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Nora
01話.[言われかねない]
暇だったから窓の向こうへ意識を向けていたら「なにが見えますか?」と急に聞かれてすぐには答えられなかった。
いつの間にという驚きと、相手が奇麗だったからというのがある。
履いているシューズを見てみたら後輩だったからその点でも黙る羽目になった。
「先輩?」
「あ、特になにかが見えるわけではないわ」
なにかを求めていたわけでもない、私としては適当にしただけだからそう聞かれても困ってしまう。
「ふーん、それなのにするなんて先輩は面白いですね」
「……というか、あんた誰?」
「あ、私は
「なんで話しかけてきたの?」
「つまらなさそうな顔をしていたからです、私が話しかけたら変わるかなーって思ったんですけど」
友達ではないんだから話しかけられてもつまらなさそうな顔から怪訝そうな顔に変わるだけではないだろうか?
「どうです? 多少はマシになりました?」
「そもそも私はつまらないと思っていたわけではないわ」
なんてことはない一瞬だけを見られて判断されたらどうしようもない。
しかもまだ午前中だ、退屈な時間を過ごせるような余裕はなかった。
教室から出ているのはトイレに行きたかったというだけ、ここだってトイレと教室の中間地点だからわざわざこのために移動してきたわけではないのだ。
「先輩の名前を教えてください」
「
「まあ、もう知っているんですけどね」
なんだそりゃ、じゃあなんでそんな無駄なことをしたのかという話だ。
ちゃんとした自己紹介をしたいということなら……間違いでもないけど。
結局、彼女は「また行きますから」と残して目の前から去った。
そのタイミングで予鈴が鳴ったからこちらも教室に戻ることにした。
授業中は板書が必要ないときは色々ごちゃごちゃ考えて過ごすようにしている。
静かな空間でも賑やかな空間でもどっちでもいいが、捗るのは賑やかなときだからクラスメイトには頑張ってもらいたかった。
「島先輩、可愛い後輩が来ましたよ」
「丁度いいや、移動してご飯食べよ」
「はい、そのつもりで来ましたからね」
なんとなく彼女といるところをクラスメイトに見られたくなくて久しぶりに違うところで食べることになった。
この学校は屋上が開放されているからそこのベンチに座って食べることにする。
自作のお弁当とはいえ、私はこの時間が一番好きだ。
「それにしても最近は曇りばかりですね」
「これでいいわよ、雨が降らなければそれでいいわ」
「あ、フラグですよそれ、きっと帰るときに雨が降りますからね」
「はは、なによその顔」
明日は休みだから濡れることになっても構わないし、小学生のときは意味もなくそうしていたから懐かしくていいだろう。
しかもどうせ私の家には誰もいないのだ、どれだけ濡れようと怒られたりもしないから自由でいい。
「私があなたを変えます」
「ふふ、唐突ね、ちなみにどういう風に変えるの?」
「もっとにこにこ笑顔にしてみせます」
そ、そんなにつまらなさそうな顔になっているのだろうか? もしそうなら周りにも影響するかもしれないから直さなければいけない。
クラスで一致団結して頑張らなければいけないとなった際、そういう感じの顔をしていたら悪く言われかねない。
もちろん自分の影響力というのは全くと言っていいほどないが、そういう顔をしているよりかは面倒くさいことも少なくなりそうだからだ。
「ちなみに私はあなたが好きです、そういう意味で好きです」
「は、え……?」
「ふっ、だけど私は焦りません」
彼女は立ち上がると「あなたが卒業してしまうまでになんとかしますから」と言ってきたけど……。
「三年生ですから就職活動――」
「あ、私は大学志望なのよ」
「そうですか、それなら少しやりやすくなります」
親が絶対に行っておけとしか言わないからそういうことになる。
子どもがわがままを言って「そんな金はない」と言うのなら分かるが、そうではないから困ってしまう。
