07話.[任せてください]
「駄目だったわね」
「そうですね、やっぱり住ませてもらう側だから気になったんだと思います」
頑張ってみたが首を縦に振ってくれることはなかった。
が、元々無理なら諦めるという話をしていたから私も彼女もあくまで普通だった。
親に嫌われてまでする勇気なんかいらない、まあ、それが本当にどうしても必要なことなら自分ひとりで頑張ることを条件に動いてしまうのも悪くはないけどそうではないから。
「さ、じゃあ新しいのを考えなさい」
「本当にいいんですか? 私としてはメリットしかないですけど……」
「常識のある要求なら大丈夫よ」
慣れないことをして疲れたから床に寝転がる。
多分、私達としても一緒に住まない方がよかったと思う。
距離が近づけば近づくほど出てくる問題というのもあるし、明日も元気よく登校できれば○○と楽しめるという状態の方がモチベーション的にもいい。
なにより、ありがたみが薄まってしまうと調子に乗ってしまって前提が崩れてしまう可能性もあるため、そのために止めてくれたのだと考えておくことにした。
「すぐに思いついたのはありますけど今度こそ言えません」
「いつでもいいわ、言いたくなったら言いなさい」
求めずに終わらせることだって彼女の自由なのだからできることだ。
まあ、仮に終わらせるとしても最後になんらかの形で求めてからにしそうだけど。
「あ、私が出ますよ」
「よろしく」
真陽を呼んだのは彼女だ、だからこっちが動く必要はなかった。
人数が増えると普段は静かなここも途端に賑やかになるから良かった。
私が会話に加わっていなければ、いや、そもそも普段は煽ったりせずに会話をしているのだということがよく分かる。
「へえ、島先輩が動いてくれたんだ?」
「うん、だけどお母さんがどうしても駄目って言ってきてね」
「お金の問題とかもあるからね、むしろ島先輩のお母さんが軽すぎというか……」
聞いてみたら「大丈夫大丈夫」と言われただけだった。
お父さん大好き人間だから仕方がないのかもしれないが、せめて父に聞いてからと言ってみても「大丈夫」と言ってきただけで……。
「直接話させてみてもよかったと思うけどね」
「あ……」
そういえば個別に確認しただけでそれはしなかったな。
これは失敗したかもしれない、もしかしたら可能性はあったのかもしれない。
でも、やっぱり言うことはしなかった。
「それでも失敗していたかもしれないからあんまり気にしないで」
「うん……」
「それより璃香ちゃん、あなたはナチュラルに島先輩のお家にいますね」
「郁美先輩が帰っちゃうから仕方がないんだよ、無理やり付きまとっているわけではないよ?」
「それはこうしてゆっくりしている島先輩を見れば分かるけどさ」
当たり前すぎてというか、そもそも最初から気にしたことなんてなかった。
学校の生徒であれば、あ、同性の生徒であれば大丈夫。
もちろんいまみたいに信用できる相手が来てくれる方が嬉しいけどね。
「それも当たり前だよ、だってお家なら璃香ちゃんとどんなことをしようと注意されることはないんだから」
「どんなことをって言うけど、私達はあくまで健全なことしかしないよ?」
事実、抱きしめる以上のことをしたことはない。
一応性行為に含まれるらしいキスとかそういうのは……求めてくるのだろうかと少し気になった。
求められたら私は受け入れるのかとまで考えようとして、結局、なにも起きないままだと虚しいからやめておいた。
「確かに容姿と体に惹かれたのは確かだけど、いまは内側も好きだから」
「容姿も内側も体も好きならばっといきたいとか考えないの?」
「考えるよ? でも、郁美先輩を困らせるようなことはしたくないから我慢するの」
全部本当のことだ、最近はこっちが甘えてばかりだった。
考えて我慢してくれているということは分かるが、別に私がもうやめてと注意したわけでもないのに我慢しすぎだろう。
もう本当に小さなことで不安になるのだから気をつけてほしい。
