鳥がいる暮らし

ROM太郎

鳥がいる暮らし

 朝、目が覚めるとトーストが運ばれてくる。少し前までアームのロボットを使っていたが、ドローンだと空を飛ぶし、小さいので邪魔にならない。鳥の見た目に改造したので風景としてもけっこういい。男は住宅街の外れに一人で暮らすのに困らない手ごろな大きさの家を建て、一人で暮らしていた。

「二号、今日はいちごジャムの日じゃなかったか」

 ペンギンの見た目の二号は、ボロボロとこぼれるパン屑を片付けている。我が家には一号から三号のドローンがいる。一号は一メートルほどの身長があり、タカの見た目をしている。バッテリーと防犯システムを内蔵していて、家の警備をしている。二号は五十センチぐらい。丁寧で礼儀正しいので家の中の雑用を、三号は十五センチのスズメ、粋で気のいいやつなので話し相手や遊び相手になってもらうのだ。二号は主に腹すべりで移動しているが、やろうと思えば飛ぶこともできる。ペンギンなのは見た目だけだった。

「旦那様、いちごはこの間ので終わりです。ニュースをご覧になりませんでしたか?」

「何かあったのか?」

「例のミスばかりする政治家が、人間味があっていいというので選挙に勝ってしまって、うっかりいちご畑に爆弾を発射してしまったのです」

「そうだったか。では、もう一生いちごを食べることは出来ないのか?」

「いえ、この屋敷には遺伝子操作そうちがありますので、旦那様が私たちの体をビニール袋で作ったように、バナナの皮あたりがあれば、いくらでもお作りします」

 遺伝子操作そうち、というのは遺伝子の配列を組み替えたり、あるいは付け足したり外したりして、あらゆるものから全く別のものを作ってしまう装置だ。おそらく、物質で作れないものは無い。想像力次第、といったところだろう。そして、かなり値段が高くてサイズが大きい。買う時の審査なんかも面倒なのだが、それなりに楽しいので、良い買い物をしたと思う。

「そうか。では朝食にバナナも食べよう」

「かしこまりました」

 二号が台所の方へ腹すべりで移動し、三秒後にはバナナをくわえて戻ってきた。

「皮をめくりましょうか」

「そのくらいは自分でやるよ」

「かしこまりました。ではお掃除をして参ります」

 二号はペコリと頭を下げて部屋を出て行った。夜通し掃除をしていたはずなのにまだ掃除をするところがあるのかと思ったが二号の仕事ぶりには満足しているので、余計なことはいわなかった。皮をめくりバナナを食べ、皮をその辺に放った。どうせ二号が掃除をするのだ。ごみ箱に捨てようがどこにすてようが同じことだった。

「ふう。今日は何をしようか」

 退屈していた。男は特にすることがないので、いつも遊んでばかりいた。しかし、どの遊びにも飽きてきた男は最近、退屈というものを覚えた。ベットの上でぼーっとしているとスズメの三号が現れて話しかけてくる。

「よう。旦那様」

 変な文句もあったものだ。しかし男が気をつかわずに話すことを許可し、彼が旦那様と呼ぶことを譲らなかった結果だった。

「三号か。今日は何をしようか」

「そうだな……そういえば旦那様の好きな俳優が今度主演で映画をやるらしいから、その監督の映画をいくつか集めておいたぞ。どうだ?」

「うーん。映画って気分じゃないかなぁ」

「じゃあ昨日届いた本でも読むか?」

「あー、それは友達におすすめされたやつだからさ。あとで読んで短めにまとめといてくれない?」

「あいよー。それで旦那様はどうする?」

「そうだなぁ。うーん。二度寝でもするかなぁ」

「ははっ。それもいいんじゃないか」

「じゃあおやすみー」

「おやすみー」

 三号は本を持ったままパタパタと羽ばたき、廊下に消えていった。快適な空気、快適な気温、そして、ふかふかの布団。布団をかぶると照明がそれを検知し、ちょうどいい具合の明るさにしてくれる。男はまっくらにして寝るのが好きだったので明かりはすべて消えた。ふと深呼吸すると不快じゃない程度にふわっとラベンダーの香りがする。それが心地よく、すっと眠りにつける。香りや明るさは人によって好みの設定にすることができる、設定した時間までに眠りにつけなかった場合は睡眠薬入りの白くて薄い煙がもわもわと表れて、どんな人でも眠りにつける。このシステムベッドが開発されてから不眠に悩む人はいなくなったという。その恩恵を今日も受けるのだ。男は昼になる前に起き、二号の作る料理を食べ、映画をみてすごした。


