第2話 亡霊騒ぎ
名刺とにらめっこをした私たちに向かって、アルフ・スキナーさんは告げた。
「機械屋敷はご存知ですか。ロースター街南のブラッセン通りをずっとずっと西に行った、住宅街の外れにある屋敷ですが……」
「聞いたことはあります」
娘が小さく答える。
「何でも、家具や内装の一切を魔蓄機械に置き換えた家なのだとか」
「その通りです」
「魔蓄石炭採掘機」
私は淡々と告げた。
「どんな道具なんですの? あいにく私たち機械については詳しくなくて……」
「それについてなんですが、少々私の事業について説明させてもらっても?」
娘が頷く。
「どうぞ。そこの椅子におかけになってください」
「では失敬して」
スキナーさんは娘に勧められた椅子に腰かける。それから、首を傾げながらつぶやいた。
「一応関係性をうかがっても? そこの猫さんは……」
「この子の母です」私はハッキリと告げた。
「訳あって、猫になっております」
「おや、魔法使いのお母様ですか」
スキナー氏が目を丸くする。
「ということは、お嬢様も……?」
娘が首を横に振る。
「あ、いえ。私は父に似たので、魔法は使えません」
娘は私の夫、アウレールの血が濃いのか魔法が使えない。そもそも代々、東クランフの人からは魔法使いが生まれない。代わりにあの地方の人は知能が高いので、国の法律を作る際に大いに役立ったそうだ。今もセントクルス連合国は東クランフで定められた法律で動いている。
娘が魔法使いでないと知ると、がっかりしたのかほっとしたのか、スキナー氏は小さなため息をついた。それから静かに、自身の事業について話し始めた。
「魔蓄の用途のひとつに、『魔力を蓄える装置』というものがあります。魔力は空気中にあるエネルギーのことで、お母様のような魔法使いはこれを自然と集め、行使できる才能を持った人たちです。我々のようなそういう才能を持たない人たちは、人為的に空中の魔力を集める必要があります。その装置として使われるのが魔蓄です。
「手短にお願いしますわ」
私が口を挟むとスキナーさんは気まずそうに笑った。
「いやいや失礼。まぁとにかく、魔蓄の用途のひとつは魔力を蓄えること。そしてもうひとつの用途が……」
「魔法の再現装置」
娘がつぶやく。
「例えば浮遊の魔法を魔蓄に保存し、再現することで誰でも空が飛べるようになる。それを応用して飛行艇なんかが作られる」
「おっしゃる通り」
スキナーさんは嬉しそうに頷く。私はそっぽを向く。
「それくらいの話なら私だって分かっておりますわ。私自身がその魔蓄ですもの」
「おや、お母様は魔蓄で動いておいでで」
すると娘が困ったように笑った。
「病気で体が……。でも私のために延命の魔法を使ってこういう風に。今は猫ですけど、これも変身魔法で、魔蓄に蓄えた魔法なんです。元の姿はカバン。無機物なので、動力源に魔蓄が必要なんです。動力源としての魔蓄、魔法再現装置としての魔蓄、母は双方使ってます」
「なるほど、それはそれは。私は魔法使いの血筋ではないので、魔法には詳しくないのですが……」
「ご用件をお話ししていただけるかしら?」
私が再び急かすと、スキナーさんは参ったように自らの頭を撫でた。
「とにかく、私は魔蓄の二番目の用途、『魔法の再現装置』としての魔蓄の生産に関わっています。再現装置としての魔蓄は形状や機構などを細かく決める必要がありまして、その設計なんかもしています。石炭の熱で鉄を打って、専用の器を作りその中に魔蓄を。そんな魔蓄を改良する過程で生まれたものが『魔蓄石炭採掘機』です。要は私共、自前で材料をとってくる道具屋でして、『魔蓄石炭採掘機による石炭の採掘』と『採掘した石炭による魔蓄の製造』の両方を行っております。娘さんのおっしゃったような飛行艇の浮遊装置にも関わったことがあります」
で、本題なんですが……。と、スキナーさんは声を潜める。
「亡霊騒ぎなんかを扱ったことはおありでしょうか?」
「亡霊騒ぎ」
娘が繰り返すとスキナー氏は小さく頷き娘の方をしっかり見た。
「機械屋敷に亡霊が出まして……」
それからスキナー氏が語ったことは以下のような内容だった。
機械屋敷はさる貴族ソーウェル家から買い取った屋敷を改造して作られたものらしい。歴史のある建造物だったがいささか不便で機械化を進めたところ住みよくなったそうだ。だが屋敷の機械化が完全に済んだ半年ほど前から、奇妙な出来事が起こるようになったらしい。
まずスキナー氏の娘、フレデリーカさんがおかしくなった。友人宅に遊びに行くために馬車を用意したのだが待てど暮らせどポーチにやってこない。しびれを切らした執事がフレデリーカさんの部屋に行くと、彼女はまさに今目を覚ましたばかりという体で「ベッドが浮いていて降りられない夢を見てて……」などと宣ったそうだ。そんなことが度々。
次にボヤ騒ぎがいくつか。廊下に飾られていた絵がひとりでに燃えたそうだ。
さらに娯楽室にある石像が勝手に動き、魔蓄で作られた特殊な家具が女中の目の前で破裂したらしい。
立て続けにそういう事態が起こったので、少し調査を、という話になり、首都ランドンでも有名な探偵である我が娘のところに話を持っていく運びとなったらしい。
「ご他言無用でお願いします」
スキナー氏がそう頼み込むと、娘はキャスケット帽についている鍵のブローチを手に取り頷いた。
「心に鍵をかけますのでご安心を」
それから娘は、ハッキリとした声で詠唱した。
「アルフ・スキナー氏との間に結んだ全ての契約内容に対する守秘義務を負う。氏と氏が認める関係者以外に契約内容を漏洩しない」
それから娘は、手にした鍵の先端をこめかみにぐっと差し込んだ。あれは私が用意した魔法の鍵で、人の心の扉に作用する。今娘がやったみたいにこめかみに鍵を差し込み捻ると施錠。解錠したい時は鳩尾の辺りに鍵を差し込んで捻ればいい。
娘はアルフ・スキナーとの間に結んだ契約を誰にも言わないよう、心に鍵をかけた。私が施した魔法だ。簡単には破られない。
まぁ、もっとも、人の依頼に首を突っ込みたがる人間なんていない。いきなりこの事務所にやってきて、「今し方ここで依頼をしていった人間の依頼内容を聞きたいんですが」なんて言う人がいるわけ……。
「あのっ」
しかしスキナー氏が帰ったすぐ後。
ノックと開扉がほぼ同時だった。入ってきたのは娘と同じくらいの、年端もいかない女の子だった。
「さっきこの事務所から出ていった人の話が聞きたいんですが!」
真紅のスポーティなドレス。散歩用の裾をたくし上げたようなドレスだ。物はいいが少し前の流行。腕の辺りのフレアがここ五年前に流行ったデザインを想起させる。
「はあ」
娘は気の抜けた返事をした。今入ってきたこの子と比べるとうちの娘の何と洗練されたことか! ラベンダー色のワンピースにブルーのリボン。かわいらしいこと。ほほ。
「私、エノーラ・ソーウェルと申します」
膝を折って挨拶。やっぱりどこか流行遅れの印象が否めない。しかしそんな時代遅れ娘は驚きの一言を発した。
「機械屋敷の前当主……マヌエル・ソーウェルの娘です」
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