高卒と大卒で差が出ることは分かっているものの、結局社会に出てからも自分が頑張れるかどうかだから正直、ねえ。
「というわけで、今日はあなたのお家に行っていいですか?」
「狭いしなにもないわよ? それでもいいなら好きにすればいいわ」
「ありがとうございますっ、やっぱり島先輩は私の理想の人です!」
関わるようになったらすぐに実際のところを知って離れて行ってしまいそう。
勝手に期待されて勝手に幻滅されるのは嫌なので、ちゃんとそういうことを言っておく。
そういうことはしないと言われてもどうなるのかなんて分からないから信じられない、い続けないと分からないことだから難しい問題だと言えた。
「ごちそうさまでした! あ」
「雨ね」
はは、まさかこうも早く降り始めるとは。
でも、先程も考えたように全く構わないからなんかこれすらも楽しかった。
何故か彼女は「ぬわあっ、もっと空気を読んでくださいよ!」とか文句を言っていたけどね。
「うぅ、結局濡れちゃいましたあ」
「お風呂溜めるから入って」
全く彼女のことを知らないのにそれでも来るなんてらしいななんて考えてしまったのは内緒だ。
とにかく、明日が休みとはいっても彼女まで風邪を引くことになってしまうのは違うからお風呂を溜めた。
冬というわけでもないから溜めながらでも寒くはないだろう、それに、この狭い玄関でお風呂が溜まるまでふたりで過ごすのは現実的ではないからだ。
「島先輩も一緒に入りませんか?」
「え、嫌だけど」
「どうしてですかっ?」
「……初対面とか関係なく見られるのが嫌なの」
「大丈夫です、物理的に触れたりしませんから」
後輩は全く話を聞いてくれていなかった、で、いつまでも留まったままだから一緒に入るしかなかったことになる。
ここだって広いわけではないのだ、ふたりで入ったりなんかしたら結局物理的接触をすることになってしまうというのに。
「え、むしろ物凄くいい体じゃないですか、舐めたいぐらいですよ?」
「やめて、昔にからかわれたから嫌なの」
さっさと洗って拭いて出る。
不機嫌になったとかそういうことではないから安心してくれればいい、相手が誰だろうと同じことを言うのだから。
「はい、温かいから」
「ありがとうございます」
濡れたらやっぱり冷えるからこういうのが必要になる。
床に座って飲めるだけでも落ち着けるから悪くはない。
というか、今日出会ったばかりの彼女がこうして家にいるというのにいつも通りすぎて困惑しているというのが現状だった。
敬語は敬語でも怯えていたりとかしていないからだろうか?
「ここにご家族と暮らしているんですか?」
「私ひとりよ、転勤することになって私だけが残ったの」
「え、じゃあ寂しいじゃないですか」
寂しい……のはあるのかもしれない、帰っても誰とも会話できないというのはいつになっても慣れないことだから。
「杉戸はどうなの? ご両親と仲良くできてる?」
「はい、食後は必ずいっぱいお喋りしちゃうぐらいですよ」
「ふふ、それならよかったわ」
こうして離れてしまってからではできないことだからできる内にしておいた方がいい、って、家にいてくれているときは普通に仲良くできていたんだけどと内で呟く。
変にあのときのことを思い浮かべたりするのはやめよう、寂しい気持ちが出てきたところでいますぐどうこうと変わるわけではないから意味がない。
それにこれからはこの子がなんか来てくれそうな感じがするからそう悪いことばかりではないというのも事実だった。
「……それにしても島先輩の体、ふふふ」
「はぁ、舐めたいぐらいとか初めて言われたわよ」
胸が大きいとは何度も言われたことがある、身長が云々とも同じぐらい。
だから嫌なのだ、どうして彼女みたいにどっちも小さくなかったのか……。
好き嫌いだってそれなりにあるし、なんなら早寝早起きだってしていなかったのにこれだから悲しい。
「その点、あんたはいいわよね、私と違って奇麗じゃない」
