第141話 御所の戦い 決意の鷹麻呂
「はっ!」
清香は鷹麻呂に勢いよく斬りかかる。かつての様に、刀身に目に見えない刃と打ち合う手ごたえを感じるが、今の清香は決して力負けする事はなかった。
「く……。白刃・十六連!」
目に見えない十六の刃が清香に迫る。しかし清香は鷹麻呂と戦う前から己の霊力を高めていた。そして今、神徹刀の御力によって上昇した身体能力を以て、最強の一撃を放つ。
「極・金剛力! 無為羅刹!」
毛呂山領では、術士の結界によって守られた鷹麻呂の術。清香はそれに対し、正面から術そのものを打ち破る。刀を振るった余波で、部屋の中に凄まじい突風が巻き起こる。
「なんと……!」
まさか正面突破されると思っていなかった鷹麻呂は、ただただ驚くしかなかった。
自身もこれまで術を磨いてきた。並の武人術士よりも優れた能力を持っている自信もある。だが清香の成長はそれ以上。
鷹麻呂は目の前の武人相手に、かつて毛呂山領で優位に戦えていた事が信じられなかった。刃の結界によって清香の猛攻を防ぐが、当たり負けするのも時間の問題だ。
「これが……! 葉桐家の武人……!」
しかし鷹麻呂も、常に五陵坊を術で支えようと生きてきた身。遊んで暮らしてきた訳ではない。清香相手に距離をとる事は難しい。ならば。
「地伏・牢牙刃!」
かつてと同様、一度清香を引き離そうと早々に奥の手を使う。鷹麻呂を中心に、地から幾条もの見えざる刃が上方向へと伸びる。
以前はこれでいくらか手傷を負った清香も、今回は発動の瞬間を冷静に見切り、最小限の動きでこれを躱す。その隙を突いて鷹麻呂は、新たな符を二枚取り出す。
「紅蓮に染めあげろ! 風刃よ、踊れ! 紅斬・灼嵐閃華!」
熱を帯びた紅い刃が嵐となって部屋内に吹き荒れる。無数の刃で対象を切り刻み、さらに切った箇所を燃やすという、鷹麻呂の使える術の中でも広範囲かつ殺傷能力の高い術だ。
術が大規模なものである事を発動の寸前に見切った清香は、これに対して慌てる事なく万葉の結界内へと退避する。実際、強力な鷹麻呂の術も万葉の結界は打ち破る事ができなかった。
「これも……通じないとは……!」
鷹麻呂としては、今の術で清香と万葉をまとめてしとめるつもりだった。少しでも当てる事ができれば、命中した箇所を中心に傷口が燃え上がるのだ。少なくともどちらかはこれで倒せると考えていた。
「それほどの結界を……! ここまで維持できるとは……!」
改めて万葉の規格外の霊力、そして冷静な判断を崩さない清香に強い脅威を覚える。しかし今の術にはもう一つ狙いがあった。
清香と万葉は確かに鷹麻呂の術を防いだが、部屋はそうはいかない。床や天井、壁の切り傷から炎が巻き起こる。
このまま部屋の中に居ては、三人とも火の影響を受けるのは必至。万葉も結界を解いて動かざるを得ない。そこでまた隙が生まれるはず。そう考えていた。
しかしここで万葉は結界を解く事なく、符を複数枚取り出す。
「……清香。そのままその場に居てください。……私は清流を導くもの。四界に恵みをもたらすもの」
起動呪文を唱えながら周囲に符をばらまく。鷹麻呂はその術に覚えがあった。しかし通常、使用する符は一枚だけだし、これほど大きな霊力を込める事もない。
「恵水流清」
万葉の放った術は、水を生み出すものだ。雨が降らない日が続き、収穫に影響が出るおそれがある時、術士は田畑に赴いてこの術を使う。
主に見習い術士が使う、規模もたいした事のない初歩の符術だ。しかし。その術を強大な霊力を持つ万葉が、術士として発動させると。
「……!」
四方にばらまかれた符から、とてつもない量の水が発生する。水は万葉を中心に全方位に放流され、部屋を水浸しにした。鷹麻呂の起こした炎などとっくに消されている。
「結界を維持したまま……! それも初歩の術に、これだけの霊力を込めるとは!? 符も特別製でなければできない事ではないですか……!」
鷹麻呂からすれば、万葉の行動は理解できなかった。万葉が使用した符は明らかに高位の物。ただ水を生み出すだけの術に使用するほどではない。さらに最低限の霊力ではなく、強く力を込めている。
これには万葉が、まだ細かな霊力の調整を不得意としている事が原因にあった。符一枚では万葉の霊力を受け止め切れず、術を上手く発動できないのだ。
そのため、万葉が符術を使う時は常に複数枚使用していた。さらに符の一枚一枚も特別製である。発動する術は常に大規模かつ大味。それでも発動しきれてしまうのは、もはや一種の才能であった。
「ありがとうございます、万葉様」
「……いえ。それより」
「はい」
万葉の術により、部屋の襖もどこかへ飛んでいった。奥では偕と誠臣が、妖たちと戦っている姿が確認できる。
既に一体の妖が地に伏せていた。武人二人だけでよく守り抜けているものだと清香は感心する。
「どうやら妖を囮に、本命の鷹麻呂が外から仕掛けてきていた様子! 急ぎ鷹麻呂を倒します!」
「……はい。しかし私にも考えがあります」
「え……?」
騒ぎも大きくなってきた。これ以上時間をかけるのはまずい。鷹麻呂は一旦引くべきかとも考えたが、妖たちが苦戦している様子を見て考えを変えた。
(どの道私一人では御所から逃げられない。それに月御門万葉の脅威は思った以上だ。なんとしても、ここで……!)
