第5話

魂葬が終わり、葬儀の支度をするという男の店を出て一樹は北に向かった

もしやそちらに拠点があるのでは?と踏んだのだ



「人の幸せを願うのなら、それに応じた力を持たなきゃならない。だから俺は死神化した。世界の願いを壊すために」



一樹はそう言って月を見上げた

と同時に横に転がり、降ってきた人間を躱す



「何者だ!」


「君こそ誰!?」



その人物の容姿は、ほとんど久遠だ

あえて言うのなら髪の色が微かに茶色に近く、久遠の鮮やかな金髪とは似て非なるもの

顔つきは全く同じ。体つきは女性よりでくびれもあり、胸も一般的なレベルにはある



「お前が久遠のドッペルゲンガーか。神機、解放!」


「…久遠…?また、久遠…?なんで…?」



その少女は手にしていた日本刀を握りしめた

それは久遠が使う武装と全く同じものに見える



「なんで私を誰も知らないの!!」


「うぉ…!?なん、だこれ…!」



少女から溢れ出たのは魔力だ

魔族しか有さないというそれは、怪異のもつ妖力とは大きく異なる

その魔力が一樹に、圧力として襲い掛かった



「やべ…解放を維持できない…!」



大剣へと姿を変えた一樹の神機が、一瞬にして鎌に戻された

溢れ出る魔力の奔流に圧されて、一樹の霊力が霧散してしまったのだ



「くっそ…こんなことなら誰か呼べばよかったぜ…」


「なんで!同じ景色なのに、違う人がいて!私を知らないの!?みんな私を見て久遠って呼ぶのはなんで!?私は…私はみおなのに!」



魔力が固まり1つの獣を作り出した

それは真っ青な狼で、半透明。目は紅く輝いており、徐々に実体化していく



「切り裂け、血塗れ神狼ブラッド•フェンリル!」


「幻獣かよ…!?」



襲いくる狼を刀に戻した神機で受け流し、双方を経過して屋根まで跳び上がる

無線を出した腕を正確に撃ち抜かれて、壊れた無線を取り落としてしまった



「あの距離から魔術で狙って無線壊すとかヤベェだろ…!」


「もう、全部壊れちゃえ!」


「仕方ない、封殺陣!」



一樹は手の中に魔法陣のような幾何学模様を出し、それを握り潰した

すると上空に直径1キロ程度の同じ幾何学模様が現れ、円柱が形成される

中に自分と少女を封じ込め、破壊をなかったことにする結界だ



「うぉ…封殺陣が壊れそうだ。ここまでの魔力、緋月霊斗以来だな」



夜斗の友人を思い返し、神機を握り直す

迫り来る爪を予測して跳び、少女の隣に降りた



「あー…少し落ち着け?何があったのか知らんが、話くらい…」


「話しても無駄なのはわかってるよ!みんなみんな、久遠が久遠がって…バカにしてさぁ!」


(…これは、ドッペルゲンガーなのか?)



ふとした疑念に気を取られていると、背後からきた爪を回避するのが遅れた

跳んで避けたものの、左腕に掠っており使い物にならなくなっていた



「やべぇな。長期戦は不利すぎる。あーもう、魔力無効化の槍持ってくりゃよかった」


「ああああああああ!!!」


「しょうがないか。転送!」



一樹は手を上に上げ、手のひらを空へ向けた

直径20センチほどの幾何学模様が現れ、中から飛び出してきた槍を掴み取る



「氷月華!」


「フェンリル!」



真正面からぶつかり合う一樹の槍と狼

その力は拮抗しているように見えるが、僅かに一樹が押されている



「…マジかよ。黒よ黒とて白となり、白よ白とて黒となれ。浅き夢見し傀儡よ。その手に握るものはなんぞや!」



一樹が言い終えると、槍の側面に7つの幾何学模様が現れた

それらは線で接続されてすぐに消え、青白い光を槍に与える



「氷月華!」


「うぁぁあああああ!!」



力を逸らして狼の横に移動し、横から槍を振り上げる

それだけで、狼は真っ二つになり炎のように消えた



「え…う、そ…。フェンリル、が…?」


「いい加減話をさせてくれ。なんでも奢ってやるから」


「…今なんでも言った?」


「ああ」


「…じゃあ、とあるお店に行きたい」


「いいぞ。ただし、俺の質問に答えるのが条件だ」



一樹はようやく収まった殺意にため息をつき、手を引いて走り出す少女に目を向けた

その姿はどこか悲しげで、風が吹けば消えそうな涙が見える

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