02話.[そりゃもちろん]

「谷藤真陽まよです、よろしくお願いします」

「よろしく、それで杉戸は?」

「今日は急用ができたからと帰りました、私をそれを伝えるためと島先輩と話してみたくて残っていたんです」

「そういうことだったのね」


 出会ったばかりでも顔を合わそうものなら抱きつくようにして近づいてくるのに道理でいないわけだ。

 あ、いや、そういう理由でよかったと安心している自分がいた、もう飽きられてしまったのではないかと不安になってしまっていたから。


「場所は私の家でもいいですか?」

「別にいいけど」


 こう言っているわけだから私の家でもいいとか言ったりはしなかった。

 正直、場所なんてどうでもいい。

 というか、同時並行はできないから彼女と過ごすよりも杉戸と過ごせる方がいい、そんな風に考えている自分がいる。

 好き嫌いとかではないが、私だから仕方がないことだ。


「島先輩は優しいんですね、私にもちゃんと付き合ってくれて嬉しいです」

「杉戸がいないならひとりだから」


 じゃあこれは利用しようとしてしまっているということなのだろうか? 直前にあんなことを考えておきながらずるい気がする。

 でも、求めているからこそ彼女もこうして一緒に帰っているわけだし、そう悪いことばかりでもないのではと正当化しようとしている自分もいるのだ。

 こういうことは黙っておこう、少し付き合ってあげれば満足してくれるはずだから合わせておけばいいと終わらせた。


「どうぞ」

「ありがと」


 私はいま杉戸と同じことをしている状態だった。

 出会ったその日に家に上がらせてもらうというのはする側になるとこうも変わるのか、できればこういうことは少ない方がいいな。


「島先輩、もしかして杉戸さんに私と仲良くしろとか言いませんでした?」

「仲良くしておいた方がいいとは言ったわ」

「やっぱり、今日は何回も話しかけてきたので変だと思っていたんです」


 違うか、私は仲良くしなさいと言ってしまったのだ。

 私のことが好きらしい杉戸であれば聞いて行動しようとするだろう、それが彼女からすれば不自然に見えてしまったのだと思う。

 これは「余計なことを言わないでください」とか「そういう理由で近づかれるのは嫌なんですよね」と言われるパターンではないだろうか?


