08話.[ありえませんよ]

「っと、これで終わりですね」

「璃香の物が増えただけでかなり狭くなったわねここ」

「うっ、こ、これでも減らしたんですよ?」

「冗談よ、紅茶でも飲みましょ」


 ある程度したら真陽のところに行くからそうゆっくりもしていられない。

 ちなみに今日はふたりきりだが、今回のことで文句を言ってくることはなかった。

 何故かはこうして住めるようになったからだと考えている。


「これから真陽ちゃんと過ごすんですよね? ……最近の私はルールを破っているので大人しく待っています」

「守っていたとしても元々今日は無理よ、大人しく待ってて」

「あ、あの、ここに転んでいてもいいですか?」

「どうせこれからここで寝るんだから好きにすればいいわ」


 自宅から敷布団を持ってきて敷いて寝るかベッドで寝るかという話になったとき、彼女は一瞬も迷うことなくベッドで寝ることを選択した。

 いつも横に寝転んだり足を借りて寝ていたりしたから私としては構わなかったものの、狭いからと考えて言ってあげたのに拗ねられたぐらいだった。

 もう彼女の行動についてはなんでも彼女らしいと片付けておけばいい気がする。


「じゃ、そろそろ私は――誰か来たわね」


 出てみたらこれから集まろうとしていた相手の真陽だった、で、どうやらここで過ごせればいいらしいから移動する必要もなくなったことになる。

 私と過ごすよりも璃香+私という形の方がいいのだろうかと、若干寂しくなりつつも飲み物を用意して渡しておいた。


「真陽ちゃん、まさか私のために――」

「私も島先輩のお家でゆっくりしたかっただけだよ、璃香ちゃんばかり独占しているのはおかし――ねえ、なんでここに島先輩のじゃない荷物があるの?」

「え、それは郁美先輩のお母さんが協力してくれた結果、ここに住めるようになったからだけど」

「無理だったんじゃなかったの? ……へえ、やっぱりこそこそ動いて璃香ちゃんって卑怯者なんだね」


 声を聞いているだけだからどういう顔をしているのかは分からない、が、確認したいとも思えなかった。

 今日のそれは明らかに冷たすぎる、璃香がなんにも言わないのは怖すぎるからではないだろうか。


「郁美先輩、これからは私も毎日ここに来てもいいですか?」

「狭くていいなら来ればいいわ」

「ありがとうございます、私、璃香ちゃんにだけは負けたくないんですよ」


 狭いうえになにかがあるわけでもないからできても会話とか食事だけだった。

 いまも言ったようにそれで満足できるのであれば好きに来ればいい。

 負けたくないとか言っているものの、結局は璃香と過ごしたいからこそだと考えているからこちらとしては笑えてしまうことだった。


「うぅ、真陽ちゃんが邪魔をする……」

「なにが邪魔なのかな? 璃香ちゃんの方が郁美先輩を独占して私の邪魔をしていると思うけど」

「学校では遠慮しているでしょ?」

「そうかなあ、私は五分で璃香ちゃんはそれ以上とかいつものことだけどな」

「ないない、郁美先輩だって学校では真陽ちゃんを優先しているんだからね」


 実際は三人で集まって二人だけで会話をしているということが多かった。

 大抵は私に関することを話しているからなんとなく参加しづらくて黙ることを続けているわけだが、たまに聞いてくることはあってもそれぞれに意識を向けているからそれでも問題ないまま終わる、という連続だ。

