第24話 女王選定の儀

「詳しい話はバグリー騎士団長が直接お話したいとのことです」

 グレアムくんはこんがり焼けたベーコンを口に運ぶ。私は何だか落ち着かなくなって娘を見やる。

「また大事じゃないわよね? 嫌よ命懸けの仕事なんて」

「その点は大丈夫です」

 グレアムくんが胸を張る。騎士団服の胸が膨らんで、凛々しい姿になった。

「俺が命に代えてもお守りします」

 私の隣で、娘の頭が沸騰する音が聞こえた……気がした。



 バグリーさんが事務所に来たのは昼過ぎ、それまでの間は事務所の中でグレアムくんの居場所をどうするか検討する時間になった。

 事務所は二部屋あって、もう片方の部屋を完全に持て余していたのでそちらを、と娘が言ったのだが、その部屋は事務所の少し奥まったところにあって「有事の際に駆け付けることができない」という理由でグレアムくんから却下された。そういうわけで彼がついた場所は……。

「しゅ、集中できない……」

 事務所入り口、ドアの真横。

 そして娘の机の真正面。

 事務所の中にあった椅子を一脚持ち出して、入り口の真横、娘の正面に座り込むと何をするでもなく前を向いていた。さすが騎士団。不動には慣れている。

 私は娘の机の上で丸くなりながら、可笑しくて笑いそうになるのをこらえるのに必死だった。

 赤面しているのを本で隠す娘。しかしさすがは護衛。グレアムくんは敏感に気づく。

「どうなされました」

「べっべべべべっべべ」

「落ち着きなさい」

「別に! 何でもありません!」

 娘は明らかに調子が狂っていた。まぁ、十代で好きな男の子を前に冷静でいられる方がおかしい。

 そんな風に熱い(?)午前中を過ごしてそろそろお昼ご飯に、となった頃、バグリーさんはやってきた。ドアにノック。グレアムくんが応じた。

「どちら様でしょう?」

「バグリーだ」

 グレアムくんが恭しく戸を開ける。

「ご苦労」

 バグリーさんがグレアムくんの肩を叩いて労った。

「いや、お待たせしてすまない」

 と、彼の手には美味しそうなサンドイッチの入った籠があった。あら素敵ね。以前グレアムくんも作ってくれたけど、このスタイル最近流行ってるらしいのよね。

「ランドンロースター街のサンドイッチと言ったらフィールディングのところだろう」

「あそこのパンはどれも美味しいですからね」

 グレアムくんが嬉しそうに応じる。年頃の男の子の食い気が嬉しいのだろうか、バグリーさんは私たちのいる机に籠を置くと「君も食べたまえ」とグレアムくんを招いた。彼は一礼すると椅子を引っ張って私たちのところへ来た。

 娘がバグリーさんに椅子を勧める。彼はそれに静かに腰かけると……仕草が優雅で素敵だわ……サンドイッチをひとつ手に取り、一同に「では」と告げてから齧りついた。立派な口髭をもごもごと動かしている。私も机の皿に置かれたものを食べた。猫の体だとサンドイッチは食べにくいけど、まぁみんなと同じものを食べるのは楽しいわ。私とバグリーさんは天気のことや町の噂話なんかをちょっとした。大人が歓談している中、二人の若者は静かにサンドイッチを食んでいた。

「依頼というのは他でもない」

 ひとしきり歓談が終わった後、バグリーさんが居住まいを正した。

「女王選定の儀についてはご存知かな」

 娘が答える。

「新聞で読める範囲のことは存じております」

 うむ、と頷いてから、バグリーさんが話し始める。

「事の発端は王位継承権を持つブライアン王子が改宗なされたことだ」

 誠に遺憾だ、という口ぶり。

「パトリック派に改宗なされたのだ。王室はクロテスタント派だと決まっているのだが」

 娘も一応この国の歴史については学んでいる。頷きながら話す。

「王位継承権の条件の中に『クロテスタントであること』は挙げられていますね」

「うむ。ブライアン王子は改宗に伴い王位継承権を剥奪されることになった。で、現国王はもう高齢だ。そろそろ代替わりしたいと散々零しておる。政府関係者としても世代交代に応じるべきなのだが、そこに来てブライアン王子の件だ。頭を抱えてな」

「それで西クランフ、東クランフ、タロールの各地から、王族関係者が集められた」

 娘の合いの手に、バグリーさんはうんうんと頷く。

「西クランフからはプリンセス・マルレーヌ、東クランフからはプリンセス・ナターリエ、タロールからはプリンセス・アマンダ。いずれも女子、本来王位継承権は持っていなかったがブライアン王子には親戚がいない。このことを加味し親等を辿っていって行き着いたのがこの三人だ。王室的には三人とも平等に継承権を持っているとの判断だ」