「でも、どんな理由であれ仲良くなれるのならそれでいいです。ほら、お友達としてだって一緒に過ごし続ければ変わるかもしれないじゃないですか」

「そうね」

「はい、だから理由なんて気になりません、私は杉戸さんと仲良くなってみせます」


 そのまま好きになってしまったりは……しないか。

 まあ、杉戸のことを好きになってしまってもそんなのは自由だ、誰かになにかを言われる謂れはないことだ。


「島先輩もですからね? 私、島先輩にも興味がありますから」

「ふふ、分かったわ」


 友達が増えるということなら悪いことではない、それどころか大歓迎だった。

 同級生ではないがそこは特に問題にはならない、他者といられれば十分だ。

 今回みたいに利用するみたいではなくちゃんと友達としていられるようになってくれればという考えがある。


「ん……、今日もちょっと疲れたわ」

「体育とかありました?」

「いや、ただ通っているだけでもこんな感じなのよ」

「意外ですね、なんでも人前では隠してしまいそうなのに」

「私はそんなに強い人間ではないわ、なんでも出してしまうぐらいよ」


 疲れたとかそういうことを多く言っていたら注意されたことだってあった。

 友達からそうしてもらったのに私はいまでも直せないままでいるし、なんならそのときは疲れているんだから疲れたって言ってもいいじゃないと逆ギレをしたぐらい。

 面倒くさいとかそういうことを言っているわけではないのだ、しかも疲れたすら言ってはいけないなんて窮屈すぎる、とね。


「杉戸は少しずつ本当のところを知って近づいてくることも少なくなると思うわ」

「私はそう思いませんけど」


 保険をかけているだけだ、実際にそうなったときにほらねと終わらせられるように少しずつ行動しているだけだった。

 私だってできればずっと興味を抱いてほしいと思っている、でも、そんな魅力がないことも知っているから難しいのだ。


「あの杉戸さんですよ?」

「……ほとんど知らないのにいまのでなんとなくそうかもなんて考えてしまったわ」


 願望でもなんでもいいか、悪い方に考えたってそのまま悪くなってしまうだけでしかない。


「このことは言ってありますから安心してください」

「え、連絡先交換しているの?」

「いえ、頼まれたときに言っておいたんです、ちなみにそのときは悔しそうな顔をしていました」


 それも想像ができてしまう、杉戸は分かりやすくていいかもしれない。

 これからも全部出してくれれば私も行動しやすくなるから続けてほしい。

 私に言えないことがあるなら信用できる相手に吐いてほしかった、抱え込んでほしくなかった。


「だから安心してくださいね」

「わ、分かったわ」


 ……こそこそ隠して行動しているわけでもないのにそんな言い方をされても困る。

 気になってしまうからできればやめてほしかった。




「今日も島先輩のお家に行きます! 上書きしないと谷藤さんに負けてしまいますからね!」

「自由にすればいいわ、どうせ誰もいないんだし」


 放課後にひとりで過ごさなくて済むならその方がいい。

 あと、なんか谷藤といられているときよりもわくわくしている自分がいた。

 私は既に相当彼女のことを気に入っているということなのだろうか?

