第142話 新たに御所に迫る者 指月と五陵坊
「万葉様、お怪我は?」
「……大丈夫です。皆、ご苦労でした」
「はっ!」
万葉の放った計十六の雷鳴剣は、鷹麻呂と妖に大きな負傷を与えた。傷と痺れの残る敵を斬るのは、偕たちにとって容易い事であった。しかし、と清香が懸念を告げる。
「万葉様の霊力……その大半を消耗させてしまいました。申し訳ございません」
「……いえ。私が望んだことです」
万葉は自身の視界に鷹麻呂と妖が入った時、心中で「いける」と判断した。莫大な霊力にかまけて雷鳴剣を一斉放射すれば、それで決着が着くと。
しかしそれには、自身の霊力をほとんど消耗しなければならない。このまま近衛三人に神徹刀を抜かせ、自身の霊力を温存するか。それとも一気に片を付けるかを考え。万葉は後者を選んだ。
(理玖様……。私も、あなたの様に自分の力で未来を選べたでしょうか)
かつて死の運命を前にして、万葉は失望しながら生を諦める事しかできなかった。いや、しなかった。
そして理玖に未来視を封印され、新たな生を歩めると決まった時。これからは自分の力や周囲の助けを素直に受けながら、望む未来を手にするのだと決めた。
再び自分の前に強者が現れた時、それに正面から立ち向かえる様にと。そして鷹麻呂と妖の姿を確認した時、今がその時だと考えた。
「……事態の報告に、指月兄様のところへ行きましょう」
「はい。……どうやら騒ぎを聞きつけた者も来たようですね」
御所内に駐屯している戦力は多くないが、それでもこれだけ激しい戦闘が繰り広げられたのだ。万葉たちは数名の術士と共に、指月のいる対応室へと向かう。その時だった。
「っ!?」
万葉たちが異様な霊力を感じたのと、御所の一角で大きな音が響いたのは同時だった。
「万葉様!」
清香たちは即座に万葉の周囲を固める。少し考えて、やはり鷹麻呂以外に襲撃者がいたのだと考えた。誠臣は周囲を警戒しながらやや腰を落とす。
「大型幻獣は囮、本命はやはり御所か……!」
誠臣の言葉を受けて偕も頷く。
「清香さん、指月様との合流を急ぎましょう!」
「そうね。万葉様、我々から離れない様にお願いします!」
一行は広い御所を足早に進む。こうしている間も襲撃音らしき音は何度か響いていた。
「万葉!」
「……指月兄さま」
指月も万葉の部屋を目指していたのか、幸い無事に合流する事ができた。指月の護衛には近衛頭である天倉朱繕が付いている。その場で皆は簡潔に事態の共有を行う。
「そうか、鷹麻呂が……」
「よくやった。清香、誠臣、偕」
「はい。朱繕様、そちらは……?」
後方に視線を向けながら朱繕は頷く。
「対応室近くに襲撃者の気配が近づいてきていたのだ。万葉様のご無事を確認するためにも、指月様とこうして移動してきた」
すでに御所内に侵入されている事は確定している。その上でどう対応するかを迫られていた。指月は現状を整理し、考えを深める。
「現在、皇都内における問題は大きく三つ。大型幻獣、西門から侵入してきた破術士たち、そして御所の襲撃者だ。西門は錬陽殿に一任しているが、三つの中で一番うまく対処できているところだろう」
「父上が……!」
「大型幻獣は善之助殿に現場指揮を執ってもらっている。しとめるには時を要するだろうが、いたずらに皇都に被害が広がらない様に立ち回るだろう」
指月の言葉に清香は静かに頷く。
「つまり今、御所の襲撃者のみまだ対応できていないという訳だ。そしてここには腕利きの近衛がそろっている」
「私たちで……襲撃者を討つと?」
「ああ。他の近衛は、皇王や私たち以外の皇族を警護している。もちろんその者たちだけで対処できる可能性もあるが。どちらにせよ御所内の戦力を用いなければならない事には変わりない」
そもそも十分な戦力が残っていないのだ。指月の言う通り、今いる戦力で対処するしかなかった。
「とはいえ、私たちがいては戦いにくいだろう。ここは……」
その時だった。指月の言葉を遮る様に、周囲の壁を破壊しながら霊力の波動が迸る。
「な……!」
「指月様、万葉様!」
「……上だっ!」
朱繕の叫びにつられて上を見ると、大柄な男が指月たちのいる場所へ目掛けて迫ってきていた。朱繕が指月を、清香が万葉を抱きながら全員とっさにその場を離れる。派手に着地した者の顔を、指月は人相書きで覚えがあった。