 夜が来た。今夜はめずらしく一号の仕事があるようだった。街の防犯センサーに反応があり、街の警戒レベルが二になった。そうなると、防犯用のドローンに伝達がいき、配置につく。不審人物を防犯カメラがとらえると、警戒レベルが三まであがり、住民や警備員まで通知がいき、警戒するようにと連絡が届く。誰かの通報があると四まであがり、警備のドローンが巡回し、深夜のパトロールが始まる。犯人が逃走すると五まであがり、大型の武装ドローンや一センチほどの追跡ドローンが何万体も出てくる。この街はコンピューターによって完璧に守られているのだ。

「安心して寝てられるよなぁ」

 リビングのテレビで流れる街の警備会社のコマーシャルを見ていた。

「旦那様、防犯レベルが二にあがって一号が久々に起きたみたいだぜ」

「本当?ちょっと様子をみてこようかな」

 男は一号が好きだった。一号はタカの見た目でかっこよくて大きくて頼もしいのだ。普段は庭の小屋の中でメンテナンスとバッテリーの充電をしている。なにかあった時に完璧な活動ができるように、いつも準備を整えているのだ。

「一号、一号」

 窓から顔を出して呼んでみるが姿は見えない。リビングの丸い窓の横にあるボタンを押して縦長の四角にして、ガチャっと開けて外に身を乗り出した。

「一号。起きたの?」

 姿は見えなかった。おーい。と呼んでいると玄関の方からタカが飛んできた。

「旦那様。私は防犯のドローンです。旦那様のためにも警備をしないと」

「そんなこといわないでそこの枝にとまってみてくれ」

「わかりました」

 タカはぐるっと右から回り込み一号用に置いてある止まり木にとまった。

「うーん。いいな。タカという生き物はかっこいいな」

 一号の動きはスマートで実にかっこよかった。見た目だけでなく動きにもこだわって改造して良かったなぁ。防犯のレベルが二以上にあがるのは決していいことではないが、こいつを眺めることが男のたまの楽しみだった。

「もういいでしょうか。家の前でないとセンサーが完全に働かないのです」

「わかった。じゃあ俺は庭にベンチを出すから家の前に居ていいよ。二号、お願い。それとなにか夜風に負けない酒を出して」

「かしこまりました」

 うしろで様子を見ていたペンギンの二号が返事をした。スズメの三号は台所のカウンターのところでさっき頼んだ本を読みながら紙にメモをとっていた。器用な奴だ。庭にでてしばらく一号を眺めていると、一号がぴくっと頭を動かした。

「どうかしたか?」

「旦那様、不審者がいますので、家に戻ってください」

「不審者?」

 この機械によって完璧に守られた街に不審者なんてものがいるなんて、変わった個性の持ち主がおかしなことでも言いながら歩いているのかな。なんて想像をした。興味が沸いたので生垣の上から覗き込んだ。

「旦那様、部屋に戻ってください。ただの酔っぱらいのようです」

 黒いスーツに黒いネロータイ、黒い革靴に黒い中折れのハット、サングラスをかけた怪しいノッポだった。千鳥足で歩いているところをみると、どうやら一号のいう通りのようだった。しかし、不審者はなにか、ヒモのようなものをぶんぶん振り回して歩いている。新体操で使うリボンかなにかだろうか、ちょっと長めのネクタイか、だとしたら他人のものだろう。ベルトかもしれない。酔っぱらいのすることだ。いくら考えたって仕方がない。監視カメラがあんなに分かりやすい不審者を見逃すわけはないから、彼が何か迷惑をかけるまで放っておくつもりなんだろう。期待はずれでつまらなかったので、男は一号に別れを告げ、床に入った。今も不審者はあの道を歩いているのかな。なんて考えていたらベッドから睡眠薬の煙が出た。思っていたより長い時間、庭にでていたらしい。男はすっと眠りについた。


 翌日の昼ごろ、昨日の酔っぱらいがなんだか気になったので何か痕跡でもないかな、となんとなく外を散歩していた。ただ歩くのもつまらないので三号と無駄話をしながら。すると酔っぱらいが歩いてきた方の道に警備会社の車が止まっているのを見つけた。

「何か異変ですか?」

「いえ、監視カメラが不調だと監視課のものがいうので駆けつけたのですが、特におかしいところが見つからないのですよ」

 警備員の服を着た、人間の形をした遠隔操作のロボットが二体、監視カメラを内蔵している電柱を調査していた。この二体は警備会社の地下とかでロボットを操作している人間だ。コマーシャルで見た。こうすれば移動などの無駄な時間をロボットに任せ、本人は社内で仕事ができるし、点検は人間の目で所感なども含めて行われる。近隣住民との接触もできるのだ。