再び術の準備に取り掛かる。しかし素直に時間を与えるつもりはないのか、清香は万葉の結界から飛び出してきた。
「はああぁぁ!」
刃の結界以外にも、いくつか術を用いて清香に対抗する。しかしどの術も清香に手傷を負わせる事はできなかった。
「こうなれば、威力を上げた壊風で……!」
破壊力を重視した術で突破口を開く。そう考えた時だった。清香が力強く叫ぶ。
「偕! 誠臣!」
同時に天高く飛ぶ。偕と誠臣が、部屋から出てきたのも同時だった。
(妖を放って部屋から出た!? 何故!? いや、好都合だ! 今の内に月御門万葉を……!)
しとめる。そう思い、万葉に視線を移した鷹麻呂の双眸が大きく見開かれる。そこには術士としての常識を、遥か彼方に捨て去った万葉の姿が映っていた。
鷹麻呂に向けて八枚。妖たちに向けて八枚。計十六枚の符が、中空にピタリと浮いている。
「其の御手は……ここは略しましょう。天駄句公よ、その御力をここに。星辰・雷鳴剣・朧鏡麗」
放たれた雷鳴剣は通常のものよりも小さい。しかし対象に向けて鋭く曲がりながら、どこまでも追いかけてくる。それが八つ。
鷹麻呂はとっさに対術結界を張るが、八つの雷鳴剣は容易く貫き、その全てが身体に突き刺さった。
「がぁっ……!」
回避も防御も不能。おそらく妖たちに向けて放たれた八つの雷鳴剣も、何度も曲がりながら同じように対象を撃ち貫いているのだろうと考える。
(ばけ……ものか……。術士の常識を、逸脱している……! 結界を維持したまま、これだけの術を扱えるなどと……!)
結界のおかげで即死は免れた。しかし、もはやまともに動ける身体ではない。鷹麻呂は自分の敗北を悟って地に伏せた。遠くから声が聞こえる。
「妖は全員、万葉様の術の直撃を受けたぜ!」
「こっちも鷹麻呂を倒したわ!」
月御門万葉の暗殺は失敗に終わった。敗因はいろいろ考えられるが、やはりこちらの戦力不足は否めないな、と鷹麻呂は胸中で笑った。
近衛も万葉も、今ならばともに霊力を大きく消耗している。余裕があれば、今こそが温存戦力の出しどころだっただろう。
(すみ、ません。五陵、坊……。私は、ここまでの……ようです。あなたと過ごした、今日までの日々は……悪く、なかった。……せめて。最後の務めを……)
人生最後の術を放つべく、ゆっくりと符を取り出す。
「あ!」
清香が鷹麻呂の動きに気付く。しかしこの術は、少し霊力を込めれば即座に発動できる、いたって単純なもの。清香が声をあげた時には、既に術は完成していた。
■
鷹麻呂の握った符が一条の光となり、天高く上る。ある程度の高さに到達した光は、そこで大きく爆ぜた。
といっても、熱風吹きすさぶ爆発が起こった訳ではない。ごく一瞬、空に閃光の華が咲いたのみだ。
華は即座に消えたが、多くの人目を集めるものだった。その華を、御所から離れたところで見ていた男がいる。
「鷹麻呂……」
五陵坊だ。閃光華の符術は、万が一月御門万葉の暗殺に失敗した時に発動させると、事前に話していたものだった。
失敗の原因……まず間違いなく近衛、高位術士の妨害である事は間違いない。気になるのは、鷹麻呂や共にいた妖たちは無事なのかどうか。
「さて……どうするか……」
五陵坊としては、既に目標のほとんどは達成できていた。このまま各地の混乱も収まらなければ、遠からず皇国全体に影響が出るだろう。
皇国七将は裏切り、皇族や武人術士もこの事態に後手後手になっている。民衆の中には不安を抱く者が増えてくる。秩序を取り戻せる者がいなければ、不安や不満を現体制にぶつける者も現れるはずだ。
何せ武人術士よりも強大な武を持つ存在が、皇国に敵対していると知ったのだから。力を持たない民衆としては、新たな強者側に付きたいと考える者も出るはず。
もちろんこれらをうまく進めるには情報工作も必要だし、時間もかかる。しかし結果的に皇国に長く混乱を与えることができるし、やがてくるであろう幻獣の大量発生も、その事態に拍車をかけれるだろうと考えていた。
つまり五陵坊としては、大型幻獣となったジルベリオに後を任せ、一旦退いても構わないのだ。
「……行くか」
しかしその足は御所へと向いていた。
「鷹麻呂の様子も気になる。それに、ここで皇族を間引きしておくのも悪くあるまい。皇国に取れる選択肢を限定させる事もできよう」
極端な話、皇族を一人のみ残して人質に取れば、それで大部分の決着が着くのだ。
五陵坊の右手には錫杖が握られており、その腰には二本の神徹刀が挿されていた。
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