「そして百年ぶりに『女王石』が使われることになった」

 やはり娘の聡明さが嬉しいのだろう、バグリーさんは大きく頷いた。

「複数の人間が継承権を平等に持つ場合、女王石を用いて次代の王を決める。女王石の歴史については触れるまでもないね……かくして『女王選定の儀』が行われることになったのだが、ここで問題が起こった」

 バグリーさんが声を潜める。

「いいかい、これは基本的には政府関係者しか知らない情報だ。人形館の件で国から褒章を受けていて、なおかつお母さんが魔法省の人間だったから話すのだが、基本的には他言無用だ。お前もだぞ、グレアム」

「はっ」

「女王選定の儀は国民の前で大々的に行われるものだとされているが、実際は違う」

 私はふうんと鼻を鳴らした。確かに生前、政府の人間として働いていた頃、そんな話は聞いたことがある。百年前の女王選定は王族関係者と政府高官の間だけで内密に行われ、国民の前で行われるのはデモンストレーションに過ぎないのだと。

 果たしてバグリーさんが語った内容がそれだった。やはり今回も王族関係者と政府高官の間でのみ前以て女王選定の儀が行われ、国民の前で行う女王選定はあくまで表演にする予定だったそうだ。

 しかしここで問題が起きた。

「女王石が曇ったままだった」

 あまりのことに私はサンドイッチを放り出して顔を上げる。

「それは、三人誰が触っても女王石が曇っていたということですの?」

 私の問いにバグリーさんが答える。

「そうなんですレディ。女王石は誰が触っても真珠のようだった。透き通る気配さえなかったそうです」

 それは大事だった。本来なら王族の親戚であるはずの三人の誰にも継承権がないと、国の宝物である女王石が判定したのだ。

「ところが、政府の人間が調べる限りどうあっても三人は王族の血縁。継承権がないとは思えないのです。そこでこんな疑惑が立ち上った」

 三人とも誰かにすり替わっているのではないか? 

 あるいは、誰かが女王石に細工をしたのではないか? 

 並べられた二つの疑惑に私はゾクゾクと震えた。そんな、国の根幹を揺るがすような事態、あってはならない……! 

「国の調査機関が丸一か月調べたが何一つ分からず。二進も三進も行かなくなったところで私のところに話が来た。いや、おかげさまで私は『国中の問題を解決して回っている敏腕騎士団長』などと呼ばれているのだが……」

 鼻高々って感じね。

「ご存知の通りその功績は十割君の手柄で構成されている」

 と、娘を示す。潔いこと。

「今回も是非力を借りたい。報酬は弾む。何ならプリンセスにしてもいい」

 ちょっと。冗談に聞こえないからやめなさいな。

 しかし私としては思うところがあるので口を挟む。

「政治関連の仕事は娘にさせたくありません。危険がつきものですわ。誰がどんな思惑でどういう手段を講じてくるか、さっぱり分からないし危険ですもの」

「それについてはもちろん護衛をつける。私が直々に娘さんを守る」

 バグリーさんが腰に手をやった。よく見ると柄のようなものがある。あれが噂の騎士団長の証かしら。

「もちろんグレアムも。他に数名の護衛騎士を……」

 と、いきなり娘が挙手をした。顔を真っ赤に染めて、挙げていない方の手をきゅっと胸元に寄せて。

「ごっごっごっごごご護衛は、ぐっぐぐぐぐっぐグレアムくんだけで、いっいいいっいいい、いいです!」

 バグリーさんも私もぽかんとする。が、やがてバグリーさんがにかっと笑う。

「そうかそうか! グレアムを気に入ってくれたか! いや嬉しい! 嬉しいぞ。よくやったグレアム!」

 ばしばしとグレアムくんの背中を叩くバグリーさん。グレアムくんはぽかんとしている。

「もう、およしになって。あんまりからかうと咲く花も咲きませんわ」

 娘が耳まで真っ赤に染める。

「おっお母さんまでっ、やめてよっ」

「分かった分かった。護衛はグレアムだけをつけよう。グレアム。決して離れるなよ。命に代えてもお守りしろ」

「はっ。元よりその覚悟です」

「この仕事がうまくいけばお前も昇級だな」

「嬉しいです!」

「よしよし、では離れるな。早速レディのお傍につけ」

「はっ」

 グレアムくんが娘の隣に立って直立不動の姿勢をとる。胸を張ると、騎士団服が大きく膨らんだ。やっぱり、結構がっしりした体をしてるのね。

「はっ、わわわわわ」

「おや、何だか甘酸っぱい匂いが……」

「わっ、私の感情に関する一切を……」

 とても食事どころじゃなくなった娘を尻目に、私はバグリーさんの膝の上に乗る。それから告げる。

「ちゃんと守ってあげてくださいな」

 バグリーさんがウィンクをする。

「分かっていますレディ。他にも護衛はつけますし私も目を離しませんが……二人には内密に」

 さぁ、そういうわけで。

 娘の王室デビューが決まった。

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