「そうですか、それは、昨晩ここを歩いていた酔っぱらいと何か関係がありますかね?」

「酔っぱらいですか?いやあ、それは見間違いではないですか?そのようなやつが何かしでかす前になんとかするのが我々の仕事ですから、そんな人物がこの道を歩いていたら、我々が出動しないわけはありません」

「そうですか……しかし見たんですよ」

「うーん。そこまでいうからには証拠はありますか?」

「ええ、うちの防犯ドローンの録画映像をご覧になりますか?」

「ぜひお願いします」

 警備員の二体をリビングに通し、ホログラム映像を見せようと思い、昨日の録画データから不審者が出てくるところを探した。警備員の一人は二号と三号に関心があるようだった。

「いやあ、変わったドローンですね。私も機械に凝ってまして色んなのを見てきましたが、こんなのは初めて見ました」

「そうでしょう?うちには遺伝子操作そうちがあるので、鳥の見た目にしてみたんですよ。見てると和む感じがいいですよ」

「なるほど、新しい警備システムのアイデアに提案してみましょう。街の景観を崩さなくていいかしれない」

「それはいい。自然豊かな所にも馴染みそうですね。それで、この映像なんですがね」

 そこには間違いなく、千鳥足で歩く、例の酔っぱらいの姿が映っていた。そしてやはり何かひものようなものを振り回していた。

「……本当だ。この映像、お借りしてよろしいですか?システム部のものに掛け合わなくては」

「ええ、もちろんです。確認ですが、そちらの防犯カメラの映像には、この男は映っていないのですよね」

「はい。これは大きな問題です。我々が最大の信頼を置いているカメラに問題があったということですから、すぐに解決いたします。これからこれを報告して問題点を見つけて改良版を作り交換しますので、明日の昼までには、また安心して生活していただける街に戻せるかと、今回はご協力ありがとうございました。謝礼の方は後日、送らせていただきます」

 謝礼、ときた。いやに親切で気持ちのいい人だなと思ったが、この辺は企業の人だ。私がこの件を他人にいいふらしたりして大きな問題にするのを恐れているのだろう。お金には困っていないが、良いことをしたお礼をもらえるというのは、どんな形でもうれしいものだ。それに、大事でなくてよかった。もし何か大きな犯罪が起きるまでカメラの異常が見つからなかったら、大問題になっていただろう。ただの酔っぱらいでそれが発覚してよかった。いやあ本当によかった。男は気分をよくして昼から酒を飲んでいた。


 夜が来る。今夜も街の警戒レベルは二だった。昨日、長い時間一号を眺めていたのは次に顔を出してくれるのがいつになるか分からなかったから、という理由もあった。二日連続でいつまでもいつまでも眺めるほど好きではなかった。しかし、三十分ぐらい眺めるほどには好きだった。昨日と同じベンチに座り、男は酒を飲んでいた。すると事は起こった。

「旦那様、不審者です。家に戻ってください」

「え?また?」

「昨日と同じ酔っぱらいのようです。家に戻ってください」

「わ、わかった」

 昼間の事があって、今夜だけは警備会社に期待ができないと思うと、外に出ているのがひどく恐ろしく感じた。男は足早に家に戻り、家じゅうの電気を消すように二号に伝えてベッドに入り布団をかぶった。守られていない。という、今まで感じたことのないスリルを男は味わった。そのために興奮してしまい、すぐには眠りにつけなかった。そういえば、ラベンダーの香りがしない。故障だろうか。

「睡眠薬を出してくれ」

 いつもなら、こういえば音声認識で例の煙が出てくるのだが、出てこない。やはり故障だろうか。機械のことは機械に任せるのが一番だ。

「二号、ベッドの調子がおかしいんだ。お前に直せるか?」

 返事がない。いつもなら、はい。と返事をして廊下から、つるーっと腹すべりをして出てくるのだが。

「三号、いるかー?」

 返事がない。こんなことは初めてだった。警備会社だけでなくこの家の周りの機械すべてがおかしくなってしまったのだろうか。明かりをつけろ。と言っても返事も反応もないので、男はベッドを降りて電気のボタンを押した。明かりはつかなかった。ごとっと廊下の奥で物音がした。

