ステイ・ウィズ・ミー

福守りん

 俺の部屋には、インターホンなんてものはない。だから、誰かが俺に用事があって訪れる時には、必ず、ドンドンドンというノックの音か、誰かの声が聞こえてくるのだった。

「有馬ー。助けてくれー」

「……ヒサ?」

 福島にいるはずの友人が、なぜここにいるのだろう。いや、待てよ。よく似た声の他人……のわけがないよな。

 鍵を開けて、外側に向かってドアをひらいた。

「どうしたんだよ。ヒサ」

 久永颯斗。極限まで略した結果が、ヒサ。大学で知り合った友人の一人だ。

 黒のウレタンマスクをつけている。

「いやー。彼女に追い出されてさー。同棲解消ってやつ」

「俺のとこじゃなくて、他にもあるだろ……。うち、ワンルームだぞ」

「今日、泊まらしてほしいんだわー」

「いいけどさ……。お前、コロナ持ってきてねーだろうな」

「気をつけてるけど。どうかなー?」

「……まじで、不安になるんだけど」


 とりあえず部屋に上げた。福島まで帰らせるほど、非情にはなれなかった。

「仕事、どうすんだよ。東京じゃないだろ」

「有給もらったー。五日間。代休を消化しろって、言われててさー」

「まさか。五日間、うちに……」

「頼むわー」

「頼まれたくねええぇ」

 一日、長くて二日だろうと思っていた。まさか、五日とは。

「俺、うちで仕事してるんだよ。遊んでるわけじゃない」

「仕事中は、邪魔にならないように出かけるからさー」

「いや。それはそれで、こわいんだけどな」

「コロナのこと?」

「そうだよ」


 お茶でも出してやるかと、部屋と続いている台所に向かった。

「有馬ー。電話ー」

「えっ? あ、ほんとだ」

 部屋に戻って、ヒサからスマホを受けとった。スマホの画面を見る。

 岡田からの電話だった。慌てて、応答ボタンを押す。

「もしもし?」

「有馬くん。おれだよ」

 半年ぶりに聞く、岡田の声。いつもの元気がないような気がした。

「どした? なんか、あったのか」

「わがんない? 今、部屋の前にいんだけど」

「ま、まじか……。ちょっと待ってろ」

 スマホを持ったまま玄関に行って、ドアを開けた。

「いるし。久しぶりだなあ」

「んだな」

 岡田薫。独特のキャラ立ちにより、オカモン。ただし、俺は岡田と呼んでいる。

 水色の不織布マスクをつけている。かなり小柄なので、頭から見下ろすような格好になった。

「入って」

「どーも」

 大きめのリュックをしょっている。嫌な予感がした。

「おー、オカモン。どうしたー?」

「ヒサだ。しばらぐだなあ」

 岡田が、ヒサと俺から距離をとって座る。リュックを床に下ろした。

「岡田さあ。お前、仕事はどうしたんだよ」

「コロナで、クビなっちった」

「お、おう。残念だったな。それで? なんで、うちに?」

「まーまー。あがすから」

「説明してくれるのか。じゃあ、どうぞ」

「どっこもコロナで、就職活動しても、いぎもねー。有馬くんと、夢の東京ライフをだな……」

「俺は、まったく望んでねーぞ。それ。茨城に帰れよ……」

「一度くれー、東京で暮らしてーなと。標準語も、そろそろマスターせねばなんねー時期だべ?」

「時期とか、あるのかよ。聞いたことないぞ」

「コロナが流行ってる今は、タイミングとしては最悪だろうけどなー」

「それに、夢って。大学は東京だっただろ」

「寮にいだがら。暮らしてる感じ、ながっぺ?」

「そうかあ? 俺、仕事してるから。何かあったら言って」

「わがった」

「ラジャー」

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