「有馬くん。雨」

 いつの間にか、雨が降っていた。岡田が窓を開けて、ベランダの洗濯物を中に入れてくれた。受けとって、物干しハンガーをカーテンレールにつるす。

「ありがとな」

「なーんでや」


 ドドドドドンという勢いで、ドアが叩かれる音がした。

「ちょっ……。誰だ?」

 わからないまま、ドアを開けた。

「あーりーまっ!」

「栄ちゃん? ずぶぬれだな」

 松野栄太。ひねりはなく、栄ちゃん。

「傘、持ってなくて。入っていい?」

「とんでもない。満員だよ」

「なんで? 入れてよ。今日、泊めてほしくて」

「いや、無理だって」

「そこをなんとか」

「いいけど……。せまいぞ」

 栄ちゃんは、キャラクターの柄のガーゼマスクをつけている。本人による手作りの可能性もあった。

「あれっ? ヒサとオカモンがいる。呼んだの?」

「んなわけあるか。リモートワーク中だぞ」

 玄関脇の収納棚から、バスタオルを出して渡した。

「これで、頭拭いとけ。風邪ひくぞ」

「ありがとう」

「なあ……。どうして、ここがわかったんだよ」

「年賀状。リターンアドレス見れば、わかるよ」

「……あっ」

「律儀にくれてたのが、あだになったね」

「最悪……」

 栄ちゃんが、ヒサと岡田の間に座る。もともと広くもない部屋が、ますますせまくなった。

「なんで、同じ日に上京してくるんだよ。おかしいだろ。連絡とって……とかじゃなくて?」

「偶然だよ。ほんとに」

「引かれ合っちゃったんだなー」

「んだな」


 終業後の午後六時。腹がへってきた。

「夕ごはん、どうする?」

「ラーメン食べたいなー」

「いいけど。なんで、急にラーメン?」

「こないだ、ラーメン屋の前で、三十人くらいの行列みちゃって。コロナだからとか、かんけーないのなー。ラーメンの力を感じたわー」

「勝手に感じてろ」

「有馬って、ヒサに厳しいよね」

「それなー。有馬ー。ラーメン買ってきてー」

「俺は行かない。ぜったいに行かない。

 袋麺、買ってこいよ。買ってきてくれたら、作ってやるから」

「わーったよ。めっちゃ食いたくなってきたから、行ってくるわー」

「ちゃんと、四人分買ってくるんだぞ」

「僕、みそ味がいい」

「俺は、しょうゆかなー。有馬とオカモンは?」

「俺、みそ」

「てきとーでいー」

「あと、焼き豚買ってきて」


 二十分くらいで戻ってきたヒサは、しぶい顔をしていた。

「職質されたわー」

「は? なんで」

「知らねーわ。なんか、あやしく見えたらしい。うんざりだわー」

「お疲れさん」

「有馬は、外出しないの?」

「しない。買い物は通販か、配達してくれるスーパーで頼んでる」

「それは、なんで?」

「俺、持病あるんだよ」

「えっ?! なに?」

「小児喘息。もう薬とかは、いらないんだけど。一応、自衛してる」

「じゃあ、僕たちが来たの、まずかった……よね?」

「いいよ。もう。かかる時は、どこにいたって、かかるし……」


 ラーメンを作って食べた。俺が作るつもりだったけれど、岡田が手伝ってくれた。最終的には、ほとんど岡田におまかせ状態になっていた。

「ちょっと足りない。なんか、他に食べられるものある?」

「ええー? 待ってろ」

 台所に目をやる。岡田が、何かしているのが見えた。

 白い皿を片手で持ってきて、座卓の上に置く。

「おにんこ、作ってやったべ。たべっけ?」

「お、おにぎり……」

「わーい。いただきまーす」

「俺も、もらうわー」

「東京に四年もいたのに。オカモンの茨城弁は、ちっとも失われなかったね。なんで?」

「地元で暮らしてっからだべなー」

「オカモン、仕事は何してるんだっけ?」

「クビなっちったけど。観光バスの、運転手兼ガイドだべ」

「あー。そりゃあ、厳しいよなー。今は……」


 外が、さらに暗くなってきた。

「お風呂、借りていい?」

「うち、シャワーしかないんだけど」

「えー。まじかー」

「文句がある奴は、銭湯が近くにあるから。そこ行って」

「僕、シャワーだけでいいよ」


 栄ちゃん、ヒサの順でシャワーを浴びた。

「岡田。みんなが寝てからにする? 銭湯、つれてってやろうか?」

「夜、はいっぺ」

「そっか。じゃあ、俺も入っとく」

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