第87話 船上のリク 帝国の事情
翌日。俺はヴィオルガと合流すると、共に港町へ向かった。帝国使節団は来る時と比べると、聖騎士や魔術師の裏切り者の分、その数を減らしていた。
残った魔術師も信用できるか分からない。そこで西大陸の港まで、皇国も護衛を出す事になった。護衛には皇国軍から人が出されたため、見知った顔はいなかった。
港に着くと早速帝国の船に上がり込む。帝国の船は王族が乗る専用船なだけあり、皇国では見られない大きさのものだった。
東大陸を出た船はまずは群島地帯へと向かう。俺はヴィオルガに呼ばれ、甲板に出た。いくら雇われた護衛とはいえ、男が帝国の姫の部屋に滞在する訳にはいかないからな。ヴィオルガの側には、大型幻獣と戦った時にいた少年と、給仕が控えている。
「よう。待たせたか」
「今来たところよ。大陸に着く前に、話しておきたい事があって」
そう言うとヴィオルガはまず、給仕の女に視線を向ける。確か昨日の宴会でもヴィオルガの側に控えていた女だな。
「紹介するわ。彼女はリリレット。リークロイス家の三女で、私の信頼できる側仕えよ」
「リリレット・リークロイスと申します。リク様、よろしくお願いいたします」
そう言うとリリレットは丁寧にお辞儀した。家名があるという事は貴族なんだろうか。魔力も持っているみたいだし。
「あなたに許可を取らなかったのは申し訳ないのだけれど。彼女には事情を話したわ」
「事情って……どこまでだ?」
「おおよそ全部よ」
「おおよそ、ね」
大精霊との契約に関するところ以外は、共有したといったところだろうか。あまり話すなとは言ったが、ヴィオルガの考えがあっての事だろう。帝国の人間関係は、俺には分からないところが多いからな。
「彼は帝国の聖騎士マルクトア。あの場でも会っていたでしょ?」
「マ、マルクトア・バーラインと申します。バーライン家の長男、帝国にあっては聖騎士の位を戴いております。リク様、お礼が遅くなりまして申し訳ございません。あの時はありがとうございました」
「ああ……」
なんかこっちはえらく緊張しているな。聖騎士と言えば、帝国における武人みたいな印象しかない。
「下手な魔術師よりもマルクとリリは信用できるわ。帝国で困った事があったら、彼らに相談して」
「分かった。リリレットは魔術師じゃないのか? 側仕えだと言っていたが……」
「そういえばその辺りの事も話しておかなくちゃね」
帝国貴族といえば全員が魔術師だと思っていたが、どうやらそういう訳でもないらしい。
「帝国において魔術師と名乗れるのは、あくまで貴族院を卒業し、専用のセプターを手にした者を指すの。それ以外の者は魔力は持っていても、魔術師ではないわ」
帝国貴族は15才から2年間、帝都にある貴族院に通う。だが全員が通う訳ではないらしい。
「貴族院へ行くのもお金がかかるからね。家の後継はいくらか免除されるけれど、それ以外の子は普通に授業料がかかるのよ。だから子供が全員、魔術師になる訳ではないのよ」
「せっかく魔力を持っているのにか?」
それでは破術士と大差ない様に思えるが。
「もちろん魔力をそのままにしておく事は無いわ。家庭教師を雇ったり、親が直接教えたりして最低限の魔術は使える様に教育はするの」
「セプターはどうするんだ? それがなきゃ、魔術は使えないんだろう?」
「ええ。専用のセプターはないけれど、そうした者には申請すれば量産品のセプターが貸与されるわ」
帝国は帝国のやり方で術を発展させてきたからな。部外者の俺としてはふーん、と聞く以外にない。しかし疑問は出てくる。
「じゃマルクトアはどうなんだ? 貴族なんだろ? 聖騎士というのも、貴族院を卒業して就くものなのか? ……でも15才から2年間通うんだよな? マルクトア。お前、今いくつだ?」
「15になります。聖騎士の家系は貴族院へは行けないのです」
マルクトアは帝国における聖騎士の在り方を教えてくれた。聖騎士は元をたどれば、今はもう存在しない国の貴族であり、その時は魔力の事を「聖力」と呼んでいたらしい。帝国とは違う、六王の血族という事か。
「幻獣によって国は滅びましたが、生き残った貴族は帝国に恭順する形で今日まで家を発展させてきました」
「なるほど。継承してきた術は帝国の本流とは違うという訳か」
