蠢く人形館
第12話 騎士団長からの斡旋
セントクルス連合王国は大きく四つの地域に分けられる。それぞれが東西南北に尖っていて、王国は地図上で見るとまさに十字架の形をしている。
北には首都ランドンを抱えるグリテン地域がある。この地域の人たちは手先が器用で、魔蓄の発明もグリテン出身のジェームズ・ラット氏によるものだった。魔蓄による技術革新はこの地域から始まったと言っても過言ではない。だから首都ランドンは右も左も魔蓄に溢れている。グリテン地域の人たちに魔法使いが生まれるのは稀だから、魔蓄による恩恵を受けている地域のひとつとも言えるかもしれない。
西と東にはそれぞれ西クランフ東クランフ地域がある。以前も話した通り、東クランフの人たちは魔法は使えないが頭がいい。東クランフの人々がセントクルスの法を作った。国の銀行などの運営もこの地域の人たちがやっている。政府高官になる人間もこの地域の人が多い。有名な大学や、研究機関なんかが置かれているのもこの地域。東クランフの人たちは研究熱心で、自分たちが使えない魔法の研究も行っている。国の発展に一役買っている地域とも言える。そして私の愛する夫の出身地。この地域をルーツに持つ人たちはオッドアイで、右目がエメラルド、左目がルビーの色になる。通称「真実を見る目」。
私の出身は西クランフ。古くから魔法使いが多く生まれる地域で、私も由緒正しき魔法使いの家系だった。私の故郷からも政府高官になる人間は多い。もちろん、魔術省など魔法に関わる分野での関与が主だ。魔法は社会の基盤。そして、その魔法を正確に、しかも倫理観に則って使うことができるのは私たちの地域の特徴だった。温和で、戦いを好まない民族性だからだ。西クランフにも有名な魔法使い学校が三つある。それぞれの出身校によって得意な魔法が異なる。私の出身はアギャット呪文学校。その名の通り、専門は呪文開発。私が人間として生きていた頃は、主に生活基盤に関わる魔法について開発していた。色々な意味で国の中枢を担う仕事だ。
そして最後、南端に位置するタロール地域。この地域も魔法使いが生まれる地域として有名。でも古くから漁業や貿易業で潤っていた地域だったから、対外折衝なんかが得意。昔から他所の国を侵略するか、あるいは侵略されるかという瀬戸際を生きてきた地域なので、ここの人たちは血気盛んでお祭り好き。タロール地域の出身者は国防関係の仕事に就くことが多い。セントクルス軍の六割がこの地域の出身者だとされている。民族性としては、とにかく明るく元気いっぱい。魔法の箒による「夜通しレース」で有名な地域だ。文字通り夜通し箒で駆け回るレース。最近は魔蓄によって強化された箒で走り回っているのでより派手になっているらしい。満月の夜を、爆音を放つ箒で突っ切るそうだ。
人形博物館はそんなセントクルス連合国の中央、十字架の結び目のところに位置していた。正確には中心よりやや北寄り、グリテン地域の近くだけれど、その理由のひとつに名前の通り、人形が関係していることがある。
魔蓄技術の最先端は、小型かつ他の魔蓄を圧倒する出力の箱、通称「オルゴール」と呼ばれるものの開発だ。指先くらいの箱の中に魔蓄技術の粋が集められ、様々な用途に用いられる。現時点では、グリテン地域北端の町、タルソからタロール地域の南端ジアイオタロルの貿易港までの距離を休むことなく走り切る出力を保つことが目標とされている。考えられない。指先程度の技術で国を縦断するのだ。
人形は、そんな「オルゴール」の開発には持ってこいだった。人の形をしているので様々な仕事をさせられる。等身大の人形から、テーブルの上に乗る人形まで、多様な大きさの人形に多様な仕事をさせる。その動力源として「オルゴール」を使うのだ。最終的には、人の代わりに全ての仕事を行う「機械従者」の開発が目標とされている。
人形博物館は、そんな「オルゴール」開発と人形技術が展示される博物館だった。国の最先端技術が公開されていると言っても過言ではない。セントクルス連合国の観光名所のひとつに数えられている。
娘の元に連絡があったのは、ある日の朝のことだった。女中のアンが手紙を持ってきた。
「お嬢様、バグリー様から手紙です」
バグリー、の名を聞いて私もテーブルの上に飛び乗る。娘がアンから受け取った手紙を丁寧に開封した。私は娘と顔を並べた。
王室指定の最上級の便箋に綴られた、殴り書きにも見えるやや形の崩れた文字。バグリーさんの字だわ。
〈前略。いかがお過ごしかな。私は来る女王選定に向けて女王候補の女子たちの警護を指揮している。君の噂は聞いているよ。この間はオストホフ銀行の開かずの間について調査したらしいじゃないか――〉
ああ、あの銀行の件ね。銀行の多くは東クランフ人が運営している。オストホフ銀行も然り。生粋の東クランフ人たちの中で娘が夫と同じ目で謎を解く……たまらなかったわ!