 放置されて寂しいとか感じたことはない、私は二人の会話を聞きつつ休める時間というのも好きだから。


「隣、失礼します」

「転ぶと楽なのよ、真陽も自由にごろごろすればいいわ」


 天井を見たってただの白色でしかないのになんか落ち着くのだ、ベッドに寝転ぶのとはまた違ったなにかが楽しめるからいい。

 そんなことはできないということなら座ってのんびりするのもいいだろう、急に相手の家族が現れて慌てることになる、なんてことはないからとにかく自由だ。


「昔、母がこうして横にずっといてくれたんです、こうして手を握ってくれたりとかしただけですぐに寝ることができていました」

「私もそうだったわよ、怖くて寝られなかったりしたときにお母さんを呼んでずっといてもらったりしたわ」


 あの頃は私にばかり構ってくれていて逆に父に言われていたぐらいだった。

 私が四年生ぐらいになってからはいまみたいにゆるゆるになったからあの頃が一番母親らしかったと言えるかもしれない。


「ちょちょ、なに普通に手を握っているの、郁美先輩もなに普通に受け入れているんですか!」

「落ち着きなさい、真陽は懐かしさを感じているだけよ」

「いえ、私は郁美先輩の手に触れたかっただけです」

「ちょ! なんかやばい気がしてきたんですけど!」


 真陽のする行動全部にやばいやばいと言っていたら疲れてしまうだけだ、璃香はもう少しぐらい冷静になった方がいい。


「どいてっ、郁美先輩は私のなんだからっ」

「痛っ、もう、璃香ちゃんは乱暴なんだから」

「真陽ちゃんが悪いんだからね、ほら、私の手で満足しておきなさい」

「仕方がないなあ」


 ふたりが手を繋いでいるところを見てよく分からない気持ちがこみ上げてきた。

 こんなの初めてだった、そして多分、いいことではないことだ。


「璃香、そのまま続けたら怒るからね?」

「えぇ、いま自分は真陽ちゃんとしていたじゃないですかあ……」


 だけど我慢して言わないということはできなくて結局ぶつけることになった。

 彼女が言ってきているように自分は良くて彼女がするのは駄目なんて改めて考えなくても自分勝手だとしか言えなかった。




「うぅ、頑張れないよお」

「ちゃんとやっておかないと夏休み、楽しめなくなるわよ?」

「だってどんなに頑張ったって真陽ちゃんに勝てませんし……」

「そんなの分からないじゃない、いいから頑張りなさい」


 真陽に「今度こそ勝つからね」なんて言うからそんなことになるのだ、こういうことになるぐらいなら宣戦布告をせずに少しずつ頑張った方が絶対に良かった。


「夏休みにいっぱい楽しめるように頑張りなさい、真陽に勝つとかそういうのは忘れてしまいなさい」

「そ、そうですよね、真剣にやっているなら適当ではないですもんね」

「そうよ、私もちゃんと付き合うから安心しなさい」


 テストがあろうとなかろうと勉強の時間を増やしている状態だった。

 ぎりぎりになってから慌てることになるのは嫌なので、早め早めを意識して行動していることになる。

 頑張った結果が全部自分のためになることだから損している感じはしない、多分、家に璃香がいてくれるのもそこに繋がってくれているのかな、と。


「はぁ、私ももう駄目ね」

「ちょっ、なんで休憩モードなんですかっ」

「私はこれまでもやっていたからね、だからちょっと足を貸しなさい」


 さすがに私でも四六時中頑張ることなんてできない、あとはまあ単純にこういう風にしないと甘えられないというだけのことだった。


「んっ、も、もうなんですか、くすぐったいですよっ」

「あんたはあれから甘えてくれなくなったわよね。私のことを考えてしているとか真陽に言っていたけど、本当は興味がなくなっただけなんじゃないの?」


 ここに住み始めたのだって私の母がああ言ってしまったからだろう、あの状態で断ることなんてなかなかできることではないから。

 求めていないのにそういうことになったら不満だって溜まるはずだ、私の母に八つ当たりすることだってできないからどんどん溜まっていくだけだ。

 そんな状態でこうやってその娘にうざ絡みをされたら気持ちも冷めるというもの、つまりこれは虚しい行為ということになる。


「はぁ、そんなことありえませんよ」

「じゃあしてきなさいよ、ここにはあんたと私しかいないのよ?」

「勉強よりしなければならないことができました」


 彼女はシャーペンを机に置くとなんか複雑そうな顔でこっちを見てきた、もしかしたらまだぶつけるべきではないと言っていた例のアレなのかもしれない。


「郁美先輩のことが好きなんです、あなたは今度こそ受け入れてくれますか?」

「最近は分かりやすく行動していたでしょうが、それに目の前であんたのお母さんに好きだとも言ったのよ?」

「それでも言ってください、そうじゃないと私は不安になってしまいます」


 彼女は私を恥ずかしい気持ちにさせる天才だった、それでも抵抗したところで余計に酷くなるだけだから好きとだけ言っておいた。

 そうしたらいきなりばっとしてきて一瞬固まったものの、まあ、彼女の発言通りなら色々我慢させてきたのだから仕方がないと体の力を抜いて受け入れておいた。


「さ、いつまでも寝転んでいないで勉強をしましょう、年上であるあなたがそれじゃあ駄目ですよ」

「え、なんかあんたから言われるとむかつく……」


 それは違うでしょ、ぶつぶつ文句を言って勉強をしていなかったのは彼女だけだ、ずっとごろごろしていたわけでもないのにこんなことを言われるとは思っていなかったからどうしたものかと真剣に考えた。

 でも、一応彼女ということになるから責めたところでこっちが気になりそうだったからやめたけど。


「いいからやりましょう、頑張ったらキスしてあげますよ?」

「じゃあもういまので最後ね」

「ええ!?」


 さて、だけど休憩ばっかりもしていられないから頑張ろうか。

 頑張った分だけ、その日のちゃんとやった感が上がるから悪くない。


「今日はあんたも手伝ってよ? というか、たまにはあんたが作ってくれたご飯を食べたいわ」

「分かりました、それなら任せてください」

「食材はあるからお買い物に行く必要はないわ」

「んー、なにを作りましょうかね……」


 結局、お勉強タイム(笑)になってしまったが、そのかわりに彼女作の美味しいお昼ご飯が食べられたのだから満足している。


「多分、あんたの方が上手よ」

「そんなこと言わないでください、私としては郁美先輩が作ってくれた方が嬉しいんですから」

「はは、それは楽できるからでしょ」

「違いますよお」


 後になればなるほど洗い物が大変になるからやっておいた。

 そうしたら午後は今度こそ集中してやろうと机に向かい合ったのだった。




「結局駄目でしたあ……」

「ふふ、璃香ちゃんには絶対に負けないんだよ私は」


 今回も分かりやすく差を見せつけられたわけではないのに満足そうだった、どっちにしても勝っているからいいと考え直したのだろうか?


