第25話 王宮へ

「女王石の成り立ちについては知っているだろうが、女王石の仕組み、および女王選定の儀について知っている人間は少ない。君も知らない人間の一人だろうが……」

 と、娘を見やるバグリーさん。

「別段極秘事項というわけでもないので今話してしまう。女王選定の儀は女王石の前に次代候補が進み出て石に触れ、名前を告げてから『私に王位継承権はございますか』と問うのだ。すると女王石の色がその問いに反応して変化する」

 当然ながら……。と、バグリーさんは続ける。

「この問いかけに対する答えが真であった場合、つまりその名の者に王位継承権があった場合石は透き通り、そうでない場合は真珠のように曇る」

「あの」

 娘が手を挙げた。いつの間にか、手元にメモを出して「?」を書いている。

「石は問いかけにのみ答えるのですか? つまり、『Aという人物に王位継承権があるか』という問いに真か偽かで答える?」

「その通りだ。西クランフのかつての統治者、万化王リシャールがかけた最高傑作、今も国内の魔法学者が研究しているが解明されていない特別な魔法がかかっている。発せられた問いの魂に触れその真偽を判定する魔法、らしい」

「問いの魂に触れる、というのは要するに、出された命題の神髄を検討しその結果を吐き出す、ということですか?」

「素晴らしい。その通りだ。女王選定の儀においては『この者に王位継承権はあるか?』という問いかけになるのだが、使い方によっては例えば『これは剣か?』という質問にも真か偽かで答えてくれる」

 バグリーさんが腰に携えられた柄を示す。騎士団長の証。あれは本当に剣なのだろうか? 

「もっとも国としても女王石の乱用は避けたい。魔法も石も消耗してしまうからな。風発王アントネッロの残した手入れの書は残っているが古い文献なので古文学者が必要になる。東クランフ、明晰王ラファエルが創設した旧帝国大学にはそれを専門に研究している学者がいるそうだが何にせよ、女王石をみだりに使って消耗させてはならない。故に問いかけも常に『この者は王位継承権を持つか?』になる。この度のような女王選定の儀もそうだが、例えば直系の王族に双子が生まれた際などは『国王選定の儀』としてこの女王石が使われる。女王石は女王を選ぶ石ではない。この国の初代女王、白桃女王エリザベスに捧げられた石だから女王石なのだ」

 ところで、とバグリーさんは目線を横にずらし、ハンカチで口元を拭った。

「王族が暮らす邸宅、および宮殿は国内にいくつあるか知っているかな」

「五十七」

 娘が即答するとバグリーさんは満足げに頷いた。

「よろしい。ではその内グリテン地域に存在するのは?」

「二十四」

「たいへんよろしい」

 バグリーさんはハンカチをポケットにしまった。

「女王選定の儀は二十四ある宮殿の内のひとつ、ランドンにあるブッキンギャム宮殿で行われる」

 現国王陛下が執務をする際にお過ごしになられる宮殿ね。

「三人のプリンセスもそこに集められて女王選定の儀を受けた。今も三人はブッキンギャム宮殿のスイートルームに宿泊している」

 これから君には実際に宮殿に赴いて調査をしてほしい。

 重大任務だった。娘はぴんと背筋を正す。

「特別急行の列車をクイーンズクロス駅に用意してある。王室関係者のみが乗ることができる高貴な列車だ。最新型の魔蓄で動く。静かに走るいい列車だ。氷の上を滑る石のようだ」

 バグリーさんはポケットに手を入れると娘と私、それからグレアムくんに切符を渡した。

「発車は我々が乗り込んでからだ。十分に身支度をして、それから私の馬車で駅へ向かおう。グレアム。銃の手入れを怠るなよ。腰の剣も磨いておけ。失礼のないようにな」

「はっ」

「それから急かすようで申し訳ないが、三日後に国が主催する舞踏会がある。新女王を讃える会だ。国内外に告知してしまった関係で、舞踏会の日程はもう動かせん。つまりだ、その日までに何らかの解答を得たい。主役がいない会は開けんからな」