「んー、いまの島先輩ならむしろ『来なさいよ』とか言いそうだけどなあ」
「確かに甘えてくれるようになったけど……」
というか、そういう話を私がいるところでするのはやめてほしかった。
前に寝ていたときもそうだったが、ふたりはぺらぺら話しすぎだからだ。
もう少しぐらいは隠しなさいよと言いたくなる。
「我慢しすぎるのも違うよ、もしかしたら平気そうに見えて物凄く不安になっているかもしれないよ?」
「ゼロ……ではないよね、郁美先輩は実際に寂しがり屋だから」
「うん、だから適度にした方がいいよ、もしかしたら出会う前の璃香ちゃんみたいな気持ちになっているかもしれないから」
ああもう嫌だ嫌だ、これ以上は聞きたくない。
だけどこういうときに限って寝られないというのが私だったので、少し早いがご飯作りなどを始めてしまうことにした。
ふたりを送っていかなきゃいけないし、早めにすれば勉強の時間だってある程度は確保できるから悪くはないだろうと片付けた。
「ただいま」
「……知らない人は帰ってください」
「酷いな、私はあなたを生んだ人間だというのに」
理由を聞いてみたら暇だったから、らしい。
まあ、ばりばり父が働いてくれないと母にとっても私にとってもこの生活は続けられないから頑張ってもらうしかない。
「あれ、りか……ちゃん? はいないの?」
「璃香のご両親に断られたのよ、それでもってね」
「へえ、その子はまだ住みたいと思っているの?」
「分からない、住めることになれば多分来るだろうけど……」
次を考えてしまったからそっちを叶えるために行動することもありそうだ。
「まあ、ご両親が反対しているなら私達が大丈夫だと言っても無理だよね」
「それに学校や放課後に会えるという距離感が一番いいと思うの」
「なるほど、その子のことが大切なんだね」
「大切よ、真陽って子もいるけどそっちの子もね」
じゃなくて、暇だったからって離れたここに来るというのはおかしい、だからなにかがあったのかと聞いてみたら「喧嘩しちゃったの」と答えてくれた。
「毎日毎日遅いから寂しいんだよ、それを全部言ったら『仕方がないだろ』と言って聞いてくれなくて……」
「事実その通りじゃない、お父さんが頑張ってくれているからこそ私達はこうして何事もなく生活できているのよ?」
「でもさー」
「子どもじゃないんだからわがまま言わない、璃香や真陽の方が私達よりしっかりしているわよ」
似ているという点では嬉しいけどね。
微妙な点ではあってもやっぱり生んでくれた人と一緒なのはいいことだから。
「もういい、私もここで暮らすもん」
「母親がもんってなによ……」
やっぱり直していこう、同じように出していたらさすがに嫌われる。
あの子だっていつまでも当たり前のように側にいてくれるというわけではない、小さなことでも積み重なれば崩れるのは一瞬のはずだ。
母が来てくれてよかった、こうして気づけたのであればきっと少しぐらいは上手くやれるはずだった。
「……郁美ちゃんのことだって心配だったんだからね?」
「はい嘘、転勤するってことになったとき迷いなく付いていくって言ったじゃない。お父さんは『郁美といてやってくれ』と言っていたのによ?」
「……だってお父さんも好きなんだから普通だよ」
「まあいいわ、満足するまでゆっくりすればね」
元々お買い物に行くつもりだったからエコバッグを持って外に出る。
今日も雨が降っていて実に面倒くさいが、雨がやむのを待っていたらいつになるのか分からないから考えるのをやめて歩いていた。
「あ、島先輩こんにちは」
「うん、ここにいるってことは真陽もお買い物よね」
「はい、今日は私が作る日なのでどうせならお買い物からやらせてもらおうかなと考えまして」
「偉いわね、あ、急ぎじゃないなら一緒に見て回りましょ」
「分かりました」
とはいえ欲しい物だって違うし、なんなら買う食材の多さも違うから途中でどうしても別れる必要があった。
