03話.[それはあるかも]
「こんにちは」
「こんにちは。だけど意外ね、谷藤が先に来るなんて」
「ということは杉戸さん、まだ来ていないんですね」
「そうなのよ。まあいいわ、上がって」
あの子にもしたいことが色々あるということだ、細かいことを気にしていても仕方がないから戻る。
飲み物を渡して、とりあえずは足を伸ばして座っておくことにした。
途中から参加するとかそういう話ではないから集まってからやった方がいい。
集中し始めたところで動かなければならないというのは不効率だからね。
「ここが島先輩のお家なんですね」
「狭いでしょ?」
「でも、なんか落ち着けます」
私もそうだから無理しなくていいとかそういうことは言わなかった。
で、そんな風に会話をしていたときに璃香も来て勉強をやることになった。
が、全く聞いてこないからちらちら見ていたら「ちゃんと分かりますよ」と言われて恥ずかしくなってしまった。
勉強が云々と言っていたのは嘘だったのだろうか? こうして集まるために言っていただけなのだろうかと無駄に考えてしまう。
「あのー、そろそろ休憩でいいですか?」
「まだ一時間も経過していないわよ?」
「郁美先輩といられているのに教科書なんかとにらめっこしておくのはもったいないじゃないですか」
そこはまあ自由にやらせておくことにした、多分、頑張りなさいとか言うと何回もこうして止めてくるからだ。
ひとりで頑張りたいタイプだっているかもしれないからそもそも強制するべきではないことだと言える。
「だけど確かにGW初日ぐらい休んでもいい気がします」
「谷藤までそんなこと言うの?」
「はい、だってせっかく島先輩や杉戸さんといられているんですからね」
それならこっちだけ勉強をやっておくことにしよう。
ふたりが会話をしているからいつもの学校みたいになって良かった。
静かでも賑やかでも関係なく集中できるタイプというのも影響していて、こっちはお昼まで集中することができた。
……何故か真面目にやっていたはずの私がふたりに怒られてしまったが、お昼からでも十分遊べるのだから問題ないでしょと黙らせておいた。
「当たり前ですけど私と杉戸さんでは扱いに差がありますよね」
「え、そんなことないよ、郁美先輩は私のときもこんな感じだよ?」
「そうかな? 勉強を頑張ろうとしちゃったのも慣れない私がいたからじゃない?」
えぇ、別にそんなことで勉強に逃げる人間じゃないんですけど……。
そのために集まっているからやっただけ、それ以上でもそれ以下でもないのに谷藤は大きな勘違いをしている。
いやでもまさかそんなこと言われるとはねえ、あ、私が弱い人間だとか口にしていたからかと気づいて後悔した。
「それに杉戸さんとふたりきりのときはすぐに寝転ぶんだよね? 私とふたりきりのときは座っていたからさ」
うっ、その言い方じゃあぐうたら人間しか想像できない……。
実は私のことが嫌いなのではないかと思えてきた。
羨ましいとか言っておきながらその実、ちくりちくりと言葉で刺していくのが彼女のスタイル、なんてね。
「むしろ谷藤さんだからこそかもよ? 私みたいに欲求に正直な人間よりもいいのかもしれないし……」
「あ、勘違いしないでね? 島先輩は私にも優しいというだけだから」
「それならいいんだけどさ……」
すぐに璃香だけを特別扱いするなんて無理だ、さすがにそうするためにはもっと時間が必要になる。
だから当分の間はこのままだ、でも、そういう焦れったい時間を過ごすことになるのは恋愛あるあるではないだろうか?