 娘に向けられた言葉だった。重圧。だが娘は静かに答えた。

「全力を尽くします」

「光栄なことに、我々は宮殿内に泊まり込むことを許された。君は我が騎士団の騎士として『宮殿の警備』に当たることになる。まぁ、名目上の騎士だが、一旦グレアムの直属の部下ということにしよう」

「グレアム」という言葉に娘は一瞬お尻をもじもじさせたけれど、しかしすぐに気を取り直して背筋を正した。「光栄です」そう、頭を下げることも忘れない。

 娘はキャスケット、カギのブローチ、メモ、鉛筆、それからサイコロの耳飾り、いつも使っているオペラグローブなどを取り出すと、「お母さん」と私に告げた。私はポシェットの姿になるとぽっかり口を開けた。娘がその中に道具を詰めていく。いつも丁寧に詰めてくれるから、私としても気分がいいわ。


 *


 宮殿に行くに当たって準備をする必要があったので、私たちはバグリーさんの馬車で一度屋敷まで戻ると、手早く宿泊の支度をした。

 てきぱき支度する娘に私は指図をする。

「トランクはあれを使いなさい。中に入ると衣装室になるものですよ」

「二つあるじゃない」

「ドレスが入っている方! あなた宮殿に行くのよ」

「騎士として行くのよ? ドレスなんて……」

「舞踏会があるじゃない」

「そんな、踊るわけ……」

「グレアムくんと踊りなさいな」

 娘の顔が熱せられた石炭みたいに真っ赤に染まる。

「どっどっどどどうして、ぐっぐぐグレアムくんとなんか……」

「いいから」

 私はトランクを示す。衣装室にもなる、ドレスがたくさん入っている方。

「調査中は多少不格好でもいいわ。でも舞踏会ではおめかしなさい」

「でも、私ダンスなんて……」

「教えてもらえばいいじゃない。男性はいつでも女性に何かを教えたがるものよ」

 娘はしばらく答えに困ったような顔になると、やがて私の示した方を選んだ。ドレスが入った、衣装室になるトランク。


 *


 クイーンズクロス駅にもバグリーさんの馬車で向かった。さすが最新鋭の馬車だけあって乗り心地は一級品。ほとんど揺さぶられることもなく駅に着いた。

 駅改札口にある金文字の看板が美しい。「クイーンズクロス」。エリザベス初代王に捧げられた駅だからクイーンズクロスというらしい。

「列車は十二番線から出る。カートを押して向かっていなさい」

 バグリーさんに指示されて、グレアムくんがトランクの乗ったカートを押しながら歩き出す。が、すぐに振り返って訊き返す。

「十二番線ですか? 九番線までしかないみたいですが……」

「九番線の入り口の壁を、騎士団庁舎に入る時と同じ手順で叩け。壁が開く」

「分かりました」

「急ぐ必要はない。我々が乗らないと動き出さないからな。ゆっくり、落ち着いていけ」

 言われた通り、私たちはゆっくりと駅の中を歩いていった。売店、切符売り場、そしてどういうわけか、ピアノが一台。人と人とが交差する駅だけあっていろいろなものが置かれていた。娘も物珍しそうに周囲を見渡している。グレアムくんは慣れているのだろうか、黙々と足だけを動かしていた。

 やがて、九番線に繋がる通路に着いた。グレアムくんが通路の壁をとんとんとんと、一定のリズムで叩く。すると壁のレンガが回転し、組代わり、そして人が二人通れるくらいの通路になった。天井には薬缶の蓋のような金属の円盤がひとつ、はめ込まれていた。あれで入る人間を監視しているんだわ。

 グレアムくんが先頭を歩いてくれる。十番線……ウィンドサー城行き……十一番線……ホリルッド宮殿行き……そして十二番線。ブッキンギャム宮殿行き。

 通路を通り、やがてプラットホームへ辿り着いた私は思わず声を上げそうになった。すごい。私が現役で働いていた頃より列車が綺麗になっている! 

 私が人間だった頃は、列車と言えば如何にも無骨、歯車や内部機関がむき出しの、触ったら油でべとべとしていそうな黒塗りのものだった。しかし、今目の前にあるものは……! 

