愛妻の日
~ 一月三十一日(木) 愛妻の日 ~
※
妻をめとらず、俗世を離れて
気ままに暮らすこと。
皆で集まって。
チョコを作る時に。
恥ずかしい思いをしないために。
事前に練習しておきたいというこいつは
そして、そんな秋乃に見守られてないと。
まるでやる気を出さないこいつは凜々花。
二人の面倒を同時にみる事が。
これほどの重労働だとは思わなかった。
「教科書、三回読めって言ったよな? 未だに一回目も読み終えてねえようだけど」
「でもいいペースで来たよ? もうすぐフランス革命! 文明開化の日は近い!」
「た、立哉君……。チョコ、まるで削れない……」
「そのうちコツ掴めるから。諦めんな」
ダイニングで勉強する凜々花と。
キッチンにいる秋乃のちょうど中間点。
俺は、双方に目配せできるあたりに突っ立って。
首を左右に扇風機。
「ほれ、ペース上げろよ、マリー・アントワネット」
「パン食い尽くしちまったから、おにぎり食べればいいじゃない?」
「良いわけあるか。これ以上食ったら寝ちまうだろうが」
「た、立哉君。いいサイズに切れたけど、これくらいでいい?」
「その手に持ってるおにぎり大のチョコが、お前にとってどういいサイズなのか説明してもらおうか」
勉強のお供にと、秋乃が買って来たコロネ。
凜々花があっとという間に二つ食っちまってるけど。
一つは絶対自分用だ。
バレたら大騒ぎになる。
しょうがねえから、まずは秋乃の方を集中的に教えて。
コロネのことを忘れさせてしまおう。
「遊んでるんじゃないよ。湯煎は上手くいってるのか?」
「そ、それがね? いい事思い付いて……」
「…………いいこと?」
一体何を思い付いたのやら。
不穏な言葉を発する秋乃の手元。
まな板の上に置かれているのは。
どう見ても市販の板チョコ。
「あれ? ブロックチョコ削って湯煎してたんじゃなかったのか?」
「そ、それがまるで溶けなくて……」
「そうな。鍋の中に見える塊が溶けきるとは思えんな、俺には」
削るのめんどうになったんだな。
で? なにを思い付いたんだ?
「でね? 一旦溶かして型に入れて固めるという工程をショートカット」
「ショートカットしたらどうなった?」
「こうなりました……」
「買って来たの?」
「ううん? 百パー手作り」
「削り出したの!?」
えっへんと胸を張る秋乃の手に握られているのは彫刻刀。
感心と呆れが双方向から押し寄せてきて。
なんて声をかけたらいいのかよく分からん。
「いや、見事な作品ではあるが……」
「自信作」
「そこまで巨大なブロック、袋に入ってなかったろ?」
帰りに買った割りチョコの袋。
それなり加工しやすい小割りの物を選んだつもりだったんだけど。
一体、どんな魔法を使ったのかと板チョコを受け取ってみれば。
至る所に接合跡が見て取れる。
「合体させたんだ。すげえな、さすがは工作の天才」
「ううん? あたしは削っただけだから。本当に凄いのは、綺麗にくっ付くこの瞬間接着剤……」
「飲み込んだ場合は医師に相談しなきゃならんだろがい!」
ああもう、食い物になんてことすんだお前は!
ほんとすげえよ。
さすがはバカの天才。
「ちょ、ちょっと刺激的なフレーバーになった……」
「グダグダ言ってないで。ごめんなさいする部分ができるだけ少なくなるように包丁入れろ」
「ねえおにい!」
「今度はそっちか。どうした?」
「いつまで読んでもオスカルが出てこねえ」
「出ねえよ」
「アンドレは出て来たけど……」
「うそだろ!?」
バカなことを言い出す凜々花の方に首を向けてみれば。
「た、立哉君。お湯がボコボコ熱くて、ボウル入れられない……」
「いったん火を止めろ!」
今度は秋乃に泣きつかれて再びキッチン方向へ。
「おにい! 牢獄がどこにも見つからないんだけど、フランスのどのあたり?」
「パリだよ! ど真ん中よりちょっと北辺り!」
「この辺か? えっと、アルカトラズ、アルカトラズ……」
「バスティーユだ!」
「ねえ立哉君。このヘラ使いにくい……」
「しゃもじだから当然だろうね! ヘラは引き出しの中!」
ああもう!
二人で俺を取り合うんじゃねえよ!
左右に首振りすぎて。
なんだかくらくらして来たじゃねえか!
「なあおにい!」
「ねえ立哉君」
「うるせえ! ちょっとは自分で考えろ!」
「第三身分代表が誓ったのが?」
「生クリーム!」
「この後、何を加えるの……?」
「球戯場の誓い!」
きょとんとしてるんじゃねえよ!
あと、いちいち俺に聞くな!
「じゃあ、フランス革命戦争の時に活躍したのが……」
「バニラエッセンス!」
「チョコに何か入れようかな……」
「ナポレオン!」
ああもう、倒れそう!
ほんとに眩暈がして来た!
耐え切れなくなった俺が、椅子に崩れ落ちると。
二人は慈愛の目を向けて来た。
「悪かった。ちゃんと自分で勉強すっから、落ち着け、おにい」
「ご、ごめんね?」
「……分かればいい。ちょっと休むから、分からんとこだけ頼ってくれ」
「おう、まかしとき! 舞浜ちゃん、頑張ろうね!」
「うん……。がんばろう」
「おにいは安心して、舞浜ちゃんが作ってくれる愛妻料理に期待しててね!」
「立哉君は安心して、凜々花ちゃんが
「うはははははははははははは!!! 曖昧に勉強してどうする!」
そんな二人の宣言通り。
後は俺の手を借りずに一生懸命自分で課題をこなしてくれて。
二時間後には。
素晴らしい成果を報告してくれた。
「よっしゃ! 一通り読み終わったぜ!」
「よく頑張ったな」
「こ、こっちもできた……」
「どれどれ。ほう、見た目はかなりいい……? うわっ!? 酒くさっ!!! 何入れたんだよお前!」
「だ、だって立哉君がこれ入れてって言ったから……」
そう言う秋乃が手にしてるのは。
親父、秘蔵のブランデー。
「そんなの言った覚えねえぞ!?」
「言った……」
「言ってたよ、おにい」
「言ってねえ!」
「言った」
「言ってたよ?」
「言ってねえ!」
――そして、二人のためにと戦った英雄は。
最後には民衆と意見が合わなくなり。
セントヘレナへ流された。
「……先輩には、手土産くらい持ってくるものだと思うぞ、立哉さん」
「くそう。また左遷された……」
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