「ええ!? 可愛いと言われたことはかなりありますけど、奇麗なんて初めて言われましたよ」
彼女の顔に私の体であればもう少しぐらいは変わっただろうが、残念ながらそうではなかった。
なんか中途半端だ、これなら胸も身長もなかった方がいいとしか言えない。
「実は私も奇麗系だったのか、ふふ、大好きな島先輩が言うならそうなんでしょう」
「というか、好きって言っていたけどなんで?」
「顔と体に一目惚れしました!」
「あんたの場合だと体に、でしょ?」
「違います、島先輩の容姿にその体だからこそいいんです」
細かく考えることはやめておこう、考えたところで傷つくことになるだけだ。
この大胆積極的少女のことは嫌いではないし、来てくれるようだったら相手をしようと決める。
「私の最終目標はここに住むことです、つまり島先輩と同棲!」
「え、付き合うとかじゃなくて?」
「そのうえで、が一番いいですけど、お付き合いができなくても島先輩と一緒にいられれば幸せですから」
そういうものなのか、って、私のことを考えているからこその発言だ。
なにもかも自分の気持ちを優先するなら付き合ったうえでここに住みたいに決まっている。
ただまあ、まだ出会ったばかりなんだから焦る必要もないだろう。
なにより、ちゃんと見ようにもなんにも知らなければそうすることもできないし。
「付き合うとかそういうのは分からないけど、とりあえず友達としてからなら大歓迎よ。正直に言ってしまうとあんまり仲がいい人間がいなかったの、だから杉戸がそういう存在になってくれるなら私は――な、なによ?」
「発言に気をつけてください、私はいつでもあなたを狙っているんですから」
「そ、そうなのね。ま、まあ、そういうことでよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
濡れたこと以外はそう悪くない一日だった。
とりあえずいまは一緒にいる時間を増やして知っていこう。
「実を言うと私はひとりなんです」
「だってまだ入学したばかりじゃない、なにもおかしなことじゃないわよ」
あっという間に周りが他者と過ごし始めて気になるだろうが、焦る必要なんか全くないと言える。
焦ったところでいいことにはならないし、まあ、仮にひとりであってもやらなければならないことをやっておけばそうトラブルにも発展しないから。
「話しかけてくれる子もいるんですが、いまいち上手く対応できなくて……」
「私に話しかけられたんだから余裕でしょ」
「こう、目がやばいんです、食べられてしまいそうな――」
「それもあんたでしょうが……」
こっちの方が常に食べられそうな感じがしてやばかった、は言い過ぎだとしても、本当に謎のプレッシャーを感じるときがあるから怖くなるときがある。
あと、こういうタイプは冷めたときに一気に反動がきそうだからというのも影響していた。
「冗談ですけど、なんか暗いんですよ」
「暗い子があんたに話しかけてきたの?」
「そうなんですよ、毎日話しかけてきてくれるんです」
彼女を基準に考えたら私も暗い人間ということになりそうだった。
だから実際に見てみないと分からない、気になったから見に行ってみることに。
「あの子なんですけど」
周りの子と一緒に過ごしていないというだけで特別暗い感じはしなかった。
このまま戻るのもあれだから話しかけてみることにしたものの、
「え、私、暗いですか?」
と、本当に暗い子なら言わないであろうことを言ってきたため杉戸を見る。
「だ、だって友達と一緒にいないから……」
「それは杉戸さんだってそうだよね? それに私はだからこそ杉戸さんにいっぱい話しかけてお友達になってもらおうとしていたんだけど」
「そ、そうだったの? なんかごめん……」
「別に謝らなくていいよ、それよりこの人は例の人だよね?」
「そう! 私の大好きな人!」
そういう話もできるのに暗いとか考えたのは失礼すぎでしょ……。
興味があること以外はどうでもいいというスタンスなら変えた方がいいと思う。