 陶磁で出来たティーセットのような、白くて柔らかい印象の、流線型の乗り物……それはそう、まるで職人さんが作った美しいペンのような形の乗り物だった。これなら確かに速そうだし乗り心地もよさそうだわ! 

 娘も列車のデザインに感心したのか、目をまんまるくして見つめていた。だがグレアムくんは何だかがっかりしたような顔になってため息をついていた。まぁ、男の子的には前のデザインの方がいいのかもね。

 と、少し遅れてバグリーさんが来た。彼は列車を眺める私たちの隣に並ぶとてきぱきと指示を出した。

「三両編成。一両目は制御部および車掌室。貨物室も一両目にある。二両目からが客室だ。三両目は高貴な方しか乗れないことになっているので我々は二両目に乗る。安心しろ。乗り心地は抜群だ」

 車掌に手伝ってもらいながらトランクを列車の中にしまうと、私たちは二両目の客室へと入っていった。まぁ、中の広いことと言ったら! こういう一流ホテルあるわよ。そこら辺の民家の百倍過ごしやすい空間なんじゃない? 

 柔らかいソファ席に腰かけると、グレアムくんが娘の正面に静かに座った。娘が目を伏せ赤面する。もう、今からそんな調子じゃ先が思いやられるわ。

 バグリーさんはそんな二人を眺めるように少し離れた島にあるソファに腰かけた。実際若い二人を見るのは面白いのだろう。あの立派な髭でもにやにや笑いが隠せていなかった。

 私は猫に変身するとバグリーさんの膝の上に乗った。叱る。

「もう、にやにやしないでくださいな」

「いや、申し訳ない、レディ」

 バグリーさんが髭を撫でつけ、緩んだ頬を引き締める。

「しかしいいですな。これからの未来を眺めるというのは」

「グレアムさんには命の恩がありますから、私としても娘を任せることに不安はありません。ですが今のあなたのように揶揄うと娘も恐縮して余計な気苦労を……」

「申し訳ない。申し訳ない」

 バグリーさんは参った、という風に両手を挙げた。

「紳士として、二人の行く末を温かく見守る。それ以上のことはしない」

「そうしてくださいな」

 私がそっぽを向くとバグリーさんはまた髭を撫でつけた。もう、まだ頬が緩んでますよ。

 しかし、それから待てど暮らせど。

 列車は出発しなかった。車輪の軋む音はおろか魔蓄の動く音さえしない。異変にはまずバグリーさんが気づいた。彼は静かに立ち上がると、客室内に取り付けられた連声管を手に取った。

「こちら二両客室にいる騎士団長バグリーだ。何かあったか?」

 するとすぐに、おそらく車掌のものだろう、やや慌てた調子の声が返ってきた。

「こちら車掌のケネスです。車両トラブルにより発車できません。現在原因の究明中……」

 声の様子から、かなり困った状況なのは感じ取ることができた。私はすっとバグリーさんの足下に寄った。

「魔蓄のことでしたら多少知識がございますわ」

「こちらバグリー。元魔法省の乗客がいる。魔蓄にも詳しい。何か手伝えるか?」

 返事は少し遅れてきた。

「こちらケネス。整備士、機関士共に問題の解決に向かっていますが先行きが見えません。お手数おかけしますが助力いただいてもよろしいでしょうか?」

「さっそくトラブルだな」

 バグリーさんはため息をついた。

「お手数ですがレディ、お力を借りても?」

「構いませんわ。娘も一緒でも?」

 するとバグリーさんは快く承諾してくれた。すぐ、グレアムくんに指示を飛ばす。

「グレアム。レディ二人を任せたぞ。私が先頭を歩いて様子を見る」

 さすが騎士団。こういう時でも警戒を解かないのね。私はポシェットに化けると娘の肩にぶら下がり探知の魔法を唱えた。ひとまず、前方に敵意のある存在はいない。これなら大丈夫そうね。

 そうして四人で一両目前方、機関室のある場所へと向かった。

 最新型の列車は車両と車両の繋ぎ目も綺麗で素晴らしかった。

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