は見るも無惨な姿へと変貌しており、両脇の建物はほとんど崩落しているが



「どこにいるの?」


「感覚的には自宅かな。なぎが匿うとしたらそこしかないし、反応もそこにあるよ」


「おっけー。…私さ、向こうの世界では怪異を狩る仕事をしてるんだよね」


「怪異って何?こっちにはいないの」


「うーん…。妖怪?かな?私たちは人に害なす力を持つ者全て怪異って呼んでる。例えば…ドッペルゲンガーとか」


「伝承ではきいたことあるよ、それ。全く同じ姿の人が会うと死ぬって伝承だよね?」


「うん。最近私の目撃情報があって、ドッペルゲンガーだと思ったの。ドッペルゲンガーの私が何かしたら、私のせいになるから」


「評判いいもんね、久遠は。私あんまり良くなくてさ…」



澪が身の上話を始める

それはある意味では悲惨なものだ



「こっちの世界だと、君みたいに主人を選ぶってできないんだよね。生まれた瞬間に主人が決まってて、裏切れば死ぬようになってるの。久遠みたいな擬似死神?っていうのもいなくて、ただの死神っていうのと同じのしかいない」


「便利な感じするけどなぁ」


「ううん。来夏様は、あまり人を人として見てないところがあってさ。周りから嫌われてたんだよね。で、死神の従者って性格で決まるっていう都市伝説があって、そのせいで私も嫌われた」


「夜斗と真逆だね、来夏って人は。夜斗は感情移入が酷くて、何度犯人を逃そうとしたことか…。人を助けるためなら自分の命なんて考えずに飛び込むし」


「でも、本当の来夏様はね。自分を認めてくれる人を本気で大切にする人なの。突き放して離れるならその程度、それでもくるなら大切にする…みたいな」


「ふーん。自己中だね」


「…っ!」


「でもさ」



久遠は澪の手を握った

立ち止まって澪の目を真っ直ぐ覗き込む



「私は嫌いじゃないよ、そういうの。それに、澪も」


「私…?」


「私はもう人に呆れてるし、何も期待しない。だからこっちの世界で私を知ってる人がいなくてもそれが何ってならない。君は現世で泣いてたでしょ」


「…それは」


「不安になる、なんて私はないよ。けどそうありたいと思ってた。こっちの私がそういう感性を持っててくれたから、なんというか…ちょっと救われたかも」



今度は久遠が澪の手を引いて歩き出した

夜斗の家と全く同じ場所なら久遠でも行くことはできるからだ



「…久遠って変なこと言うよね」


「かもね。夜斗にも言われるよ」



数分後、来夏の自宅に着いた2人はチャイムを鳴らした

この辺りは比較的倒壊した建物が少なく、設備もある程度生きている



『…澪さんでしたか、少々お待ちを』



中から聞こえてきたのは来夏の弟•凪の声だ

現世でいうところの夜斗の妹である紗奈と同じ立場の人物だ



「お久しぶりですね、澪さん。来夏は助けを呼んでほしい訳じゃないと思いますけど」


「夜斗が勝手に連れてきたんだよ。はじめまして、私は久遠。向こうの澪だよ」


「ああ、貴方が噂の…。僕は凪です。そうですね、向こうの紗奈さんと言えばお分かりかと思います」


「よろしくね。…こっちの夜斗に合わせてほしいな」


「構いませんよ。どうぞ」



招き入れた凪は、リビングのソファーで横になる来夏の前に2人を案内した

そして澪と凪は正座し、久遠は立ったまま声をかける



「君がこっちの夜斗?」


「…あら、向こうの澪ちゃん…。こんにちは」


「満身創痍って感じだね」


「不覚にも、背後を取られました…。申し訳ありません、横になったままで…」


「いいよ別に。傷見せて」



来夏は久遠に背を向けて体を起こし、服を脱いだ

艶かしい肌を露わにした来夏の背に触れる久遠



「…天使の攻撃だね、これ。私が使う天撃と同じ感覚。しかもこれ、上位でしょ」


「御明察おみそれいたしました。私は天使族のトップと戦う最中、気を取られて背後に攻撃を受けたんです」


「見た感じ、死神の力を妨害されてるね。治癒が働かないのは神力が霊力を妨害してると見て間違いないよ」


「…はい。そのため我々は敗北し、逃避するしかありませんでした。他の死神たちも各地に散らばることになってしまいましたね…」



来夏が肩越しに笑い、澪が泣きそうな顔をした

それを見た久遠は居ても立っても居られず、背に手を翳した



「…初回サービスだよ。天翼、展開」



久遠の背に現れたのは天使の羽だ

といっても右側のみで、左側には何も出てこない

翳した右手に神力を纏い、左手に霊力を集わせる



「ちょっとくすぐったいけど耐えてね」


「「「え…?」」」



久遠は絶妙なバランスで神力と霊力を流し込んだ

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