05話.[動いてますよね]
「真陽、璃香が待っているから付いてきて」
「え、わざわざ呼びに来てくれたんですか?」
「言ったでしょ、三人で集まろうとしているときは態度を変えたりしないって」
というか、どうして一緒に出てこなかったのかという話になる。
同じクラスで友達でも毎日必ず一緒に帰るというわけではないが、最近はすぐにふたりでいるから今日も一緒に帰ると考えていたのに。
まあ、私としてはふたりがいてくれないと困るからこうして行くだけだ。
「分かりました、荷物をまとめますので待っていてください」
「ゆっくりでいいから」
話を聞く以外にもできることはある、それはこういうことだった。
私が行けば大体は受け入れてくれる、そういう考えで行動している。
自分のためにそうしているわけではないから、仲良くしていけば真陽にも璃香にもメリットがあるのだから悪いことではないだろう。
「んー、なんか微妙に納得できないんですよね」
「なにが?」
「仮に呼びに来るとしても島先輩ではなくて璃香ちゃんだと思うんですよね、あの子があなたが動こうとしたときに『待ってください』と止めないのは不自然ですから。それにあの子と違ってあなたは私が教室に残っているかどうかも分かっていなかったでしょうから」
なんでもかんでも璃香に任せるわけではないということを言ってみても駄目で、結局、待たせていることには変わらないから璃香がいる場所に移動した。
合流してからはふたりが普通に会話をしているのを見たり聞いたりしながら歩いていたのだが、
「璃香ちゃん、ちょっと足を止めて」
「え? うん、分かった」
学校からそう離れていない場所で足を止めることになった。
「璃香ちゃんは自分が呼んでくるからって止めなかったの?」
「うん、だって郁美先輩が『呼んでくるわ』と言って歩いて行っちゃったから」
事実だ、私はそうやって行動をした。
多分、彼女としては複数人で行っても仕方がないことだからと終わらせたと思う。
真陽と仲良くすることも言っていたから動けなかった、ということもあるかもしれないけど。
「島先輩が自分から来てくれたのは今回が初めてだった、なんか違和感がすごいんだよね」
「別に友達なんだからおかしなことじゃないでしょ?」
「璃香ちゃんのことを優先する島先輩が唐突にそんなことをしても?」
「んー、そんなに違和感のある行動かなあ?」
私はふたりが仲良くなれるように行動しているから実は真陽のその考え通りだ。
だからこっちは聞かれるまで黙っていればいい、璃香が言っていることだってその通りなのだから。
友達のところに行こうとするのは普通のことだ、普段来てもらっているのであれば今度はこっちからって考えるだろう。
「あ、私達がテスト週間で一緒に頑張った結果、仲良くなったことで不安になってしまったんじゃないかな」
「そのために真陽ちゃんといたわけじゃないけど、嫉妬的なことをしてくれているのなら嬉しいけどね」
「「どうなんですか?」」
目を開けたら四つの瞳がこっちを見ていた。
馬鹿正直に全て話す意味もないから三年生である私が璃香を独占してしまったら駄目だからと言っておいた。
「年上として我慢した、いや、我慢しようとしている、ということですか?」
「そうよ、私が璃香といてしまったら真陽は我慢するしかなくなるじゃない、そんなことになっては駄目なのよ」
「璃香ちゃんから直接一緒にいたい、ふたりきりでいたいと言われてもそうするんですか?」
極端にやりすぎるときっと璃香の相手をするのが難しくなる、自然にやりつつふたりが仲良くなれるのが一番だから適度に付き合うと答えておいた。
初遭遇のときにつまらない顔云々と言ってきていた璃香がなにも言わない以上、私は狼狽えたり表情に出したりせずに対応できていることになる。
「すみません、私が勝手にそう思い込んでいただけでしたね」
「いいのよ。あんたも璃香も遠慮しないで来てくれればいいから、私ならちゃんと相手をするから勘違いしないで」
「「分かりました」」
不安に考えがちな人間だが極端なことはしないのだ、でも、まだ一ヶ月半というところだから知らなくても無理はないということで終わらせた。
そこからはあくまでいつも通りだった、別れるところまではふたりが楽しそうに会話しているのを聞きながら歩いていた。
「不安になっちゃったんですか?」
「なにが?」
「……郁美先輩、真陽ちゃんと仲良くさせようと動いてますよね」
「……ばれてたのね、なんでさっきは隠したの」
「真陽ちゃんと郁美先輩を不安にさせないようにです、でも、ふたりきりになったら我慢できなくなりました」
勉強が苦手なような感じを出しておきながら高得点を叩き出す、なんにも気づいていないふりをしながら実は気づいている。
ああいう明るく緩い感じを演じられる人間が一番強いのかもしれなかった。
「ま、本当のところを言うとこの前ふたりが仲良くしているところを見て勝てないと思ってしまったからなのよ。というか、二学年も違う人間が一年生から奪おうとするのはありえないかなって」
「私達は友達として仲良くなっただけです、郁美先輩だって仲良くした方がいいって言ってきたじゃないですか」
「……最初はね、でも、もういまは違うのよ」