私のそれに付き合ってもらうわけにはいかないからとひとりでそれなりに急ぎつつ選んでお会計を済ませたのだが、結局真陽を待たせることになってしまったという結果に終わる。
「あの、寄っていってもいいですか?」
「お母さんがいるけどそれでもいいなら」
「えっ、それなら絶対に行きますっ」
母に近づくために私と、なんてそんなわけがない。
行きたいと言うのなら連れて行くだけだ、ちなみにこのことをちゃんと璃香にも話しておいた。
……そうしたら速攻で『私も行きます!!!』と感嘆符を三つもつけて送ってきてくれた璃香ちゃん……。
「あ、遅いですよ……ぉお!? なんで真陽ちゃんといるんですか!」
「いやあんた早すぎ……」
スーパーだってそんなに距離が離れていないのにどうして私達より先に私の家の前にいるのかという話だ。
雨だから留まっていても濡れるだけでいいことがないからすぐに硬直から回復して家の中に入ったけど。
「おお、もしかしてあなたがりかちゃん?」
「はい、杉戸璃香です、こっちの子は友達の谷藤真陽ちゃんです」
「私は郁美ちゃんのお母さんです、娘がいつもお世話になっています」
「「お世話になっているのは私達の方ですから」」
友達の前ではいつものゆるゆるな感じではなくなるのも母らしい。
友達からはお母さんが美人で優しくていいなんて幼小中学生時代はよく言われたものだ。
まあ確かにいい母親ではあるから文句はないが、なんとなく素直に受け入れづらかったのも事実で。
「お義母さん、私はそういう意味で郁美さんのことが好きなんです」
ここで言おうとするところが彼女らしい、次がいつになるのか分からないから賢い選択かもしれない。
「え、あ、だから住みたいなんて話になったんだ?」
「はい、残念ながら断られてしまいましたけど……」
住みたがっているということと、璃香なら大歓迎という話しかしていなかったから母がこういう反応になるのも無理はなかった。
ああ、だけどこういう話になるといつもの悪い癖が出そうで不安になる。
彼女のご両親が無理だと言っているのだから何度も言うべきではないのに。
「迷惑じゃないなら璃香ちゃんのお家に行こうかな、璃香ちゃんのご両親とお話ししてみたいから」
「あ、多分私の両親は、特に母親は納得しないと思います」
「まあまあ、ちょっとお話ししてみたいだけだから許してよ」
「わ、私は大丈夫ですけど……」
こっちを見てきたからあんた次第よと言っておいた、って、その場合は付いて行かなければならないのだろうか? ……急に現れたかと思えば変なことを言い始めるところだけは直してほしいところだ。
「ねえ、それって私も行かなきゃ駄目なの?」
「ん? 別にいいけど」
「ならよか――……確かに璃香は分かりやすいわね」
私だって彼女のお母さんとふたりきりになったら緊張するから文句は言えないか。
真陽は「それなら私は帰りますね」と言って帰ろうとしたが、呼び止めてもどうしようもないから外まで見送ることにした。
「ごめん、今度ちゃんと付き合うから」
「よろしくお願いします、それではこれで失礼します」
今日に限って言えば食材のことを考えての行動でもあるからあんまり申し訳無さを感じる必要もないのかもしれない。
でも、今度絶対に真陽を優先する時間を作ろう、求めているかどうかは分からないが自分のためにも必要なことだった。
「え、そうなんですか?」
「はい、璃香ちゃんが来てくれることによって寂しさを味わわずに済んでいると毎日電話で言ってきていたんです」
毎日は嘘だがそういう報告をしたのは事実だった。
残ることを選んだとはいえ、私は母のことも父のことも好きなのだから声を聞こうとするのは普通のことだろう。
「郁美ちゃんはこれまでも頑張っていましたが、璃香ちゃんと過ごすようになってから成績も良くなっているんです」
電話をしたときは適当な対応なのにちゃんと聞いているんだな。
