星空の下で

景文日向

転校生は幼馴染だった訳だが。

「あ、おい咲夜ぁ。パン買って来いよ」


いつからか、僕らの間には上下関係が生まれてしまった。

家が近く昔から交流のある高尾北斗は、高校入学後に一気に不良になってしまった。昔からやんちゃではあったものの、誰かをいじめるようなことはしない奴だった。それがどうしてこうなったのかは、よくわからない。高校デビューでもしたかったのだろうか。

今では、常に誰かに使い走りをさせていたり、カツアゲをしている。僕も被害者だが、イライラする。


最初の頃は、「やめろよ、そんなことして恥ずかしくないのかよお前」と注意したこともあった。

しかし、その言葉が気に障ったらしく次の日からいじめの対象は僕一人になってしまった。

クラスメイトはそれに加わるか、見ているだけである。彼のことを注意する人間は誰一人として居ない。

皆、僕のようにいじめられたくないのだろう。それを責めるつもりはないし、構わないとも思う。僕だって、その立場だったらそうするからだ。


そんな日々を過ごしていると、ある日転校生がやって来た。


「橋本昴です。好きなことは天体観測です。またこの町に戻ってきました。よろしく」

彼が短く挨拶すると、担任は着席を促した。昴はそれに従い、席に着いた。


昴は、小学生の時に親の転勤で引っ越した幼馴染だ。僕とそういう関係にあるということは、北斗も同じということだ。

彼もいじめに加担するのだろうかと考えると少し胸が痛む。


親交を戻そうという考えを捨てた。昴は良い奴だが、僕が関わると逆に迷惑かもしれない。


その日の昼休みから、昴はすぐ人気者となった。誰にも分け隔てなく接するし、何より北斗のお気に入りだからだ。


「帰って来てくれて嬉しいぜ、昴。今日の帰りゲーセン寄ってかね?」

朝からずっとこの調子なのである。機嫌が良いのか、今日はいじめられることがない。内心ほっとした。このままいじめが終わってくれれば、それが一番良いんだけどな。

「良いけど、咲夜は誘わなくていいのか?昔三人でよく遊んだだろ」

昴は、僕の方に視線を移しそう言った。僕がいじめられているという事実に、恐らくまだ気づいていないのだろう。

「あいつは良いって。なんか一人でいるの好きみてーだし、気にするだけ損だって」

北斗は笑いながらそう返す。周囲にいる仲間も、一緒になって僕のことを笑っている。


「ふぅん、そっか。そうなのか。悪い北斗、俺やっぱ今日はそのまま帰るわ。そんな金無いし」

昴は北斗にそう告げた。昴の瞳はどこか、悲しさと怒りを兼ね備えていた。

「そっか、じゃあまた今度な」

昼休みが終わることを知らせる鐘の音と共に、北斗は残念そうに席に戻った。


放課後、ゲーセンの誘いを断られ苛立っていた北斗に靴を隠された。大方ゴミ箱か何かに捨ててあるのだろうと探し回っていると

「よっ咲夜、何してるんだ?」

と声をかけられた。

「それはこっちの台詞だ。ゲーセン、行けば良かったのに。僕のことは構わないでくれ」

声の主は昴だった。こんなこと、幼馴染に説明したくなくて突っぱねてしまう。


「放っておけない。お前、いじめられてるんだろ。

何があったかわからないけど、見過ごすのは俺の良心が痛む。良かったら一緒に帰ろう」

その優しさは、高校に入学してから初めて感じたものだった。

誰もが見て見ぬふりをする中、彼は見てくれるかもしれない。


そう思って、少し口を滑らせてしまった。

「靴が無いから、探してる。時間かかるから、お前は帰ってくれ」

「俺も手伝う」

即答だった。何のためらいもなく手伝ってくれる彼のことを、心の中で崇めてしまう。

「教室のゴミ箱か何かにあると思う、けど良いよ。お前までいじめられたりしたら」

「気にすんなよ、俺が好きでやってることだから」

彼は、そう言い教室の方に歩き出した。僕もついていき、着くなりゴミ箱を漁った。