影響を受けやすい人間なのだ、所謂チョロいという言葉は私みたいな人間を見たときに使われる言葉なのかもしれない。
「悔しいとか悲しいとかそういうことじゃなくて私が感じたのはこのまま続けるのは違うでしょということだった。あんたが悪いわけじゃないわ、これはいつものように強気に行動できない私が悪いの」
何度も違うと言っているのにそのつもりで行動されていたら真陽は嫌だろう。
むしろむかついてそれならその通りに動いてやる! と頑張るかもしれない。
「あとは私はどうせ来年で卒業だから真陽といた方がいいと思ったのよね、まだまだ色々なことをしたって物凄く時間だってあるんだから」
「……いまだけじゃなくて卒業後も一緒にいたいって言われたらどうするんですか」
「一緒にいたいって言ってもらえるなら嬉しいわね、私は私だからこれまでとそこは変わらないわよ」
「じゃあいいじゃないですか、色々言い訳していないで近くにいてくださいよ」
言い訳ではなくてふたりのことを考えているからこそなんだけどねえ……。
そうやって行動していても相手からしたら逆効果になることもあるということがあるのは分かっているが、なんとなく今回の件では納得できないというか……。
じゃあ私の前であんな見せつける必要ないでしょ? そう言いたくなってしまう。
「もし真陽があんたのことを好きになったらどうするの?」
「私は郁美先輩が好きなんです、断るだけですよ」
「……私はこの前のふたりを見て、じゃなくて璃香を見てこういう考えになったんだけど?」
「そんなの郁美先輩が必要もないのに不安になったのが悪いんですよ、だって真陽ちゃんとは友達として仲良くさせてもらっているんですから」
まだ家まで距離があるそんな場所で止まっていたから歩き出す。
当然のように付いてきたから気にせずに家に上げておいた。
飲み物を渡したらなんかやる気がなくなって突っ伏したものの、両肩に触れられて顔を上げることになったけど。
「離れるのはやめてください」
「いや、私はああやって考えていても一緒にいるつもりだったのよ? だって一緒にいないと協力してあげることもできないじゃない」
「それは協力じゃなくて強制です、年上である郁美先輩に言われたら真陽ちゃんも私も断れないじゃないですか」
そうだろうか? これまでも無理なことなら無理と断ってきていたのにおかしい。
でもまあ、もうこうなったらできないからやめることにしよう。
そもそも私自身が璃香といたがっているのに協力を続けていたらきっと最後は逃げていたと思うから。
「もう、あんたのせいで滅茶苦茶よ、あんたのせいなんだからね」
「わっ、なんで私のせいなんですか」
「あんたのことを気に入っているからよ」
そうでなければ本当に純粋に仲良くできるだけでよかった、真陽と彼女が仲良さそうなところを見たとしても笑って済ませられた。
だけど実際はそうではないからこういうことになるのだ、文句が言いたいなら私ではなくそういう風に変えた自分に言ってほしい。
ただ、こんなことを言えば「それなら嬉しいですけどね」とか言うのだろう、だからこれ以上は言えずに黙ることになる。
「ふたりきりになるとこうして甘えてくれますよね、あのときだってわざと転んだふりをして私に寄りかかってきていましたし」
「……あんたって意地悪よね、私は一回も意地悪なことをしていないのに酷い子ね」
「意地悪じゃなくて確認しているだけですよ」
いちいち確認しようとするなと言っていることが分からないのだろうか? なにもかもがばれていて恥ずかしくなっているところなのに本当に酷い。
というか、年上である私が甘えているなんてださすぎるだろう。
こういうのは彼女の方からしてほしい、で、表面上だけは呆れたような感じを出しつつもそうしてもらえることを喜びながら私が受け入れるのだ。
「大丈夫ですよ、私はいつでも側にいますから」
「逆よ逆、私があんたの側にいてあげているんじゃない」
「ははは、そうですね」
いつの間にか立場が逆転してしまっているような気がして目を閉じた。
直接見えないようにしてしまえば多少の恥ずかしさはなんとかなる。
彼女の息遣いと体温とある程度の柔らかさや硬さと、そういうのが分かるだけで完全には無理だったけど。
「なんにも掛けないで寝たら風邪を引いてしまいますよ?」
「……あんたに触れているから大丈夫よ」
むかついているのもあるから今日はずっとこのままでいようと決めた。
座っている状態だったから不健全ということもなかったし、こういう状態でも寝られる人間だから問題なかった。
「器用に寝ちゃった」
この前みたいに膝枕をしているとかそういう状態でもないのにすやすや郁美先輩は寝てしまっていた。
動くと起こしてしまいそうで動けない、トイレとかに行きたくなったらどうしようと考えている間にどんどん時間が経過していく。
もうすぐ六月というところまできているからすぐに暗くなることはなかったけど、やっぱり時間が経過すれば暗くなるわけで。
「……反省した?」
「え?」
「あんたは私に意地悪なことをした、だから私はこうしているけど反省したのかって聞いているの」
郁美先輩――彼女は意地悪なことをしたと何度も言っているけど、確認しようとするのは当たり前のことではないだろうか?
