第19話 解き明かす

「装飾品です」

 娘は静かに告げた。

「人形の中は調べたんですよね。『オルゴール』に異変がないことも、人形の内部構造に問題がないことも、職員全員で調べた」

「ええ」シンディさんが困惑した面持ちで頷く。「私も調査しましたわ」

「多くの目で見て……つまり多くの尺度で見て異常がないという判定ならそれはそう覆せないんです。なので『人形の内部には何もなかった』という仮説で考えなければならなくなります」

 娘は静かに歩むと、また手近にあった人形に手をかけた。「微笑む機械紳士」という、顔の輪郭が歯車で出来ている人形を手に取った。

「この子は……多分帽子かモノクルですね。ステッキの可能性も。お母さん」

 娘に言われるまま魔蓄を作動させる呪文を唱える。と、「微笑む機械紳士」が「また会えるなら夕暮れ時に」と甲高く叫んで、帽子を下げて会釈を繰り返した。娘はその人形を見て微笑むと、そっと元の場所に戻した。

「外付けなんです。犯人は外付けで魔蓄をつけた……人形の装飾品として目立たない程度の大きさですからおそらく『オルゴール』ですね。『オルゴール』に音声再生と魔力注入の機能を持たせて、人形の装飾品に仕込んだ。犯人が魔蓄の動力を入れるだけで同じ文句を繰り返して人形の機構が動くようになる。『呪い』の正体はこれです」

「でも、そんな」

 シンディさんは信じられない、という風に首を振った。

「『オルゴール』を使える人間なんて限られます。国の技術者の中でも選りすぐり、最先端を研究している人間じゃないと……」

「心当たりはありますか?」

 娘に訊かれてシンディさんはつぶやく。

「数名。いえ、正確には四名」

「その四名を詳しく調べてみる必要がありますね」

 これ以上は……と、娘が言葉を濁らせた。

「騎士団に任せた方がいいでしょう。場合によっては重大犯罪です」

「ええ、そうしますわ」

 シンディさんはまだ目を見開いていた。

「『オルゴール』でいたずらだなんて、そんなことを考える人が……」

「失礼します!」

 不意に背後から男子の凛々しい声がした。振り向くと、少年騎士のグレアムくんがきびきびとした足取りでやってくるところだった。それから彼は、目上の人に話す時のように礼儀正しく、腰の剣に手を当てながら話した。

「報告します。事務員の方が教えてくれたのですが、『いつもは誰よりも早くやってくるダスティン・バジョットがまだ来ていない』そうです。そして大変失礼ながら、先程のお話を耳にするに……」

 シンディさんがへなへなと座り込みそうになった。

「ダスティンの仕業ですか」

 グレアムくんが黙ってシンディ女史を見つめる。娘も静かに傍に控えていた。シンディさんはやがて大きく息を吸うと、ぴしっと姿勢を正してグレアムくんに告げた。

「騎士団に依頼します。ダスティン・バジョットを指名手配してください。彼は国の技術を悪用しました。重罪人です」

「承知しました」

 グレアムくんは黙礼するとそのままきびきびと下がり、騎士団本部へ連絡すべく動き出した。

「それで……それで……」

 シンディさんは口をパクパクさせた。

「本物の『ラ・ミア』もダスティンが?」

「その可能性はあります」

 この時、私は「おや?」と思った。娘にしては漠然とした物言いだったからだ。

 しかしそんな私の疑問をよそに、娘はシンディさんをじっと、鑑定するかのように見つめていた。やがてシンディさんは気を取り直してこう告げた。

「さすがの腕前としか言いようがありませんわ。本件の報酬はバグリーさんを通じて国から支払われるそうですが、私の方からも一口出させていただきます」

「嬉しいです」娘は静かに目を伏せた。シンディ女史は口元をきゅっと結んだ。

「人形の装飾品を調べればよいのですね。職員を総動員して調査します。本日は臨時休館ですね」

 シンディ女史が忙しく動き出した。娘と私はその背中と、せかせか動く大振りのお尻とを見つめていた。


 *


「お母さん」

 一晩を過ごした宿直室を出る直前、娘はいきなり私を呼び止めた。

「ファビオさんの複製魔法、お母さんも使える?」

「使えるわ」

 見くびらないで。これでも国家魔術師だったのよ。

 まぁ、でも、この姿じゃ。

「魔力を集めるのにちょっと時間がかかるけど、それなりに精巧なものが作れるわよ」

「ファビオさんの複製魔法って、内部機構まで複製できるの?」

本物オリジナルに近い場所にあればほぼ同等のものが作れるわよ」

 娘はそっか、と天井を見つめた。

「それとは別に、『オルゴール』の中も弄れる?」

「ものによるわね。複雑なものは弄れないだろうけど……どうして?」

 娘はにっこり笑った。

「シンディさんの声が出したいの」


 *


 昼下がり。

 とはいっても、ほとんど夕方、日も傾き始めた頃だった。

 臨時休館中の人形博物館の、職員専用口の前に娘はいた。肩にはもちろん、私がぶら下がっている。

 娘は私の中から小指の先くらいの箱を取り出した。私がファビオの複製魔法で作成したもの。音声再生の「オルゴール」だ。

「アペリオ」

 シンディ女史の声が「オルゴール」から発せられる。私の細工だ。複製した「オルゴール」を弄った。あの人形たちにつけられていた「オルゴール」の複製をとり、作り替えたのだ。

 私はがしたことは簡単だ。「オルゴール」に収納されていた「また会えるなら夕暮れ時に」の音声魔法の一部を編集し、違う文言を違う声色で再生するようにした。具体的にはシンディ女史の声で「アペリオ」とつぶやくように作り替えたのだ。

 つまりはシンディ女史の声紋を使って職員専用口を開けることになる。博物館への不法侵入だ。娘はどうやら何かを企んでいるらしい。足音を立てないように……それこそ猫のような足取りでそっと、博物館の職員通路の中を進んでいった。道中何度か人と出くわしたが、娘は特に隠れもせずに会釈のみしてすれ違った。おそらく娘が捜査のために博物館に来ていることは周知されているので、それを逆手にとって居直る作戦に出ているのだろう。

 娘が侵入の先に何を見据えているのかは敢えて聞かなかった。私自身、娘の手腕を見たかった、というのもある。

 そうして娘は、真っ直ぐ「研究室エリア」に歩いていった。壁にある避難経路をまとめた案内が役に立った。

 やがてある名前が書かれた研究室の前に行くと、娘は足を止めた。ドアにはこうあった。


〈メリィ・アマート〉

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