「……二号かい?」

 廊下に顔を出してみたが、まっくらで何も見えなかった。

「誰かいるかい?」

「いるよ」

 暗闇から声がした。

「だ、誰だ」

 震えた声が闇に響いた。しかし暗闇から発せられる出所の分からない声は頭にもっと響いた。こちらを見透かしたような嫌な声だった。少しの間があって、目が慣れてくるとそこにいたのは、あの酔っぱらいだった。寝室のほうで何かがバチッと音を出した。

「無音銃じゃあ威嚇にならねぇな……」

 銃、という単語で男は理解した。自分は今、この不法侵入者に命を握られているのだ。しかし、男に大きな疑問が生まれた。この家には一号をはじめとする防犯装置が何重にも仕掛けられている。それにも関わらず、見知らぬ男がここにいる。そんな気持ちが一瞬、恐怖を上回った。

「どうやってここに」

「俺たちハッカーにはやりやすい世の中になったもんだよ。人目から離れた、こんなに金のにおいのする家に、機械以外のまともなセキュリティがないんだからな。家の電力を切るだけで全てがハリボテに変わる。変わった警備員がいたみたいだけどな」

 二号と三号の返事がないのは電気を切られたからだ。バッテリーを内蔵していないドローンは無線の電力供給が切れたら動けなくなってしまう。どこかの部屋で倒れているのだろう。変わった警備員とは、おそらくタカの一号の事だ。この機械の時代に作られた最新の防犯装置がハッキングされてしまうとは、そんな技術を持つ人間が犯罪行為に手を染めることが情けなくて、すこし時代を恨んだ。

「要求は金じゃない。この家には遺伝子操作そうちがあるな」

「どうしてそれを」

「俺たちはハッカーだっていったろ?この機械の時代に手に入らない知識なんかないんだ。そいつで俺の相方の顔を変えてもらいたい」

「わ、わかった。命を助けてくれるなら、やるよ」

「おい。出てこい」

 のそっ、っと暗闇からまた一人、やはり昨日の酔っぱらいと同じような真っ黒の恰好をした小太りの男が出てきた。今までまったく気配を感じられなかったところをみると、この二人はそうとうなプロらしい。逆らったらどうなるかわからない。男はおとなしく従った。

 遺伝子操作そうちのある地下室に移動し、やつらの見せた写真を手本に、言われた通り、小太りの奴の顔だけを変えた。

「ご苦労だったな。何か欲しいものがあれば言うといい。次ここを使うときは君にも見返りを用意するよ」

「……またくるのか……?」

「もし断ればどうなるかは分かるな。どんなセキュリティを準備しようとも警備会社を雇っても無駄だぜ。こっちはハッカーだ。お前を犯罪者にしたてあげることだって難しい事じゃない。殺人罪と強姦罪どっちがいい。ギリギリ死刑にはならないようにしてやるよ」

「わ、わかった。無駄なことはしないよ」

 男は道楽で妙なものを買ってしまったことを後悔していた。嫌なやつらに目をつけられてしまった。警察に行くべきだろうか。いや、警察だってすっかりドローンやロボットに頼っている。ハッカー相手では意味がない。警備会社も同じだ。確かに、この時代、ハッカーに出来ないことなどないのかもしれない。男のこれからの人生はずっとこいつらにこき使われてしまうのだろうか。

「では、また来る」

 その時だった。玄関を出た瞬間。庭の方から何かが飛んできて二人の黒ずくめの男がびりびりっとしびれた。かなり強烈な音で二人は飛び上がっていた。するとその直後、昼間の警備ロボットがやつらに飛びかかり馬乗りになった。

「観念しろ!」

「タカのやつ……なぜ生きて……」

 庭から飛んできた物体はタカの一号だった。しかし、ノッポの方のハッカーが最後におかしなことを言って気絶した。生きて……?これで謎が解けた。やつらは防犯ドローンのタカを本物のタカだと思ったのだ。次の日にタカの録画データと照らし合わせるとこんな様子だった。家の電気を止め、通信を遮断して侵入しようとしても、大型のバッテリーを内蔵しているタカは問題なく動けた。一号は侵入した不審者を攻撃しようとして無音銃で一発撃たれた。生き物のタカならこの時点で動くことはできなくなるだろう。しかしドローンのタカならば致命傷にはならない。それでも機能に支障がでてしまったのでどうにか小屋に戻り、やつらが遺伝子操作そうちのために家に電力をもどした一瞬の隙に、警備会社に通報、そして小屋に戻りメンテナンス、修理をした。そしてやつらが家を出るときには完全回復をして奇襲をしかけ無事、逮捕。

