2
「有馬くん。雨」
いつの間にか、雨が降っていた。岡田が窓を開けて、ベランダの洗濯物を中に入れてくれた。受けとって、物干しハンガーをカーテンレールにつるす。
「ありがとな」
「なーんでや」
ドドドドドンという勢いで、ドアが叩かれる音がした。
「ちょっ……。誰だ?」
わからないまま、ドアを開けた。
「あーりーまっ!」
「栄ちゃん? ずぶぬれだな」
松野栄太。ひねりはなく、栄ちゃん。
「傘、持ってなくて。入っていい?」
「とんでもない。満員だよ」
「なんで? 入れてよ。今日、泊めてほしくて」
「いや、無理だって」
「そこをなんとか」
「いいけど……。せまいぞ」
栄ちゃんは、キャラクターの柄のガーゼマスクをつけている。本人による手作りの可能性もあった。
「あれっ? ヒサとオカモンがいる。呼んだの?」
「んなわけあるか。リモートワーク中だぞ」
玄関脇の収納棚から、バスタオルを出して渡した。
「これで、頭拭いとけ。風邪ひくぞ」
「ありがとう」
「なあ……。どうして、ここがわかったんだよ」
「年賀状。リターンアドレス見れば、わかるよ」
「……あっ」
「律儀にくれてたのが、あだになったね」
「最悪……」
栄ちゃんが、ヒサと岡田の間に座る。もともと広くもない部屋が、ますますせまくなった。
「なんで、同じ日に上京してくるんだよ。おかしいだろ。連絡とって……とかじゃなくて?」
「偶然だよ。ほんとに」
「引かれ合っちゃったんだなー」
「んだな」
終業後の午後六時。腹がへってきた。
「夕ごはん、どうする?」
「ラーメン食べたいなー」
「いいけど。なんで、急にラーメン?」
「こないだ、ラーメン屋の前で、三十人くらいの行列みちゃって。コロナだからとか、かんけーないのなー。ラーメンの力を感じたわー」
「勝手に感じてろ」
「有馬って、ヒサに厳しいよね」
「それなー。有馬ー。ラーメン買ってきてー」
「俺は行かない。ぜったいに行かない。
袋麺、買ってこいよ。買ってきてくれたら、作ってやるから」
「わーったよ。めっちゃ食いたくなってきたから、行ってくるわー」
「ちゃんと、四人分買ってくるんだぞ」
「僕、みそ味がいい」
「俺は、しょうゆかなー。有馬とオカモンは?」
「俺、みそ」
「てきとーでいー」
「あと、焼き豚買ってきて」
二十分くらいで戻ってきたヒサは、しぶい顔をしていた。
「職質されたわー」
「は? なんで」
「知らねーわ。なんか、あやしく見えたらしい。うんざりだわー」
「お疲れさん」
「有馬は、外出しないの?」
「しない。買い物は通販か、配達してくれるスーパーで頼んでる」
「それは、なんで?」
「俺、持病あるんだよ」
「えっ?! なに?」
「小児喘息。もう薬とかは、いらないんだけど。一応、自衛してる」
「じゃあ、僕たちが来たの、まずかった……よね?」
「いいよ。もう。かかる時は、どこにいたって、かかるし……」
ラーメンを作って食べた。俺が作るつもりだったけれど、岡田が手伝ってくれた。最終的には、ほとんど岡田におまかせ状態になっていた。
「ちょっと足りない。なんか、他に食べられるものある?」
「ええー? 待ってろ」
台所に目をやる。岡田が、何かしているのが見えた。
白い皿を片手で持ってきて、座卓の上に置く。
「おにんこ、作ってやったべ。たべっけ?」
「お、おにぎり……」
「わーい。いただきまーす」
「俺も、もらうわー」
「東京に四年もいたのに。オカモンの茨城弁は、ちっとも失われなかったね。なんで?」
「地元で暮らしてっからだべなー」
「オカモン、仕事は何してるんだっけ?」
「クビなっちったけど。観光バスの、運転手兼ガイドだべ」
「あー。そりゃあ、厳しいよなー。今は……」
外が、さらに暗くなってきた。
「お風呂、借りていい?」
「うち、シャワーしかないんだけど」
「えー。まじかー」
「文句がある奴は、銭湯が近くにあるから。そこ行って」
「僕、シャワーだけでいいよ」
栄ちゃん、ヒサの順でシャワーを浴びた。
「岡田。みんなが寝てからにする? 銭湯、つれてってやろうか?」
「夜、はいっぺ」
「そっか。じゃあ、俺も入っとく」
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