「ええ。そしてそれが今回、レイハルトがパスカエルらにのせられたことにも繋がるの。私もマルクから話を聞くまで、聖騎士の待遇について疑問に思った事が無かったのだけれど。王族として恥ずかしい事だわ」
「ふん……?」
俺にはある程度状況を共有しておきたかったのか、ヴィオルガは身内の恥とも言える帝国内における聖騎士の現状について語ってくれた。ヴィオルガ自身、その多くはマルクトアから聞いたものとの事だ。
「なるほど。魔術に偏重するあまり、聖騎士の中には現在の帝国のやり方を不満に思う者も多いという訳か」
「ええ。でも彼らの聖剣技はとても有用性が高いわ。皇国の武家の様に、帝国も聖騎士の家系をもっと発展させていくべきだと私は考えている」
「そうか」
「……なに他人事の様な反応をしているのよ」
「他人事だからな。それともお前は一介の無国籍男に、帝国のあれやこれやに口を挟んでほしいのか?」
帝国の状況を教えてくれるのはありがたい。だがヴィオルガ自身が王族としてどう取り組んでいきたいのか、という話まではあまり強い感心が持てなかった。
「はぁ……。そうね、確かに帝国籍が無く、帝国貴族でもないあなたには関心の薄い話よね。でもこうして私が帝国の体制を強化すれば、将来的に万葉の助けになるのかもしれないのだから。少しは興味を持ちなさい」
「お前が帝国でやる事について、警護の面では協力してやるつもりだ。その中で知っていく事もあるだろう。今はそれで十分だ」
「まぁあなたが仕事を全うしてくれるのなら、私も文句はないわよ」
しかし百年以上続いた聖騎士の在り方を、いきなり変える事は難しいだろう。少なくともそれで魔術師が得をしてきた以上、そいつらの多くは反対するはずだ。
「俺としても深く事情に入り込むつもりはない。次の帝国の継承者問題だとか、どの派閥が誰を推すだとかいろいろあるとは聞いているが。それこそ部外者にかき乱されたくないだろ?」
「そうね……」
「だが降りかかる火の粉には全力で応戦するし、二度と火の粉すら巻き起こせなくさせてやる。お前の警護云々に関わらずだ」
暗に、意図して面倒事を俺にぶつけてくるような真似はするなよ、と話す。警護として雇われてはやるが、便利屋として使われるつもりはない。ここは明確に線引きをしておく必要がある。
「う……。も、もちろんよ。あなたの仕事はあくまで私の警護。ええ、分かっているわ」
「それでも少なくとも、今回の件を裏で糸を引いていたであろうパスカエルの野郎は殺してやるんだ。それでいいだろ」
「そうね……。今回の件で、やっぱりパスカエルが危険な研究をしている事が明らかになったもの。放っておけないわ」
聖騎士の反逆とパスカエルの繋がりを示す証拠はないため、今回の事でパスカエルに責任追及はできないらしい。だがヴィオルガは、ほぼ黒で間違いないと確信している様子だった。
「人を化け物に変異させる魔性の杭。今までの調査で、あれは「幻魔の集い」と呼ばれる破術士の犯罪組織が関わっている事が知られていたの。おそらくこの組織とパスカエルの間には何かの繋がりがある。これさえ分かれば、正面からパスカエルを糾弾できるのだけれど……」
つまり大義名分があれば、こそこそ暗殺なんぞに走らなくてもパスカエルを殺せるという訳だ。そんな時間、かけるだけ無駄だし、帝国についたらさっさと殺しに行くつもりだが。
「あとはあの時に一緒にいた、セイクリッドリング「ゲイル」を持つ少女。あの子にはリクの力を見られているわ。おそらくパスカエルか、それに近い者は報告を受けているはず。あなたが帝国に来る事で、それがどれだけ影響をもたらすかが読めないところね……」
「それについては考えていても仕方がない事だろ。向こうについてから考えるさ」
力はこれまでも派手に使ってきたからな。俺自身、いつまでも隠し通せるものだとは思っていない。
当初はどれだけ大陸で暴れても、最終的には群島地帯に籠るつもりだったから何でも良かった。だが今、俺は復讐を終えたらどうするかを考え始めている。
自分自身がどうしたいのか、見つめなおす時期が近づいているのかも知れない。だがそれも全てはパスカエルを殺してから。
俺は目前に迫る群島地帯を視界に収める。その時が近づく事を自覚し、左目が強く疼きだしていた。
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