女王石

第23話 連合王国の成り立ち

 これから娘が関与した最大の事件である「女王石事件」を語るに当たって、まずセントクルス連合王国の成り立ちから話す必要がある。

 かつて白桃女王という女性がいた。このセントクルス連合王国の初代女王で、生涯独身を貫いたので「純白の女王」とも呼ばれている。

 セントクルス連合王国はかつて四つの国だった。これからそれぞれの国について述べてみたいと思う。

 まずセントクルス連合王国を構成する国家のひとつ。東クランフ帝国。私の夫、アウレールの出身地である東クランフ地方の前身だ。

 高度な学術国家ばかりを集めた帝国。学者が多い国を統合して作られた帝国だ。「この世に存在するどの生き物よりも賢い」と言われた明晰王ラファエル・エトヴィン・パトリック・ツァイアーが統べていた。彼は一人で、たった一人で帝国に属する国、地域、果ては田舎町や村の政治まで、全てを把握し回していた。「帝国の中で明晰王ラファエルに知られていない人間はいない」「新生児でさえ名付けた瞬間にラファエルの知るところとなる」そう言われるほど治世がしっかりしていた国だった。戸籍制度、法律、教育制度、経済基盤どれをとっても近隣諸国を圧倒する力を持っており、唯一軍だけは弱かったが、それでさえも帝国故の兵士の多さと将軍たちの知略とで補っていた。

 中でも東クランフの教育制度はかなり進んでいて、子供は三つの頃から情操教育、集団行動、基礎知力を鍛えられる。さらに十八歳までの教育費は国が一切を負う。十九歳から二十四歳までは、国営の大学に入れれば国が費用を負担し、職業学校の場合でも国が指定した技術に関する職人なら優遇された。卒業後も大学に入った実績さえあれば自由に他の学問を修めることができ、仕事の傍ら学問を修める者には国から補助金が出た。正に知を究めるために存在する帝国。それが東クランフ帝国。

 次に西クランフ帝国。私の出身地、西クランフの前身だ。

 魔法使いの国をいくつも統合した皇帝、万化王リシャール・セヴラン・エルヴェ・アスランが統べる魔法の帝国。万化王リシャールは帝国に属する地域全体に魔法の基盤を与えたまさに「父たる魔術師」。万化王と呼ばれる理由は彼が変身魔法を好んで使い、帝国の中にいる生き物は「もしかしたら王の化身なのではないか」と言われるほど様々な生き物に変身できたからだ。

 普通、魔法使いが変身できる動物は一人につき一種が限界である。変身に当たっては変身する動物の中身(つまりどういう筋肉がついているか、どんな血が流れているか)を把握していないといけない。当然ながら私だって猫にしかなれない。猫の体のことしか知らないからだ。猫の種類なら多少融通は利くが、それも毛の色を変えられる程度の話である。

 万化王リシャールはその膨大な知識と底抜けの魔力とで様々な動物に変身できた。時には複数の動物をかけ合わせたような姿になることさえできたと言われている。魔法の教育制度が充実していたのもこの国で、子供は十一歳になると男の子なら鴉が、女の子なら猫が迎えに来て魔法魔術学校に入学する。そうして魔法を学んだ人間が新しく万化王の下で国を回す。これが西クランフ地方の前身、西クランフ帝国。

 続いてタロール王国。西と東クランフが帝国なのに対し、タロールはひとつの国しかない。後述するが、これは三国の成り立ち上、タロールが最後に成立したからである。

 魔法もそれなり。知識や技術もそれなりのこの小国が西クランフ、東クランフと張り合えた唯一の理由がその外交力にあった。大きな港町をいくつも有するタロール王国は諸外国から多様な物資を得ることができ、その輸出入によって国を繫栄させていたのである。

 多弁で情熱的。多様な文化が混ざるからか、議論をしたり自身の主張をはっきり示す。この国の人間がそんな国民性なのは風発王アントネッロ・オノフリオ・サルヴィオーニが弁の立つ王だったからだ。

 魔法という点では西クランフに劣り、知性という点でも東クランフに劣るタロールが両国の侵略を受けなかったのが風発王のその舌のおかげである。ある時は西クランフの痛いところを突き、ある時は東クランフを議論で打ち負かし、決して譲ることなく、だが柔軟に対応してきたことで侵略を一切受け付けなかった。そもそも貿易で得られた富で国力がやたらと高い。タロールの海軍と言えば魔法と戦略、そして航海術ともに優れた恐ろしい軍隊だと今でも知られているほどだ。これがタロール地方の前身、タロール王国。

 これら西クランフ、東クランフ、タロールはかつてクランフ帝国と呼ばれる大国だった。クランフ帝国の皇帝が残した三人の息子、つまり先述の明晰のラファエル、万化のリシャール、風発のアントネッロが父たる皇帝アイテール・ステファノプロスの死後、大喧嘩した末に生まれたのが上記の三国である。面白い話、それぞれの国の王はかつて同じ家で育った兄弟なのだ。苗字もみな「ステファノプロス」だったのだが、銘々が「兄、弟と同じ名を使いたくない」と苗字を捨ててしまった。父からもらったラファエル、リシャール、アントネッロの名前だけ残してそれぞれが違う苗字を名乗っている理由はそこにある。