〈――探偵として大活躍している君に、紹介したい案件がある。人形博物館の館長からの依頼だ。本来なら……あの人形博物館だしね……私たち騎士団が調査に出るべきなのだが、生憎女王選定で人手が足りない。私的な人材派遣で国としても私としても不穏なのだが、しかし君なら上手くやってくれるだろう。人形博物館の館長が、この手紙が着く日の午後、君の事務所に行くことになっている。館長、および君の警護として、新人騎士一名を派遣した。グレアム・ウィンストンという少年騎士だ。君もそろそろ男の子に興味が出てくる年頃だろう? ――〉
余計なお世話だわ! 娘がどこぞの馬の骨とも知らない男子と……考えただけでゾッとする!
……まぁ、でも騎士団の男の子なら、ある意味身元も保証されているし将来も安泰なのかしら。問題は娘の知性に見合うだけの才能があるかということね。
〈――グレアムの警護で人形博物館館長、シンディ・マガフ女史が向かうことになっている。若手ながらに才能を認められ、人形博物館館長にして『オルゴール』技術開発官にも選ばれている秀才だ。きっと君とも話が合う。押しつけた仕事で悪いのだが、可及的速やかに問題を解決してほしい。報酬は君の口座に振り込んでおく……金額を見て驚くなよ? 向こう二年は贅沢に暮らせる額だ! いや、何、礼はいらない。君のお父さん、アウレールには世話になったからね。恩返しの一部だと思って受け取ってほしい。それに君はいつでも私の期待以上の仕事をしてくれる。さて、長くなったが手紙はこれで終わりだ。何か困ったことがあったらいつでもバグリーおじさんを頼りなさい。約束だよ。草々〉
そして、その手紙が届いた日の午後。
「失礼。近衛騎士団長バグリー・ウィルバーフォースより派遣されました。人形博物館長シンディ・マガフとその警備です」
少年に扉を開けさせて、事務所の中に入ってきたのは細渕眼鏡をかけた聡明そうな女性だった。決して尖った雰囲気はなく、むしろ男性一般が女性に期待する「母性」のようなものさえ感じさせる女性だったが、しかし肌の荒れた指や手の甲が「女性」を捨てて研究に打ち込んでいることを想像させるような人だった。彼女は娘と目が合うと会釈のつもりか目線を下げた。
そう、それから、シンディさんの後に入ってきた男の子。さっきドアを開けてシンディさんをエスコートしていた少年騎士。
栗毛の癖毛がかわいらしい少年だった。けれど「誰も信用しないぞ」とでも言っているかのような鋭い目つき。腰にはパリッとした剣を下げている。いかにも新人らしく、騎士団服もまだ新しい。そう、彼が。
バグリーさんが娘に紹介したい男の子、グレアム・ウィンストンだった。
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