まあ、私はこれまで誰かを好きになったことがないから初恋すらしたことがないというのが現実で。
「あんた達は初恋はもう経験済み?」
「私はまだですね、杉戸さんは?」
「実は過去にもう……、なんかすみません」
「なんで謝るのよ、そんなのあんたの自由でしょ」
実らなかったのか続かなかったのか、どちらにしても私を求めてきているということは上手くいかなかったということなのだろう。
どんな初恋だったのかを聞いているわけではないから細かいことはどうでもいい、というか、仮に続いているのに求めてきていたとしたら普通に嫌だ。
私は璃香も彼女もいい子だと思っている、だからそういうのを壊さないようにいまのままでいてほしかった。
「あ、私はまだよ、ふたりからしたらどうでもいいことだろうけど」
「え、それなら振り向かせられたら私が初恋の相手……ということですよね?」
「まあ、そうなるわね」
安定して話せるのはふたりしかいないし、友達だとはっきり言える存在もふたりだけだった。
その中で分かりやすく求めてきているのは璃香だけ、ならうん、私がそういう風に見るようになれば初恋の相手は璃香ということになる。
「あ、ちなみに告白して振られましたから、抱きしめたりとかキスしたりとかしていませんからっ」
「仮にしていても関係ないわよ」
「そ、そうですか」
いちいち気にするのも意外だった。
「寝ちゃったね」
「勉強とか家事とか頑張っていたからね」
ベッドがすく側にあるのに床で寝てしまったからお布団を掛けておいたけど、起こした方がよかったのだろうか? とずっと考えてしまっている。
でも、杉戸さんのここまで優しい笑みを見られたことはいいことだから、島先輩が寝てくれてよかった……なんて思っている自分もいるのだ。
「一応ちょっと時間が経過したけどどう? 気持ちの変化とかってある?」
多分、いつか相談されるからしっかり知っておきたかった。
彼女は私でも話してくれるからきっと答えてくれる。
「本人を目の前にすると上手く出せないってことが分かったよ、一緒にいられていないときは○○してほしいとかよく考えていたんだけどね」
「島先輩が拒まずにいてくれるのも逆にやりにくいのかもしれないね」
「あ、それはあるかも、なんで受け入れてくれるんだろうって考えちゃうんだ」
島先輩からすればお友達が増えるということが嬉しいからではないだろうか?
恋愛感情とかはないものの、このままでいてくれるなら彼女も私も悲しい気持ちになることはないと思う。
ただ、彼女からすればそれは複雑なことかもしれないけど……。
「一目惚れをした日だったらこうして寝ている郁美先輩に襲いかかっているところなんだけど……」
「困らせたくないよね」
すごい発言だった、でも、そんなことはできないという顔だった。
私も島先輩もきっと彼女ならこういうときこうすると勝手に考えてしまっている。
だけど実際は違って、むしろ恋をしていない私達よりも臆病ですらあるのかもしれない。
「うん、だから……なんか焦っちゃうんだ。ちょっと矛盾しているけど、今日遅れたのもそれが関係しているんだ。正直、谷藤さんと仲良くお喋りしている郁美先輩を見たくなかった。谷藤さんは何回も勘違いしないでって言ってくれているけど、私はどうしても恋愛脳でそういう風に考えちゃうんだよ」
「そうなんだ、でも、私も島先輩といたいな」
「わ、分かってるよっ? ただ、弱いからそういう風に考えてしまうんだよ」
私だって弱い、というか、人間は誰だってそういうところがあるだろう。
自分の全部に自信を持って行動できる人なんていないと言ってもいい気がする。
「うぅ、ネガティブ状態にはならないようにって動いているのに……」
「そんなの仕方がないよ」
「うん、だって意識していてもこうして出てきてしまうんだからね……」
悪い方にもいい方にもあんまり考えない自分としてもそんなの仕方がないと言うしかなかった。
考えられる脳や感じる心があるからいっぱい考えたところで意味がない。
「……ぺらぺら喋りすぎよ」
「「あ、ごめんなさいっ」」