 そして最後の国。セントクルス連合王国の北に位置するグリテン地域を治めていたのは七王国と呼ばれる国だった。

 何故七王国なのか。その理由はかの地が北の小地域であったが故に誰も手を付けず、クランフ帝国の影響を一切受けない地域だったことにある。それぞれの地域がそれぞれの王を持っており、連合王国を名乗るにしてはてんでばらばら、しかしそれぞれが一国家を名乗るにしては力の弱すぎる、そんなまとまりが東西クランフとタロールが設立される頃ようやく一つの国家を名乗った結果が七王国なのである。

 そんな七王国の女王が先述の白桃女王エリザベス・エリナー・ブライズ・ウォルフェンデンだった。「彼女がいるから世界が輝く」とまで言われるほど美しく、そして聡明で、たくましくもあった女性。彼女は七つある王国の王それぞれと談話、時に武力衝突をしながらも、理想の国家を目指し各国をひとまとめにした。王たちは彼女の美しさ、賢さ、たくましさに惹かれ彼女に国をまとめてもらうことを選んだ。こうして七王国が生まれた。

 熾烈な兄弟喧嘩の末に三国に分かれたクランフ帝国の子供たちは、当然ながら自国の勢力を拡大するために北を目指した。そうして白桃女王、エリザベスと出会った。

 三人の男子はすぐさまエリザベスに恋をした。三人はそれぞれの方法でエリザベスに愛を囁き……ラファエルは彼女と知識の交流を楽しみ、リシャールは彼女の望む生き物に姿を変え、アントネッロは異国の物語を彼女に聞かせ……そして彼女と結ばれようとした。しかし白桃女王エリザベスは宣言した。

「ラファエル。あなたの奥深き知性はわたくしの胸を高鳴らせました。リシャール。あなたの魔術はわたくしを何より楽しませました。アントネッロ。あなたの物語はわたくしを眠れなくしました。御三方、わたくしを愛してくださっていることは存じております。大変嬉しく思うのと同時に、わたくしなどでよろしいのか、とても不安になります。どなたかの愛に応えてしまえばどなたかを疎かにすることになる。それはとても失礼で悲しいことだと思うのです。そこでわたくしはこう決めることにいたしました。わたくしは御三方の愛に応えるため、生涯独身を貫きます。わたくしはどなたとも結婚はいたしません」

 この宣言は三国の王に衝撃を与えた。各国で「王が崩御したのではないか」という噂が流れるほどそれぞれは打ちひしがれ、悲しみ、そして泣いた。だがこの白桃女王の宣言が後のセントクルス連合王国の基盤となった。

 三兄弟が仲直りをしたのだ。エリザベスが平等に俺たちを愛してくれるなら、俺たちもエリザベスに変わらぬ愛を誓おう。下らぬ諍いをやめてエリザベスのために尽くそう。そう、三人息を合わせたように決意したのである。

 新たな国を作ることで三人が合意した。そしてその国の頂点にエリザベスを据えることにも合意した。三人はそれぞれの得意分野を活かして新国を作った。

 明晰王ラファエルは国中の学者を集め、新国の法律、経済基盤、教育制度、大学等を作った。

 万化王リシャールは国中の魔法使いを集め、新国の生活基盤を作り、そして魔法の開発を行った。

 風発王アントネッロは諸外国に新国の設立を宣言、貿易の利益と諸外国からの貢物とを利用して新国の国力を作った。

 そうしてそれらの頂点に白桃女王エリザベスが座った。三人の元王は白桃女王の国の繁栄と発展のために侍女と数名の子をなし、生涯独身を貫く純白の女王の跡継ぎを作った。

 この時、ラファエルがその知識を用いて採石し、リシャールがその魔法を使って魔力を込め、アントネッロが外国から得た技術で磨き上げた、魔法の玉石をエリザベスに捧げた。

「次代の選出に迷った際はこの石をお使いください。石が王を選びます」

 かくして「女王石」が誕生した。真球の水晶のようなこの石は、次代にふさわしい者が触れた時は透明に、そうでない者が触れた時は真珠のような色に、変化するという。



「ごごごごっごごご飯は自分で作りますから!」

 エプロンをして台所に立つグレアムくんに娘がどもりながら告げる。気を利かせて朝食を作ろうと思っていたグレアムくんは残念そうにエプロンを外した。娘がお尻で追いやるようにしてグレアムくんを台所から追い出す。

 グレアムくんと暮らすようになってから、娘は何だか年頃の女の子らしくなった……気がする。どうも意中の彼の目を見て話すことができないようで、彼がいるとお尻をそわそわさせるし、髪を触って下を向いて、指を組んだり解いたりする。グレアムくんも娘の態度を気にしている……つまり嫌われているのではないかと勘違いしているみたいだけど、やっぱり娘のことはどこか気にかけてくれているようで、大人として、母親としては、何だかなぁ、と微笑ましい限りである。

「俺、嫌われているんでしょうか」

 台所でベーコンを焦がしている娘の背中を見て、グレアムくんが私に訊いてくる。私は笑って返す。

「あら。私にはそうは見えないけれど」

 えっ、とグレアムくんが顔を上げる。私はつい、とそっぽを向く。

「男の子なら堂々としていなさい」

 と、娘がお皿を持ってやってくる。

「ごっごっごっご……」

「あなたは落ち着きなさい」

「ごッご飯ができましたッ」

 あらまぁいつになく火の通ったお肉に卵。熱々なんだから、もう。

「あの……」

 食事中、グレアムくんがおそるおそるといった様子で口にする。

「昨夜バグリー騎士団長から伝令がありました。『女王選定』に当たって、お二人の力を貸してほしい案件があるそうです」

「女王選定」の言葉を私は聞き逃さなかった。すぐに返す。

「それって国の一大事よね?」

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