しばらくすると、僕の靴が出てきた。ゴミ箱の中にあったこともあり、埃を盛大に被っている。

「あーあ、こりゃ酷い」

「毎日こんなもんだから、もう慣れた。一通り洗ったら帰るよ」

僕が靴を洗う間に、昴はスマホをいじっていた。まあ、暇だもんな。人を待つということは。


カバーが星空のものであるのは、やはり天体が好きだからなのだろうか。

そんなことを考えながら洗い終えると、彼は言った。


「咲夜、星を見に行こう。俺達が通ってた小学校の裏山さ、凄く綺麗に星が見えるんだ。


それに今日は、流星群が見られるらしいぞ」

先程まで調べていたのは、もしかしてそれか。

行こうかどうか迷ったが、彼の生き生きとした顔を見ると自然に

「わかった。行こう」と返事してしまった。

彼は「よっしゃ」と呟き、僕の手を取り駆け出した。


裏山に着く頃には日も暮れ、空の色が濃紺に変わっていた。

「ほら咲夜、見ろよ。あれが有名なオリオン座。星座って、見てるだけでワクワクしないか?」

その言葉の通り視線を上げると、そこには一面の星空が広がっていた。

彼が言うオリオン座を見つけるのには少し時間がかかったが、確かに気持ちが高まる。


「綺麗だ」

思わず、そう口から漏れた。

「だろ?実は俺もさ、前の学校でいじめられてたんだ。地方だし、「言葉が違う」「変なの」って。凄く、辛くて。


そんな時、ふと夜空を見上げたら星が綺麗に輝いててさ。その時だけは嫌なことも忘れられたんだ。

この学校でお前がいじめられてるって気づいたら、何かこの空を見せたくなって。

結局、俺の自己満なんだけど」

段々小さくなっていく声が、彼の受けたことの悲惨さを物語っている気がした。


僕には今、救ってくれた人が居る。

だが、彼にはもしかしてそういった存在が居なかったのではないか。

そう考えると、心が苦しくなった。


「自己満じゃない。現に、僕は救われた」

そう言うと、「良かった」と彼は呟いた。

しばらくすると、流れ星が見えた。

「流星群だ、お願い事してみようぜ」

「うん」

僕は願った。


昴が、幸せな日々を過ごせますように。あわよくば、僕がその中に居られますように。


その翌日から、僕と昴は一緒に登校するようになった。

北斗は相変わらず僕には冷たいし、昴に粘着している。でもそれは、本当は三人で居たいのだろう。僕をいじめてしまった手前、言いづらいだけで。


だが、僕に対する態度は以前より少しだけ軟化した。いじめの頻度も減った。それが先ほどの考えの裏付けだ。


そのことを北斗に聞いてみると、

「別にお前いじめてもつまんねーし。泣かねーし文句も言わねぇ。いじめがいがねーんだよ。後は昴が居るなら、もう一人じゃねーし。アイツに感謝しろよ」

という返答を貰った。何だかよくわからないが、心変わりしたらしい。


そして、何かを見て見ぬふりをするクラスメイトも減った。

困っている子が居たら声をかけるし、悪いことは注意する。当たり前のことが出来るようになったのだ。


そういう風にクラスを変えたのは、間違いなく昴である。

いじめの被害者である僕に積極的に声をかけ、結果いじめは終わりに向かっていった。

彼は僕を救うだけでなく、クラスそのものを良い方向に導いたのである。


だが、本人はそのことを自覚していない。

「だって、そりゃ俺がどうこうって話じゃない。皆が自分で考えて、変わったんだろ?」


それが本人の言い分だ。だが、それは違う。

あの時彼が行動を起こさなければいじめは続いていたし、クラスもあのままだったはずだ。

彼には言わないが、凄いことをしてのけたのである。


彼のことを改めて尊敬するし、僕もいつかはそうなりたい。


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