好きだからこそ不安になるときがある、その点、ちゃんと聞いておけば多少は安心できるのだから当たり前のことだと言える。
むしろ意地悪なのは彼女の方だった、私がいるのに真陽ちゃんを呼びに行ったりとかして不安にさせたから。
「その様子だと反省はしていないみたいね、だったらこれは朝まで続けるわ」
「郁美先輩だって反省しなければいけないところはあるんですよ?」
「やられたからやり返すの? それなら私もあんたも駄目じゃない」
「違います、でも、あなたは何回も私を不安にさせてきたから……」
やり返したいなんて考えたことはなかった、でも、複雑なのも確かだった。
近づいた形が形だから一方通行みたいになるのは分かっていた、だけど、一方通行は嫌だった。
だからなるべくうざがられないように我慢しながら近くにいた、多分それがいい方に働いて彼女だってこっちといることを求めてくれている……と思う。
「私はショックでした、ちょっと仲良くしていたぐらいで勝手にそういう風に見られたことに」
同級生で同性で友達で、それならああいう感じになるのが普通だ。
ただ、こうして一緒に部屋で寝転んだりとか触れたりとかそういうことを真陽ちゃんとしたわけでも、求めたわけでもない。
だって誰にでもするような人間だと少しだけでも思われたということでしょ? 好きな人から直接じゃなくても言われたということが悲しかった。
「好きって適当に言っているわけじゃないんですよ? まあ、郁美先輩からしたらそのように聞こえたのかもしれませんけど」
私も彼女もまだまだ出会ったばかりだと言っても過言ではないから分かっていなくてもおかしくはない、一ヶ月半とか約二ヶ月で理解できることというのは少ないだろうから仕方がない。
それでもだ、簡単に誰でも好きになるような人間だと言われるのは心外だ。
「なにひとりでぺらぺら喋ってんのよ」
「あなたが悪いんです、だから反省しなくちゃいけないのはあなたですよ」
今日は我慢しなかった、で、我慢しなければ大抵は悪い方に傾くことを私は知っている。
彼女は私に寄りかかるのをやめると「言いたいのはそれで全部?」と聞いてきた。
色々他にも言いたいことはあったけど、それはいまのこれとは関係ないから静かにうなずく。
「初対面のときと違って分かってよかったでしょ? ここから先はあんたの自由よ。こんな人間でも近くにいてやるかってことなら、求めてやるかってことなら私は受け入れる。あんたといられる時間は好きだって何度も言っているしね」
「離れるわけないじゃないですか、あなたのことが好きなのに変な勘違いをされたことにむかついているだけですよ」
「ははは、そうなのね、それなら良かったわ」
無駄な言い合いだった、こんなこと必要なかった。
常に我慢してくれているのは彼女の方なのだから、今回だって細かいことを気にせずに我慢しておけばよかったのだ。
ここが歳の違いだと思う、分かりやすく極端な行動をしなかった彼女のようにするべきだったと後悔している。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいの、でもまあ、そう思うならほら」
「はい」
彼女の方からこういうことを求めたりしてきていることを冷静に見るべきだった。
なんでこういうことには気づけなかったのだろう、それこそ露骨だったのに肝心な部分にだけ無反応なんて私はおかしい。
「真陽も好きだけどやっぱりあんたの方が好きよ、近づいてきている理由もはっきりしているからでしょうけど」
「真陽ちゃんと比べてじゃなくて私だけで判断してほしいですけどね」
「それはまだ早いわ、でも、こうしてあんたに触れられていると落ち着くの」
……一瞬、家だからじゃないだろうか? なんて考えたものの、口にするのはやめておいた。
余計なことは言わなくていい、彼女がこう言ってくれているのだから嬉しく感じておくだけでいい。
「あんたが動物になったらなんの動物になるんでしょうね」
「犬……ですかね、郁美先輩は猫ちゃんです。ほら、こっちに懐いてくれるまではひとりでいるみたいな感じで」
「私、他者を拒絶しているとかそういうことはないけど……」
「高嶺の花みたいな感じで近づきにくさがあるのかもしれませんよ?」
「あんた馬鹿にしてんの? やっぱり意地悪だわ……」
そういうところだ、って、これも言わないけど。
それでも少しでも信用してくれたらこうなるのだから面白い、それどころか積極的に甘えてきてくれるというところがいいところだった。
もっとも、最初からツンケンしていたとかそういうことではないから合っているのかは分からないけどね。
「……ま、意地悪でもいいからあんたは私の側にいなさい、いまから去ったりしたら鬼のような顔で追いかけるから」
「ははは、それはまたなんとも怖そうですね?」
「なんてね、そんなのあんたの自由よ。私の本当のところを知って無理だと分かったらさっさと真陽とか他の魅力的な人間のところに行けばいいわ」
彼女はこっちの頭を撫でてから「年上が年下に依存するなんてやばいでしょ?」と重ねてきた。
はぁ、すぐにこうやって不安になってしまうところを変えてあげたい。
ただ、一度も話したことがなかったときよりはそれができそうな感じがしていた。
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