「というわけで郁美先輩、いつものあれをお願いします」

「ははは、あんたも好きね」


 頭というか髪を撫でつつよく頑張ったわねと言われることが好きなようだった。

 このときは本当にいい笑みを浮かべるから姉力があるんじゃないかと勘違いしそうになるぐらいだった。


「璃香も、あんたも頑張ったことには変わらないんだからね」

「……ありがとうございます、ちょっとスッキリしました」


 今回は量を増やしていたから頑張っていなかったというわけでもない、だから私がしてもおかしな行為というわけではないはずだ。

 それにしてももう七月か、時間が経過するのはあっという間だった。

 まだまだこの子達といたいが、分かりやすく別れの日というのは近づいていることになる。


「テストが問題なく終わったなら夏休みですよねっ、郁美先輩はどう過ごすか考えてありますか?」

「勉強ね、それ以外の時間は暑いから家でゆっくりするぐらいかしら」

「えぇ、プールとか海とかお祭りとか行かないんですか?」

「行ってもいいけど、その場合は真陽も絶対よ」

「む、な、なんか怪しいですね……」


 彼女が帰らない限りは勝手にふたりきりになれるのだから外にいるときぐらいはそのようにしたい。

 真陽も放っておけない子ではあるから一緒にいた方がいい、その方が母みたいにしっかり切り替えることができるというものだ。


「今回は真陽ちゃんとこそこそ勉強をしていましたしね」

「あんたが参加しなかっただけじゃない、参加したがっていたのに断ったみたいな言い方をされても困るわ」

「そ、そういうことにしておいてあげます、真陽ちゃんもそれでいい?」

「うん、郁美先輩や璃香ちゃんといられれば楽しいから」

「じゃあそういうことで! あ、なるべく早く課題を終わらせないとね」


「集中できないよお」とか「遊びたいよお」とかそういう風に言っている彼女というのが容易に想像できてしまったが、常識人である真陽がきっと来てくれるだろうから心配する必要はないか。


「真陽、あんたの力が必要だから家に来て」

「分かりました」

「それに私といるより璃香といられた方がいいでしょ?」

「んー、璃香ちゃんといることも好きですけど、私はできる限り郁美先輩といたいですから」

「そうなのね、ま、璃香もいるからいいわよね」


 住んでいるからこそできることだった、そして、これならこそこそ動いているとか言われなくて済むからいい状態だった。

 当然、いまの発言を聞いて彼女は文句を言っていたが、対する真陽が一切感情的にならずに対応できるから意味がなかった。


「今年の目標ができました、それは真陽ちゃんみたいに冷静に対応できるようになること!」

「私関連のことじゃなければ冷静に対応できるでしょ?」

「いちいち感情的になっているようでは駄目なんです、だから毎回真陽ちゃんにドヤ顔をされてしまうんですよ」


 ドヤ顔かどうかはともかくとして、余裕がありそうな感じなのは真陽の方だ。

 真陽みたいになれるように頑張りたいということなら止めないが、彼女の良さが消えてしまいそうなのも怖いことかもしれない。


「一応言っておくと、私的にはあんたはそのままの方がいいわ」

「うぇ、そ、そうですか?」

「当たり前よ」


 もう私の中で彼女とは=としてそういうことになっているからだ。

 急に変わってしまったら困る、好きになったのはそういうところも含めてなのだからね。


「そうだよ璃香ちゃん、私と同じだったら郁美先輩が好きになってくれたりはしなかったんだよ?」

「あ。あくまで璃香がそういうつもりで近づいてきていたからよ? 真陽がそのように近づいてきていたら私は真陽と付き合っていたでしょうね」

「はあ!? 許せないですよそんな発言!」

「まあまあ、実際はあんたしか求めてきていなかったんだからいいじゃない」


 それに私とか真陽とかの前では我慢せずに出していけばいいだろう。

 だから変える必要なんて微塵もなかった、しなければいけないのは冷静にそういう判断をすることだけだ。


「そうやってもう出ているんだし、気にしないで続けなさい」

「うぅ、それにしたってその発言は……」

「浮気なんかしないわ、真陽だってそうでしょ?」

「はい、お友達を悲しませたくなんかないですから」

「だって、だから堂々と存在していなさい」


 頭を撫でて強制的に終わらせた。

 焦ったり慌てたりする必要なんか全くないとしか言いようがなかった。

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