私はいまので杉戸の本当のところを知ってしまったようなものだ、興味を抱かれなくなったらなんて言われるのか分からない。
「でも、島先輩は三年生だよね? あんまり時間もないことになるけど」
「関係ないよ、本当に相性がいいなら一ヶ月とかあれば十分だから」
彼女の言う通りだと思う、本当に良ければその時間で変わってもおかしくはない。
まあ、あくまで男の子と女の子の恋愛の場合は、かもしれないけど。
最近は変わってきたとはいえ、やはり同性同士の恋愛はまだまだノーマルではないから。
「島先輩は杉戸さんのことをそういう風に見られるんですか?」
「分からないわ、でも、友達としてからならって受け入れたの」
「そうですよね、お友達としてなら大歓迎ですよね、杉戸さんは可愛いですし」
可愛いや奇麗な子だからこそ一緒にいるというわけではない。
なんにも影響がないわけでもないが、うん、そうだと言える。
いまの私はとにかくひとりで過ごさなくて済むのならという考えで動いていた。
「島先輩、あの子に興味を抱かないでくださいね」
「私のところに来てもいいからあんたはあの子と仲良くしなさい」
「まあ、クラスにひとりぐらい話せる子がいた方がいいですからね」
そろそろ予鈴が鳴るから別れて戻ることにした。
ゆっくり話すなら放課後が一番だ、中途半端に終わることが一番嫌だ。
あと、できれば学校からは早く離れたいというのが正直なところだった。
普段と変わらなくてもやっぱり疲れるのだ、だったら早く出てしまった方がいい。
「……なにやってるのよ」
「島先輩より早く移動したら笑ってくれるかなー……はい、戻ります」
「お昼休みや放課後に来なさい、そうしたらちゃんと相手をしてあげるから」
「ありがとうございます、失礼します」
まったく、変なことするんだから。
別にこっちが逃げているわけではないんだから焦る必要なんてない。
四月だということも思い出した方がいい、というか、自分が相性が云々と言ったんじゃないとツッコミたくなった。
とにかく、授業中なんかはいつも通り板書したり考え事をしたりして過ごした。
「んー! はぁ、いまは授業が邪魔に感じますよ」
「あんた入学したばかりなのに否定するんじゃないわよ」
ほぼひとりの人間でもそのように感じたことはないと言える。
むしろ指示されたことをやっておけば今日もちゃんとできたと満足感や達成感を味わえるんだから悪くはない時間だ。
逆に考えた方がいい、頑張ったからこそ休める時間がもっと良くなるとかそういう風にね。
「今日は島先輩の裸を思い浮かべながら頑張りました」
「集中しなさい」
なんて、授業中に積極的に考え事をしている人間には言われたくないか。
あれは小学生の頃からしていることだから変えられはしない、いや、変えたくないというのが本音だ。
その結果成績が悪化しているとかならともかくとして、実際はそうではないのだから気にする必要はないと思う。
ただ、冗談でも本当でもそんな変なことをしながら一日を過ごしてしまう後輩には言いたくなってしまうというやつだった。
「私、昨日もそうだったんですよ、だから夜はひとりで、ふふ」
「嘘をつかない、どうせひとりで寝たとかそういうのでしょ?」
「はい、むしろそれ以外にありますか? あ、もしかしてえっちなのは島先輩――」
付き合って損したから帰ろう。
誰がえっちだ、同性の裸で興奮したりなんかするか。
こっちは見られて嫌な気持ちになったというのに適当に言うのは勘弁してほしい。
「わー、待ってくださいよー」
「もう言わない?」
「言いませんから! ……言いませんから逃げないでください」
「……そ、その顔やめて、なんか私が悪いことをしたみたいじゃない」
「事実そうじゃないですか、私を置いて帰ろうとするんですから」
そうされたくなければ変なことを言うなと言っておいた。
杉戸はなんとも言えない顔で「分かりました」と返してきたのだった。
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