「霊影会の長にして元楓衆。五陵坊……」
指月の言葉に五陵坊は反応を示す。そしてその場の全員に視線を向けた。
「近衛に術士、それにその佇まい。皇族か」
五陵坊の言葉に全員緊張が走る。目の前で見ても、その存在が放つ霊力の気配が信じられなかったからだ。
胸部には黒い杭が刺さり、手には強く輝く錫杖が握られている。この場にいる全員の霊力を合わせても、五陵坊ほどの霊力はないだろう。
偕たちは素早く刀を抜く。だがそれに待ったをかけたのは指月だった。
「五陵坊。今回の混乱、君が主導していたことは分かっている。……動機を聞いてもいいかな?」
問いを受けた五陵坊は、身体を指月の方へと向ける。その金の瞳は、何の感情も映していなかった。
「裏切りの皇国七将あたりが話さなかったかな」
「彼らも話していたね。だが私は君個人に興味があるんだ」
指月は五陵坊という人間が何を考え、今までどう生きてきた結果、今回の事に及んだのか気になっていた。どうしても五陵坊が記録通りの罪人には思えなかったからだ。
「皇族が俺の話を聞きたがるとはな」
「不思議かい? この数年で、これほどまで力と影響力を持つに至った君のことだ。元楓衆ともなれば、気になるものさ」
楓衆だからこそ、皇族が気にとめる理由が分からないのだが、と五陵坊は呟く。しかし指月の対話しようという姿勢に何か感じたのか、五陵坊は口を開いた。
「そう大した理由ではない。個人的な復讐……だった」
「だった……?」
「よくある話だ。特に破術士にはな。俺とてもとは人の子、無から生まれた訳ではない。この世に生を受けるきっかけとなった人物がいる。……今となってはどこまで真実かは分からぬが。父は本堂諒一、弟は本堂桃迅丸になるらしい」
「なに……」
五陵坊の言葉には、その場の全員が何かしらの反応を示した。
「楓衆として国に尽くしてきた俺を本堂は……。いや、よそう。それすらも今はどうでもいい。今の俺は、ここまで付いてきてくれた仲間の苦労に報いる。そのために今も二の足で地に立っているのだ。一応聞いておくが。鷹麻呂はどうした……?」
五陵坊の問いに答えたのは清香だった。清香は一歩前へと歩み出る。
「斬ったわ」
「……そうか」
怒り狂うかと思ったが、五陵坊は清香の短い返答を聞いても顔色を変えなかった。
「近衛の守る皇族を襲撃したのだ。弱ければ返り討ちに合うのは当然の事。だが。鷹麻呂の残してくれた成果は、せめて俺が受け継がねばな」
その目が万葉を真っすぐに捉える。五陵坊は、万葉の霊力が大きく減退している理由は、鷹麻呂の襲撃があったからだと仮説を立てていた。
側を固める近衛三人の霊力も万全ではない。これは鷹麻呂が、命を賭して挙げてくれた成果だと考えていた。万葉から注意を引き離す様に、指月は問い続ける。
「君の……今の目的はなんだ?」
「……大きくは現体制の崩壊だが。今は、そうだな」
五陵坊の胸部に刺さる杭から、一際強い輝きが増す。
「……指月様!」
「万葉様、下がってください!」
「まずは皇族の数を減らすといったところか。安心しろ、俺とて根絶やしを考えている訳ではない。皇族を国の根幹に添えたまま、その他の部分を壊した方が……これから生まれる新たな皇国を運営しやすいだろ?」
言い終わると同時に五陵坊は、錫杖から強大な霊力を万葉に目掛けて放つ。それを正面から受けたのは誠臣だった。
「松翁! 絶破、御力解放!」
刀身に雷気を纏い、五陵坊の霊力を切り裂く。しかし衝撃と余波は強かったのか、誠臣は傷こそ負わなかったものの後方へと飛びのいた。
「ほう……! その胆力、そして気迫! 本堂とは違うな! てっきり近衛は全員、あの程度かと思っていたぞ!」
「なに……!?」
言われて朱繕は、五陵坊の腰に二本の見事な刀が挿されている事に気付く。
「その刀、神徹刀か! まさか……!」
「そうだ、本堂親子は既に俺が屠った! 近衛と同等と称される皇国の将、二人そろってあまりにも手ごたえがなかったからな! てっきり武人とはあの程度かと思っていたが……!」
既にことを済ませてきた後だと聞かされ、僅かながら動揺が走る。
「ここでお前たちを砕けば! 皇国はよりまとまりを崩すであろうよ!」
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