第18話 贋物

 蠢きだした人形たちを凝視して、私は思案する。「また会えるなら夕暮れ時に」。あちこちから聞こえる声。そして軋めく体。でもそれだけだ。この子たち、しゃべって動くけど、こちらに危害を加えてくるつもりはないみたい。

 でも一応、念のため。

 私は呪文を唱える。カバンに魂を移してから、私は「猫になる」以外の魔法はほとんど使えないけれど、娘の親として最低限、防衛の魔法は使えるようにしている。これから行うのは索敵の魔法。この室内にいる「敵意を持った」あるいは「こちらの予想を裏切る」存在を探知する。声に乗せる魔法なので私は大きく二度吠える。大展示室の闇の中に、私の鳴き声が木霊する。

 と、私の魔法が背後に何かを感じ取った。振り返る。だがそこには「ラ・ミア」しかない。

「ラ・ミア」が? 

 私は一抹の不安を感じながら……この姿でそう何度も魔法が使えるわけじゃないの……しかし咄嗟に見抜きの魔法を使う。隠された呪詛や敵を見抜く魔法。博物館と提携している魔法使い、エメ・ブルギニョンさんが使った暴露魔法をもっと小規模にして、視界に入ったものの正体を暴くという魔法だ。真の姿を見抜く目で「ラ・ミア」を見つめる。

 すると、私の目に見えたものは……。



「おはよう、お母さん」

 今朝は娘より早く起きていた私は、宿直室の小さなベッドの上にひょいと乗ると、寝ぼけ眼の娘に告げた。大切な話だった。

「よく聞きなさい」

 娘は目を見開いた。

「『ラ・ミア』は贋物よ」


 身支度を済ませた娘は急ぎ足で館長のシンディさんのところへ向かった。私はポシェットになって娘の肩にぶら下がっていた。出勤してきたばかりのシンディさんは、娘の姿を見ると穏やかに挨拶をしてきたが、しかしこちらの様子を見るなり表情を引き締めた。娘は告げた。

「『ラ・ミア』を詳しく調べさせてください」

「何かありましたか」

 シンディさんに説明するために、私は猫の姿に化けると彼女の机の上に飛び乗った。

「あの人形は贋物です」

 シンディさんが驚きのあまり私の言葉を繰り返す。それから問いただしてきた。

「何を根拠にそのようなことを」

 私は事情を話す。昨夜人形が動き出すところを見たこと。索敵の魔法を使ったら「ラ・ミア」が引っ掛かったこと。「ラ・ミア」を調べるために見抜きの魔法を使ったら、こちらの予想を裏切る存在だった、つまり贋物だった、ということ。

「人形が動き出した上に、『ラ・ミア』は贋物」

 シンディさんはすとんと椅子に座り込む。無理もない。国営の施設に不正な接触があった上に重要展示物も贋物にすり替えられていたとあれば、責任の所在は彼女にあり、立場が危うくなるだろう。

 しかし呆然とするシンディさんに娘は告げた。静かに、だが優しく。

「大丈夫ですよ。見通しはついています。後少しなんです」

 シンディさんが顔を上げて娘を見た。娘は真剣なまなざしで願い出た。

「『ラ・ミア』を精査させてください」


 シンディさんと連れ立って大展示室へと向かった。開館前の館内には、天窓から朝日が差し込んでそれなりに荘厳な雰囲気だったけれど、昨夜の騒ぎがあったからか私には少し不気味な静寂に見えた。

「ラ・ミア」の前に着くとシンディさんが展示台の角に指で触れた。ハープをちょっと弾いたような微かな音がしたかと思うと、すぐに静まった。

「防護魔蓄の動力を切りました。好きに調べてください」

「お母さん」

 私はすっと展示台の上に飛び乗る。昨夜よりずっと近い距離で見ると、やっぱり美しい人形で見入ってしまいそうになったが、しかし私は意を決して「ラ・ミア」に噛みついた。削除の魔法を唱えながら。

 と、牙が硬質な何かに当たった時のような乾いた音は一切せず。

 薄い金属がひしゃげるような音がして、「ラ・ミア」が崩壊していった。ゆで卵の殻のようにバリバリと壊れていく。

 やはり贋物だった。そしてこの崩れ方をしたということは。

「五百六十年前に、タロール地方の魔法使いファビオ・ティツィアーノが開発した複製魔法ね。薄い魔法の膜を作ってそこに任意の姿を映し出すの。魔蓄に封じ込めたものが出回っているから誰でも使えるけれど、そう易々と手に入るものじゃない。確か認可が必要な魔蓄のはずよ。購入者のリストを調べれば犯人に辿り着けるかもしれない」

「魔法使いが魔法を施した可能性は? 魔蓄か魔蓄じゃないかは分からない?」

 娘の問いに私は答えた。

「おそらく魔蓄だわ。不細工だもの。魔法使いが本気でファビオの複製魔法を使うんだとしたらもっと丁寧に施すはず。それをしてないということは、逆に言うと『できなかった』のかもしれない。魔法が使えない、魔蓄に頼らざるを得ない人間なら……」

 シンディさんが青ざめながらつぶやいた。

「本物がどこにあるかは分からないのですか」

「この型の複製魔法は、本物オリジナルから距離が離れると精度が下がる傾向があるわ。あなたが見破れない程度に精巧な見た目なら、多分この近くにある。さっきから探知の魔法でそれとなく探ってるけど引っかからないわ。探知が得意な魔法使いを呼ぶか、探索魔蓄の専門家を呼ぶかして本格的に調べた方が……」

「大丈夫だよ、お母さん」

 私はハッと娘の顔を見た。私の目線の先で、私の愛する娘は、その美しい双眸をしっかりと「ラ・ミア」に向けていた……あの人に見つめられた昔を思い出しそうだわ……それから、丁寧に告げた。

「『ラ・ミア』の本物オリジナルがどこにあるのか、見当が尽きます。その前にまず、館内の人形に仕掛けられた呪いを解いてみましょう」

 すると娘は手近にあった展示物「猫を愛ですぎた女怪」に近づいた。大きな口を開けて今にも猫を食い殺そうとしている不気味な女の人形で、顎のところに関節があり、魔力を流すと内部の仕掛けが動き出して女が猫を食べようとする、そんな魔蓄人形のようだった。あんぐりと口を開けた女は私たちの若い頃に流行ったようなひらひらとしたドレスを着ていて、やっぱり私たちの青春時代に流行ったようなつばの深い帽子を被っていた。

 そんな人形のスカート部分から伸びている足に、いや正確には靴に、娘はそっと手を伸ばした。

「お母さん」

 娘が、魔蓄の足をこちらに示す。

「こっちの靴はスカートに隠れてない。付属品だね。多分この靴、魔蓄なの。でも発動条件が分からない。無理矢理魔蓄を起動できる?」

「任せなさい」

 私は簡単な呪文を唱えた。途端に人形がしゃべった。

「また会えるなら夕暮れ時に」

 シンディさんが驚いた目を向けた。娘は微笑んだ。

「この人形がつけてる帽子も多分魔蓄。同じように起動して」

 私は再び呪文を唱えた。すると、「猫を愛ですぎた女怪」が。

 大きな口を開けて、目の前にいる猫の人形に噛みついた。狂ったように何度も何度も、かちかちと鋭い歯を猫人形にぶつける。

「これは、どういう……」

 私が目を見張っていると、シンディさんが訊ねた。

「どうしてこれらが魔蓄だと分かったのですか」

 すると娘は答えた。

「だって……簡単ですもの」

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