第13話 また会えるなら夕暮れ時に

 騎士団、と言っても、基本的な武器は銃か銃剣だ。剣や弓で戦争をする時代はとっくに終わっていて、セントクルスの周辺諸国でも戦闘においては銃火器を使うことが主になっている。魔法はほとんどの場合つかわれない。何故かと言うと、人を傷つける魔法は闇の魔法と呼ばれていて、これを使うにはかなり特殊な素質が必要になるからだ。魔法は術者の精神状態の表れでもあるので、「人を殺したい」「人を傷つけたい」と本心から願っている人間でない限り闇の魔法の行使は難しいのである。もちろん訓練によってこの精神状態を作ることは可能なのだが、では闇の魔法が使える魔法使いを十人集めるのと、十人の兵士を銃火器で武装させるのとどちらが簡単かと言われたら圧倒的に後者なのだ。

 そういうわけで、王室の警備を担う騎士団も主な武器は銃火器である。腰に下げた剣は「騎士団であること」「そして騎士団内での階級」を示すためのものとして扱われる。階級が進むほど剣が細くなり、剣であることを隠すようになる。両手剣、片手剣、刺突剣、仕込み剣、短剣、仕込み短剣、刺突短剣、そして騎士団長の証の順で偉くなっていく。騎士団長の証はどんな剣なのか、知っている人は少ないが、私が人間として生きていた頃聞いた話ではどうも魔法が絡んだ剣らしい。不可視の剣、伸縮する剣、炎や氷といった自然のものを刃にする剣、魔法というアプローチをすれば色々考えることはできるが、さすがに国家機密の一部だ。限られた人にしか分からない。

 新人騎士のグレアム・ウィンストンくんの腰にぶら下がった剣はそれは立派な剣だった。階級が低いことの表れである。おそらく騎士団から支給された拳銃も装備してはいるのだろうが、やはりどうしても剣の方に目が行ってしまう。

 彼にエスコートされて入ってきた女性、シンディ・マガフさんを観察してみる。よくよく見てみると、両手の爪の先が真っ黒で、割れている爪もある。機械弄り……すなわち人形や魔蓄を弄る手なのだろう。手だけ見れば少年技師のものと見間違える。女性らしい点、と言えば手にしていたハンドバッグだろうか。中に何が入っているかは分からないが、若草色のかわいらしいカバンだった。流行りのもの、というよりは長く愛用しているようなカバンだった。大人の女性、という雰囲気だ。

「お話はバグリー騎士団長より聞いていると思います」

 シンディさんは立ったまま凛と告げた。

「依頼があって参りました」

「どうぞそちらに」

 娘が椅子を勧める。

「座ってゆっくり話しましょう」

 シンディさんはどしんとお尻を椅子の上に乗せる。仕草に品はなかったが、しかしスタイルがいい。長い脚をすっと優雅に組んで、それから声を潜めて一言。

「呪いというものをご存知で?」

「呪いですか」

 娘が私の方に目をやる。どうも解説を望んでいるらしい。

「呪いとは、一般的な魔法学では『精神的手段を以て悪意のある現象を起こすこと』を指します」

 猫がいきなり話し始めたからだろう。シンディ女史は目を丸くした。

「母なんです。わけあってこの姿に」

 娘がにっこり笑うと、シンディ女史も心得たように「なるほど」とつぶやいた。私は喉を鳴らすと解説を続けた。

「呪いには大きく二種類。人間がかける呪いと、霊がかける呪い。さらに下位分類として、呪う対象が人なのか、物なのか、があります」

 するとさすが飲み込みが早いシンディ女史はすぐさま手を挙げた。

「私が推測するに『霊による物を対象とした呪い』だと思われます」

「それはどうして?」

 娘が訊くとシンディさんは背筋を伸ばした。

「私が館長を務める人形博物館は国の施設です。セキュリティは万全。外部からの不正な侵入は一切できません。それが物理的であれ、精神的であれ」

 つまりこの時点で人による犯行は棄却できます。

 そう、シンディさんは続ける。

「そして呪われている対象についてなのですが、当館の人形たちが呪われています」

「はぁ、人形たちが」

 娘がつぶやくとシンディさんは椅子から立ち上がった。それから徐に、ハンドバッグに手を入れると、ポケット版の辞書くらいの箱をひとつ取り出した。続けて小指の先ほどの水晶玉を取り出し、その箱の、側面にある穴にはめ込んだ。シンディ女史が箱の一面をとんとん、と二度叩くと、水晶のはまっている穴から光が細く発せられた。そのまま、光が天井に向かって照射される形で、箱を娘のデスクの上に置いた。

「このような状況です」

 シンディさんが箱を示すと、光の中にある光景が浮かび上がった。

 そこに映っていたのは、両手を合わせ、育ちのいいお嬢様のように小首を傾げた……人形。

『また会えるなら夕暮れ時に』

 人形がしゃべる。

『また会えるなら夕暮れ時に』

「これが呪いですか?」

 娘が訊くとシンディさんが答えた。

「この人形は会話を目的とした人形じゃありません。発声装置もなければ、音声を認識する機構さえない」

『また会えるなら夕暮れ時に』

 しかし人形は口を動かさないまましゃべり続ける。

『また会えるなら夕暮れ時に』

「館内にある全ての人形がこういう状況です。発声装置のあるなしに関わらず、このフレーズをしきりに繰り返すようになってしまいました。『また会えるなら夕暮れ時に』の大合唱……いえ、合唱ならまだしも、それぞれの人形がそれぞれのタイミングでこの文句を言い続けるものですから、建物中が大混乱です」

『また会えるなら夕暮れ時に』

「人形の内部に誰かが手を加えた可能性について検討しました。しかし調べてみても内部に異常はない。『オルゴール』の中でさえ正常そのもの。職員全員で、館内にある人形全てを分解して調べましたが、内部機構におかしいところはない。今のところ、この現象は全て『超自然的』現象になります」

「それで呪いだと……」

「当館は博物館です。入場料を払った人間なら入れますが、逆に言うと払わなければ入れません。そして入った人間については少なからず記録をとっています。魔蓄を用いた監視機構ですが、それなりの精度です。怪しい人物がいれば……つまり、短期間で何度も出入りしている、だとか、展示物に触れたりしている、だとかする人間がいればすぐに分かるようになっています。しかし今のところその機構に引っかかる人物はいない。『人間』という観点は除外できます。故に、『幽霊による』ものだと……」

 娘はちょっと考え込むような顔になると、すっと目線を上げてシンディ女史を見つめた。それから告げた。

「現場百篇と言いますし、一度伺ってもよろしいでしょうか。特に問題なければこれから馬車を呼びます」

 すると傍らに控えていた少年騎士が口を開いた。

「馬車なら外に待たせてあります」

「そうですか」

 娘がちょっと驚いたような顔で少年騎士を見る。

「それでは向かいましょうか」

 娘がキャスケット帽をかぶったので、私もポシェットに姿を変えた。変身した私のことを、シンディ女史はまたも驚いた目で見ていたが、すぐに気を取り直すと娘にくっついて事務所の外に出た。少年騎士はまたもエスコートしてくれて、ドアをすっと押さえてくれていた。

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