コピーライターの日
~ 一月二十八日(金)
コピーライターの日 ~
※
川に杯を浮かべ、それが自分の前を
通り過ぎる前に詩歌を作って杯を
飲み干す遊び。
誰もがお互いに狭き門を目指すライバルであり。
誰もがお互いに相手を蹴落とすよう教わった。
そんな、超進学校で一人ぼっちの中学生活を過ごした俺には。
考えられないていたらく。
「どうしてそこまで勉強したがらねえんだよ!」
「大丈夫だって、明日からで!」
真面目に参考書を読んでいたかと思えば。
背表紙だけすり替えて中身はマンガ。
まるで勉強しやがらねえ凜々花が、ちょっとはやる気になる作戦。
それは隣に秋乃を座らせることなんだけど。
残念なことに。
今日はその作戦を使えねえ。
「こ、こっちはまた今度でもいいよ?」
「ああすまん。すぐに行くから準備して待っててくれ」
キッチンから、困り顔とエプロンが同時に顔を出す。
そんな生徒の名前は
いくつもの課題が積み重なる俺の背中。
一つの積み荷を降ろす数少ない機会だ。
今日はなんとか凜々花に勉強させて。
お前には頼まれてたチョコづくりを教えてやろうと思っているんだが。
とは言え。
こいつにどうやって勉強させたものか
「目的とかあったらやる気出るのかな」
そう、独り言してはみたけれど。
こいつの将来の夢って。
歌って踊れるマグロ一本釣り漁師だったっけ。
でもこいつ。
秋乃なみに飽きっぽいからな。
ひょっとして、もう変わってるのかもしれん。
ちょっと聞いてみようかな。
「お前、将来何になりたいんだっけ?」
「なりたい職業?」
「そう」
「タイプライター」
「…………ガスライター、パラグライダー、シンガーソングライター、ウオータースライダー、コピーライター」
「それ!」
それ、じゃねえよ。
なりたいんだったらちゃんと覚えろ。
しかしこいつを使わない手はねえな。
ちょいとテストして、褒め称えつつ、天狗の鼻を少し削ってやることにしよう。
「お前がコピーライターね」
「そうなんよ! 昨日さ? 将来なりたいものって授業があって、そこで才能を発掘されちまったんよ、先生に!」
「脈略が分からんが。ひょっとして、将来なりたい職業にキャッチコピーでも付けたのか?」
「そのとおり!」
「どんなんだよ。 聞かせてみろ」
凜々花がつけるキャッチコピー。
絶対に意味不明だと思う。
だからきっと、先生は。
面倒だから、ていよく褒めて黙らせたんじゃなかろうか。
そんな想像をしていた俺を見据えて。
鼻高々に椅子から立ち上がった凜々花は。
案の定。
理解不能なことを言い始めた。
「『炎の中から、二度蘇る!!』」
「…………フェニックスは職業じゃねえ」
よしんば仕事だったとして。
誰が給料払ってるんだよ。
予想が的中したことに、頭を抱える俺に対して。
容赦のない追い打ちをかけて来る凜々花。
「フェニックスじゃねえよ?」
「それ以外に二度炎に焼かれる職業なんかねえだろ、言ってみろ」
「食パン」
「どう突っ込んだら正解なのか教えていただけますか?」
将来なりたいものは? って聞かれて。
そう答えて周りをほっこりさせることができるのは幼稚園まで。
中学三年生がそんなこと言ったら。
たんこぶできてないか確認されるわ。
「……まあいいや。でもな? コピーライターになるにはそれ相応の語彙力が必要になるんだよ」
「劉璋軍?」
「なんで秋乃の影響でお前まで三国志に詳しくなってんだ?」
「テストで出たら余裕!」
「出ねえから。それに、コピーライターとして飯を食うにはかなりの学歴が必要なんだぞ?」
「そなの?」
「チャンスと巡り合わせが必要な仕事だろうからな。高額の広告を扱うような機会を得るには、高学歴の人間が集まる世界に身を置かないと無理だろう」
「…………社交界デビュー的な?」
「まあ、そんなとこだ」
いい加減な理屈だが。
凜々花には効果があったようで。
黙々と勉強を開始したから。
まあ、良しとしよう。
それにしても。
セレブな世界を称して社交界デビューって。
こいつにはひょっとして。
ほんとにそういう才能あるやもしれん。
とにかく、こっちは片付いた。
もう一つの問題にとりかかろう。
俺は静かに席を立って。
柱の陰からいつまでも俺たちの様子を覗き見ていたエプロンに声をかけた。
「……家政婦か」
「『我が家の殺人事件、目撃してみませんか?』」
「お前まで職業キャッチコピーで遊ぶな」
なんだよ我が家の殺人事件って。
家政婦希望者より前にポリスが応募してくるわ。
頼んでおいた準備もせずに。
まるきりサボってやがって。
しかし、今更になるが。
改めて確認しておかねばなるまいな。
「なんでチョコづくり教えろとか言い出した。みんなで作ることになってたろ?」
「み、みんなで作ることになってるからお願いしてる……」
……ああ、なるほど。
手際が悪いとか、恥をかきたくないって事ね。
合点はいったが納得はいかない。
そんな思いを嫌味に乗せて。
「で? そのチョコ、誰にあげるんでしたっけ?」
「た、立哉君……」
伝えた言葉が。
最後にはため息に変わるのだった。
「なんだろうなあ、この不条理。蓋を開ける前に中身が丸見えだ」
「サプライズポイントをすべてつぶしていくスタイル」
「教えてないもんが出てきたら、びっくりするより不安の方が大きくなる」
「なるほど、そんなサプライズの形が……」
「やめい」
今日何度目かのため息と共に。
俺も腰にエプロンを結んで秋乃の隣に並ぶ。
本来なら幸せを感じるようなシチュエーションも。
今日はただただむなしいだけ。
「で? 何を教えればいいの?」
「立哉君が食べたい物作るんだから、あたしが分かるはずない……」
「…………ああ、そう」
「うん。そう」
「で? 準備しろって言っておいたはずだけど。材料は?」
「同上」
「うはははははははははははは!!!」
……今日の笑いは。
ただのやけっぱち。
俺は、秋乃に凜々花と一緒に勉強するよう命じてから。
『王子くんに、自分の分まで作ってもらうには?』
というタイトルのレジュメをまとめることにした。
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