島先輩は体を起こすと「ふぅ、もう夜ね」と言った。
確かに外はもう暗い、ちなみに部屋内も暗い状態だった。
気にせず点ければいいと本人から言われていたものの、話し合った結果、暗いままでも問題ないということになったから。
「お風呂溜めるわ、だから順番に入って」
「「はい」」
お客さんルールで絶対に先には入りたくないみたいだからこれも話し合った結果、私が先に入らせてもらうことになった。
ひとりだから借りている状態とはいってもあまり緊張はしない、それでもいつまでも入っているわけにはいかないからすぐに出てきた。
「璃香は私と同じですぐに不安になるわね、あ、谷藤もなにかがあったらすぐに言いなさいよ? 私だって聞いてあげることぐらいはできるんだから」
「ありがとうございます、それならひとつ……あ、いや、やっぱりいいです」
杉戸さんをなるべく不安な気持ちにさせたくない、こんなことをしていたら違うと言っても説得力だってなくなってしまう。
「言いたいことがあるなら言っておきなさい、私に言いたいからいまだって口にしたんでしょ?」
「あ……あの、私のことも名前で呼んでほしいです」
「真陽って呼べばいいのね、分かったわ」
……本人に言われてしまったら駄目だった。
どういう心理状態でお風呂に入っているのかは分からないものの、後で説明したときには怖い顔をされるんじゃないかと不安になり始めた。
だけど島先輩といたいのも本当のことなのだ、まだ恋人というわけではないからいいんじゃないかと今回も正当化しようとしている自分がいる。
「ただいまです!」
「じゃ、私も入ってくるわ」
後じゃなくていまだった、……時間が経過した後に言うことになるよりはマシだろうか?
「そんなの自由なんだからいいんだよ、郁美先輩だって嫌じゃなかったから名前で呼ぶことにしたんだから」
「……なんかごめん」
「いいってっ、……それでも私は負けないし」
最後の呟いたときの顔は見ることができなかった。
「いまはただただ仲良くなれるように頑張るだけだけどね」
「うん、そうだね」
仲良くなれなければそうやって求めることもできない。
その先はともかくとして、私も仲良くなりたいから頑張るだけだった。
「朝か……」
ひとりだから洗濯とかご飯作りとか全て自分でやらなければいけないのも学校後に疲れることに影響している気がした。
まあ、それを考えていても仕方がないから体を起こして行動することにした。
いまさらだが、ふたりに床で寝てもらうことになったのは少し申し訳ないかな。
でも、そうなることを分かっていながらふたりは泊まることを決めたわけだからそんなに気にしなくてもいいのかもしれないと終わらせた。
「……もう朝ですかあ?」
「起こしてごめん、いつもこれぐらいの時間に行動しているから……」
「……ふぅ、気にしなくていいですよ、私達が無理を言って泊まらせてもらったんですから」
量があるわけではないからそれ自体はすぐに終わったし、調理だって何回もしているから三人分を作ることだって全く問題はなかった。
意外だったのは真陽がすぐに起きてこなかったことだ、多分、起こしていなければ十時とかまで寝ていたと思う。
「洗い物は私がやります」
「そう? それなら私は勉強をするわ」
「はい、任せてください」
真陽はまだまだしゃっきりしていないからぼうっと座っているだけだった。
ずっと見ていてもなにも変わらないから勉強を始める。
ひとりでいるときは結構勉強をしてきたからこの時間が苦ではなかった。
「……ん? どうしたのよ?」
気づいたらまた真横にいて隙間というのはほとんどなかった。
璃香はこうするのが好きなようだ、触れられて落ち着くということなら構わない。
「もう洗い物も終わったのでくっついていたかったんです」
「好きにすればいいわ」
なんでもしたいように行動させてあげた方がこちらとしても対応しやすくなる。
……こっちが寝ているときに変なことを言っていたからこれも逆効果になってしまう可能性はあるが、まあ、嫌ではないのだから別にいいだろう。