 言葉で振り回すのは違うから言わないが、まあこれも悪くはないことだから気にしないでおくことにした。


「璃香って呼んでいい?」

「お……え、あ、無理しなくていいんですよ?」

「嫌なら嫌でいいわ、でも、嫌じゃないということなら呼ばせてもらう」


 彼女は少しの間黙っていたものの、小さく頷いてくれたからそうすることにした。

 こっちのことも名前で呼べばいいと言ってみたら「ど、どうしちゃったんですか」とか変な反応をされてしまったけど。


「あんただけが仲良くなりたいと考えて行動しているわけじゃないのよ?」

「え、じゃあ……郁美先輩も?」

「そういうことね。だからこれはなにもおかしなことじゃない、分かった?」

「は、はい、分かりました」


 こっちとしては言いたいことも言い終えたから床に寝転んで休んでいた。

 昨日も言ったようにすぐに疲れてしまうから休んでおかないと駄目だった。

 ここは家だ、家でぐらいはどんなにしっかり者だろうとだらーんと休むことだろうし、つまり文句を言える人間というのは少ないから気にならない。

 誘ってみたら璃香も私の真横で寝転んだ、隙間がないから真横すぎるけど。


「やっぱり自分の家に来てもらえる方が楽でいいわ、璃香だってここならそう緊張しないでしょ?」

「え、むしろ郁美先輩とふたりきりで緊張していますけど……」

「あ、本当ね」

「ちょっ、躊躇なさすぎませんかっ?」

「え、だって同性同士なんだからいいでしょ?」


 服の上からなら全く問題ないはずだ。

 どうしても納得ができないということならと言ってみたら「触ります」と即答で笑ってしまった。

 彼女は欲求に正直すぎる、ただ、他者に迷惑をかけているわけではないからいいだろう。


「ふぉおー、こんな感じなんですね」

「大きさ以外は変わらないわよ」


 彼女にしてはかなりのソフトタッチで驚いているぐらいだ。

 もっとこうねっとり触れてくるものだと考えていたから拍子抜けする。


「こうして触れながら言うのもあれですけど、谷藤さんとも順調に仲良くなれている気がします」

「私に言われたから……だけじゃないわよね?」

「はい、やっぱり私としてもクラスメイトと話せた方が楽ですからね。まあ、まだ一週間も経過していませんけど」


 それはこっちだって同じこと、だからいまどうこう言うのは違うのかも。

 もっと時間を増やしていけば衝突するときだってあるかもしれない、逆になんにも悪いことが起きなくて親友レベルになれるかもしれない。

 どうなるのか分からないから不安はどんどん大きくなるものの、いいものもどんどん大きくなっていくから悪くはないだろう。


「はぁ、だけど私は少し不安です、だってすぐに五月になってテスト週間になるじゃないですか。私、勉強はあんまり得意じゃないので中学のときも微妙だったんですよね……」

「その前にGWがあるわ、毎日勉強をするために来てもいいのよ?」


 私としても早めにやっておきたいから悪いことではない。

 誰かがいてくれるなら自然と集中できるだろうし、いま正に仲良くしようとしている彼女がその相手ならいいことだ。


「でも、郁美先輩といたら勉強に集中なんてできませんよ」

「こう考えたらいいじゃない、終わったら私にご褒美を貰えるってね」


 ふたりだけだと無理だということなら谷藤を呼んだってよかった。

 完璧に一年生の問題を分かりやすく教えられるということもないため、彼女と同級生であるあの子がいてくれた方ががっかりされずに済みそうだった。


「ご褒美、ちなみにどんなことをしてくれるんですか?」

「さあ? それはあんた次第だから」

「なんと!? え、じゃあ私が求めてもいいということですよね?」

「まあ、結局してあげられることなんて少ないけどね」


 期待しないでとちゃんと言っておく、結構細かく言っておかないとがっかりされそうだからそっちも忘れずに言っておいた。


「でも、できることなら郁美先輩の意思でしてほしいことだし……」

「ふふ、まあゆっくり考えなさい」


 こっちは眠たくなってきたから目を閉じた。

 真横に彼女がいるおかげでちょっと暖かいのが影響した。

 今日はこの前みたいにお風呂から出たばかり、とかではないこともそうだ。

 家なんだから不安になる必要なんかない、むしろ家ですら不安になっているようなら嫌だとしか言いようがない。

 なので、これからも家は落ち着ける場所であってほしかった。




「手伝ってもらってしまってすみません」

「いいわよ、言い争いをしているふたりを見ているぐらいならこうした方がよかったからね」


 いやもう本当に言い争いレベルになっていたから止めるしかなかったのだ。

 こう言ってしまうのはあれだが、係の仕事程度でそんなに真剣になれるのは少し羨ましくも感じる。

 ちなみにその相手だった璃香は不貞腐れたような顔で付いてきているけどね。


「谷藤さんはひとりでやろうとするんです、一緒の係なのにそんなのおかしいじゃないですか」

「だからって破れそうになるぐらいの力で引っ張らなくていいでしょ?」

「やらなければ気が済まなかったんです、そもそも私は今度こそやるからねと言ったはずなんですけどね……」


 正直、ひとりでやってばかりだったこちらとしてはなんでそこまでと気になるが、

やってもらっている側からすれば不安になってしまうということなのだろう。

 そういう約束をふたりで交わしていても周りがそのように見てくれるのかは分からないからだ。

 もしかしたらサボっているとか言われてしまうかもしれない、○○と比べて○○はと言われてしまうかもしれない。


「次は一緒にやろ? 実を言うと結構ひとりでやることが多かったらひとりで全部やっちゃった方が楽なんだよね」

「分かるわその気持ち」

「えぇ、ちゃんと協力させましょうよ」

「「そこで嫌な気持ちになるぐらいならひとりでやった方がマシだから」」


 そりゃもちろん最初は係でしょと優しく誘った、だが、中には一緒の係なのに全く動こうとしないどころか変なことを言ってくるやつだっているのだ。

 だからいまも言ったように嫌な気持ちにさせられるぐらいならひとりでやってしまった方がマシというやつだった。

 というか正直、続けられたら殴ってしまう自信しかなかったというのもある。


「参考までに聞くけど、そう言うあんたはどうやってきたの?」

「そんなの『一緒にやろ?』と誘っただけですよ、それで男の子も女の子も一緒に問題なくやってくれましたよ? もしかたらふたりの誘い方が悪かっただけなんじゃないですか?」