単純に勉強をする時間を増やしただけだが、そこに璃香が全く関係していないということはないからこれは嘘ではない。
「だから私達の方は大丈夫ですからお母さんさえ良ければ家に住むという話を認めてあげてほしいんです、ちゃんとこっちにもメリットがあるなら大丈夫ですよね?」
無根拠に大丈夫と言われたって後から請求されないという保証はない、娘がとはいえ、住ませてもらう側だからこその悩みがあるのだ。
それにこの話は私達の間ではもう終わっている、璃香の中には次のソレが出てきているのだから多分止めるはずだった。
住めないからこそということだったのだからね。
「……璃香はどうしたいの?」
「私は本当なら住みたいけど……」
「郁美ちゃんがいいと言ってくれているし、郁美ちゃんのお母さんもこう言ってくれているんだから後はあなた次第だよ」
ああ、これはこのまま住む方に傾きそうだった。
まあ、断られたから諦めただけで私個人としてはそれでも構わないというのが本当のところではあるけど。
いやほらやっぱり食後とかは寂しくなったりするから、可能であるならごちゃごちゃ距離感がどうのこうのとか考えないで行動する。
そうしてほしいのに断るような天の邪鬼な人間ではなかった。
「……私は郁美さんといたいですっ」
「分かったよ、あの、璃香のこと……」
「はい、任せてください」
「ありがとうございます、郁美ちゃんもありがとう」
「い、いえ、璃香……さんにはいつもお世話になっていますから」
最近で言えばこっちが甘えてばかりでお世話になってばかりだった。
じゃあそのお礼とするなら悪くはない気がする、なんて、これも父が頑張ってくれているからこそだから返せたことにはならないか。
「あ、璃香のお母さん」
「どうしたの?」
後輩である璃香が頑張ったのだから私も頑張る必要があった。
私の母は既に知っている、だったら後は彼女の親に言うだけだ。
「私、璃香のこと好きなんで」
「え、あ、それはそうだろうね、そうでもなければお家に誘ったりしないだろうし」
「あ、そういう意味でじゃなくて」
「え、ええ!?」
驚きたくなる気持ちは分かるから黙ってなにかを言われるまで待った。
私の母はにやにやと笑みを浮かべてこっちを見てきていたので、いまはやめてと口パクで言ったら聞いてくれてなんとかなったけど……。
「い、郁美先――郁美さんを送ってくるね!」
沈黙を破ったのは娘である璃香で、少しだけほっとしてしまったのは内緒だ。
いやでも聞かずに帰ってしまうのはいいのだろうか?
自分が気持ち良く彼女といるためにしたのに言い逃げをするのはちょっと……。
「そ、そうだね。あ、璃香、後でちゃんと話をしよう」
「分かった! それじゃあ郁美さんっ」
「わ、分かった」
だけどこうなってしまったらどうしようもない、彼女のお母さんを見てみても呼び止めてきたりはしなかったから帰ることになった。
まったく、母のせいで休日にいっぱい疲れることになってしまったではないか。
「あの、ありがとうございました」
「いやいや、私は郁美ちゃんのために動いただけだから」
「というか郁美先輩、さっきのって……」
「……あんたにだけ頑張らせるのは違うと思ったからしただけよ」
適当に言ったわけではない、もう四月とは違うのだから問題にはならない。
あ、いやまあ、彼女のお母さんからすれば問題発言かもしれないが、悪く考えるのはやめているから忘れたことにしておく。
「んー、郁美ちゃんも璃香ちゃんも可愛い!」
「……帰らなくていいの? お父さんのためにご飯とか作ってあげなさいよ」
「んー、そうだね、ふたりを見ていたら大好きなお父さんといたくなっちゃったからこれで帰るね」
彼女は律儀に自由人の母に再度お礼を言っていた。
母も気に入ったのか「また会いに行くから!」と夏休みの別れ際みたいなことを言って駅がある方向へ走っていったのだった。
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