あと、なんか暖かくてもっと集中することができた、なんらかのことで彼女が動いてもそっちが気になったりはしなかった。
「……郁美先輩は優しいですよね」
「……なによ急に」
なのにその発言で一気に意識が持っていかれた、ハイテンションのときみたいに大声量というわけでもないのにおかしい。
「色々我慢しているからこそでしょうけど、なんでも『好きにすればいいわ』と受け入れてくれるじゃないですか」
「嫌じゃないからね」
シャーペンを置いて真横にいる璃香を見る。
許可しているのに複雑そうな顔をしていて訳が分からなかった。
やたらと静かだったのは真陽が近くで寝ていることで分かったものの、そんな顔をする理由だけは分からないままだ。
「私と一緒ですぐに不安になってしまうのね」
「はい……」
「嫌じゃないから受け入れているのよ? 前も言ったように仲良くなりたいと思っているし、こうして甘えてもらえるのは嬉しいわ」
してくれたらしてくれたで今度はなんでと気になってしまうのだろうか、そうなると恋というのは物凄く大変で面倒くさいことなのかもしれない。
「郁美先輩……」
「そんな顔しないの」
さらさらな髪を撫でても、いや、撫でたらもっと酷くなった。
泣きそうになっているようにすら見える、どうしてって考えてしまうのは私が未経験だからだろう。
「はい、これでいい?」
「……抱きしめてほしくて見ていたわけでは……」
「適当に対応しているわけじゃないわ、そこを勘違いしないで」
勉強をしよう、なんか自分のペースを守れないからこのまま見ているのは駄目だ。
本当になにもかもを持っていかれるから仕方がないことだ。
あ、今日のこれは勉強に逃げていると見られてしまうかもしれなかった。
まあでも、悪いことではないからこれも気にしないようにしておこう。
「羨ましいよ、やっぱりもういまの段階で璃香ちゃんは特別扱いしてもらっているよねそれ」
「え、そ、そんなことは……」
「もう、嘘つきなんだね璃香ちゃんは」
「ち、違うよ……」
複数の教科ではなく、一日に一教科をとことんやるタイプだから移動はトイレとかそういうとき以外は必要がなかった。
ただ、どうしてもふたりの会話に意識を持っていかれてしまって、結局、三時間もしない内にやめることになった。
正直、まだ五月なんだから焦る必要はないと考えてしまっている自分もいるし、それでも二時間以上はしたんだから問題ないと考えている自分もいる。
「真陽にはないみたいだから言っておくけど、私は璃香のことを気に入っているわ。なんか緩い感じでいられるのがいいのよ、いつもそうだろと言われたらそれまでだけどね」
「ちょっと複雑です……」
「三人でいるときは露骨に態度を変えたりはしないから安心してちょうだい」
「お願いしますよ? 一緒にいるときに仲間外れにされたら寂しいですから……」
大丈夫、自分がされたくないからそんなことはしない。
これで少しは璃香も安心できただろうかと思って見てみたらやばい顔をしていた。
もし真陽がいなければこう、ばっと来ていたかもしれない。
もっとも、彼女がいなければこういう話にもなっていなかったから意味がない話ではあるけど。
「紅茶でも飲んでゆっくりするかな」
いまはなんでもいいから離れておきたい。
そんなに余裕はないが、少しでも離れれば璃香も落ち着いてくれるはずだ。
というか、そうでなければ困る、だってそうしないとすぐにいま言ったことを破ることになってしまうから。
「璃香ちゃん、さっき顔がやばかったですね」
「真陽も分かった? だからちょっと離れたのよ」
「顔がやばかったって失礼ですね……」
「「いや、本当にやばかったから」」
また一緒に発言をしてなにも言わせないようにした。
それでも「そんなこと言っちゃ駄目ですよ」と黙らないでいられるのが璃香だ。
別に言葉で圧倒したいわけではないからもうなにかを言ったりはしなかった。
真陽の方は「璃香ちゃんの嘘つき」と言ってちょっと冷たかった。
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