「こいつらは指名手配犯で我々も手を焼いていたのです。明日の昼、カメラの件も併せて謝礼をたっぷりお持ちします」

 男の心臓はまだ緊張と恐怖でバクバクしていた。警備員が何をいっているのか頭に入ってこなかったが、感謝されていることはわかったのでうつろに返事をして玄関を閉めた。と同時に家には電気が戻ってきた。

「旦那様。おかえりなさいませ」

 ペンギンの二号が出迎えてくれた。男は安心してその場にへたりと倒れこんだ。今回の件でわかったことは家のドローンにもバッテリーと防犯機能をつけるべきだということ。電力を無線で供給できるのは便利だが、このような場合は欠点でしかないようだった。何はともあれ、平和な日常に引き戻された。夜なので、男はベッドに横になった。しかし、今日はいつもの睡眠薬の量では寝られなかった。非日常的な出来事からくる興奮のせいだろう。男は二回睡眠薬を吸い、やっと眠りについた。

 後でわかったことだが、ノッポの男が千鳥足で道を歩いていたときに振り回していた、ひものようなものは機械と接続してハッキングをする道具だったようだ。酔っぱらいは事前に、この辺の監視カメラに自分たちの姿が映らないようにしていたのだ。なんと用意周到なやつだろう。もしタカがドローンだということに気づいていたならば、そのひもを使って動けないようにしていたはずだ。道楽でドローンの見た目を鳥のようにしていたのがこんな形で救われるとは思ってもいなかった。偶然というものはあるものだ。と男は思った。

 あの夜は男の人生にとって忘れられない日になった。街がすっかり安全になってしまって、お金を持っている人も増えたこの世の中では、みんな自分と同じように退屈を感じているだろう。こんな話を面白がってくれるのではないか、なんてことを考えた。ドローン防犯システムのイメージ向上にもなる。本にでもしようかと思ったが、この出来事は警備会社に買収されてしまった。ドラマにする。とかではなく、ドローンを鳥のようにして街や自然に紛れ込ませることによって犯罪者を欺きつつ、景観をよくする。以前からアイデアとしてあったそのシステムの効果が実証されたはじめての例として、今後の街の防犯システムを作るのに取り入れたい。ということだそうだ。

「街の安全のためです。このような事を今後、あらゆる場所で防止するためにもどうか、今回の話は買い取らせてもらえませんか」

 こっちはただの一個人だ。街の安全のため、とか言われてしまっては、反論もできない。男はこの出来事を売り、誰にも話さないと誓った。


 また、退屈な日々に戻ってしまった。だからといってあんなことが毎日起こって欲しいとは思わないが、ただでさえ退屈に感じてきた日々が、以前の何倍も退屈に感じる。好きだった映画がつまらない。本なんかうっとうしくて読む気にもならない。いちごジャムのトーストも美味しく感じない。起きてから寝るまでをそんなふうに過ごしているのだから、ぐっすり寝れるわけもなく、睡眠薬の量は日に日に増えていった。二回から三回、四回が五回になった。

 

「睡眠薬の中毒だね。ベッドの睡眠剤制御そうちのエラーが原因だけれども、そんなに睡眠薬を使って、健康に支障はないかとか、ちょっとも疑問に思わなかったのかい?」

 ある日、目が覚めると病院にいた。しかもただの病院ではない。森の奥にある森林病院だった。私は病気のようだ。睡眠薬の件もそうだが、機械中毒の一種らしい。機械をたくさん利用して、毎日を同じように過ごしている人にはよくある病気、だと説明された。この病院で行われる治療は、機械を使わずに生活する。ということだけ。自分で野菜を育て、料理を作り、人とふれあい、普通のベッドで眠る。畑仕事も大変だったが、この普通のベッドで眠る、という作業が一番大変だった。眠るという行為で、自分が機械をこんなにも頼っていたのだ、ということを思い知った。三か月ほどが経ってやっとまともに眠れるようになってきた。友達もできた。今まで何度やっても楽しくなかったババ抜きが三人以上だと結構楽しかった。共有スペースの大きな窓から見える滝や森などの大自然がそうさせているのかもしれない。機械のない生活っていうのも結構いいものだ。と、周りのみんなは話している。たしかに、機械離れをして、大自然に触れ、人と触れ合い、生きているという実感を感じ、気分はすっきりする。私も機械のない生活は本当に素晴らしいものだと思う。だがしかし、私にはわかっている。窓からこちらを見ているあのフクロウはドローンで、我々を監視しているのだ。少し前までは、便利な世の中に生まれてラッキーだと思っていたが、この時代、機械に頼らずに生きていくことは不可能なのかもしれない。鳥ドローンに監視されることでここに居ることができる私もそうだ。まったく、嫌な時代に生まれたものだ。

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