「私だって『係でしょ』と誘っていたけど」

「駄目ですよそれじゃあ、せめて『係だよね?』にしてあげてください」


 ちなみに谷藤はそうしたらしいが、それでも駄目だったみたいだから言う人間によって変わることなのだろうと終わらせた。

 というか、このまま続けても彼女と自分の差というやつが分かるだけだからやめた方がよかったのだ。


「あ、じゃあこれを職員室に置いてきますね」

「分かった、それなら私はこれで――待っているわ」

「はい」


 ……ちなみにいま止めてきたのは璃香ではない、谷藤が表情だけで止めてきた。

 璃香みたいな存在はひとりだけでいい、同時にふたりみたいになってしまうときっといつか中途半端になって駄目になる。

 あと、こういうときは文句を言ってこないのは何故だろうか? もう友達になってしまったからなのだろうか?


「お待たせしました」

「気にしなくていいわ、まだ時間だってあるんだから」


 三年生の教室がある階でもいいが、いつも来てもらっている身からすると申し訳ないから一年生の教室がある二階でゆっくすることにした。

 自分で作ってきたお弁当を食べていく、やはり美味しいから安心できる。

 午後を乗り越えるためにも食事は絶対に必要だ、友達と話せていたってお腹が空いてしまったら最後まで頑張ることができない。


「ふたりとも同級生なのが少し羨ましいわ」

「なに言っているんですか、いまからだってちゃんと仲良くなれますよ」

「そうですよ島先輩、少し離れているからまた不安になってしまったんですか?」

「私は弱いからすぐにこうなるのよ」


 両親が転勤で離れてしまったのもきっと影響している。

 あのままずっと一緒にいられたらいちいち不安にならなくて済んだ。

 でも、仕事でそうしなければならないわけだから文句を言うつもりはない。

 というか、働いてくれていなければ家で落ち着く時間を過ごすこともできないし、こうして学校に通うこともできないしね。


「始めておいてなんだけどこの話は終わりね、ご飯が美味しくなくなるから」

「「分かりました」」


 食べ終えてもさすがに転べはしないから適当に違う方を見ていた。

 窓の外には今日も青空が広がっているから気分が沈んだりはしない。

 目を閉じてみればふたりの会話だけに意識が向く、まるで前々から一緒にいるかのような仲の良さで聞けるだけでもなんか楽しかった。


「――という感じかな」

「いいなあ、私も島先輩のお家に行ってみたいなあ」

「それならGWは三人で集まろうよ、幸い、郁美先輩は来てくれればいいと言ってくれているからね」

「いいんですか?」

「大丈夫よ、むしろ谷藤が来てくれると私としても助かるわ」


 これで教えられなくてがっかりされるということもなくなった。

 勝手に璃香は分からない、谷藤は分かっていると考えておいてあれだが、逆の場合でも対応できるから悪いことではない。

 一緒に勉強とかを頑張れば仲だって深まっていくだろうし、GWが終わるまでには連絡先交換といきたかった、って、なんでよ……。

 これでは私が璃香をそういう風に追っているようにしか見えない。


「……どうしてずっとそっちを見ているんですか」

「ん? あれ、谷藤は?」

「友達に呼ばれて戻りました、それでどうして必死にそっちを見ているんです?」

「違うわよ、家みたいに転ぶわけにはいかないから外を見て過ごしていたの」

「ああ、初対面のときもそうでしたもんね」


 彼女は「勘違いしてごめんなさい」と謝ってきた。

 そんなのいらないから普通に声をかけてほしいと言っておいた。

 話しかけにくいということなら肩にでも触れてくれればそれでよかった。

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