第25話


 それから暫く経ってから、戻ってきた執事服の男性に、少し大きめの紙袋を手渡され、その際に手紙だけは密かに渡されていた。


「頼みましたよ。報酬は前払いとして入っておりますので」


「はい」

「あっ、あのっ!良く分かりませんが、ありがとうございます」


 老骨の圧を明桜が受けている所に、ユア近寄りお礼を言った事で解放され、明桜は可能な限り自然体を装いユアを連れて店を出ていた。


「はぁああ‥」


「アオ大丈夫?変だよ」


「ぁあ変だ‥俺は」


(あの老骨、俺を緊張させようとしてたな‥)


「帰ろうか、あんまり遅いとトガリが、変な気を回して飛び出して来ないとも限らないし」


「一度は、あっても良いんだけどね」


「トガリ次第だな」


「だね」


 ユアと一緒に詰所に着いた頃には、日は完全に沈み、通り沿いに置かれた街灯が綺麗なオレンジ色の光を出し、石畳の道を照らしていた。


「あ、ユアごめん。俺ちょっと買い忘れた物あるから、急いで行ってくるな」


「えっ私も行くよ」


「いや、一人で大丈夫だから、寂しがってそうなトガリと待ってて、ご飯は先に食べて良いから」


「あっちょっと!」


 ユアの了承を待たずに走り出し、明桜は一人で、夜の人混みに紛れ込んでいた。


(さてと、この厄介な手紙を早く手放してしまおう)


 しかし大通りを進む、明桜の足取りは決して軽いものでは無く、意識を周りに向け、残された思考はこれから会う武器屋の店主が、あのぶっきらぼうの王都の店主と違うのか、どんな人物なのか想像して予測をするのに精一杯だったからだ。


(似たような人物でも、正反対でも嬉しくは無いな。せめて普通であってくれ)


 そして店に着いた明桜が扉を開け、中に入った、最初のやり取りは。


「すいませ~ん、店主さん居ます、でしょうか‥」


 失敗に終わっていた。


 全くと言って良い程に同じ作りの建物だが、店の奥にあるカウンターには誰も居らず、その横にある扉が開く気配も無かった。


(流石に手渡し以外で、この手紙を置いて行くのはな‥)


 意を決した明桜は進み、カウンター横の扉を叩いていた。


 中から返事などは返ってこないものの、近づいて分かったが、扉の向こうからは微かに物音がしていた。


(立て札や張り紙らしきものは無いッ!なら侵入罪は適応されない筈だから行くんだ!)


 まさに成るように成れと、明桜は扉を普通に開けていた。


「あっ」


「え‥‥」


(やはり扉を、安易に開けてるんじゃ無かった)


 そう思った時には既に遅く、扉を開けた先の部屋には、防具らしき物に着替えている途中の赤髪の少女が、下は革製らしきズボンを着用し、上半身は下着姿のまま硬直していた。


「い――やぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ……‥」


「わぁあ―すいませんッ」


 急いで扉を閉めたものの、扉を振動させる悲鳴が轟、血の気が引いて行くのを感じ明桜は立ち尽くしていた。


(ヤバいヤバい、どうしよう。事故だけど、事故で片付く場合とそうで無い場合があるが、これは何方かといえば後者よりだぞッ、こんなの向こうの供述で一転二転するのは間違いない)


「おい、坊主てめぇ、そんな所で何してる」


 不意に話し掛けられ横を見れば、壁沿いの棚が動いており、その場所に現れていた階段から下りて来たのか、130cm程の無精髭の男性の鋭い目が明桜に向けられていた。


(ドワーフだ…って今はそんな場合じゃ―)


 真横の扉が物凄い勢いで開き、開いた扉が壁にぶつかり音を大きな音を出し、扉を開けたであろう赤髪の少女が、鎧を完璧に身に着け剣を携えながら、開いた扉の向こうに、鬼の形相で立っていた。


(まずい、殺される)


 少女が剣を振り上げ、大きく後ろから振りかぶっていた。


「よくもぉぉおッ――ん?」


 振りかぶった剣は、ガっと音を立てながら、上の小壁に食い込み止まっていた。


「馬鹿者がッぁあ!店を壊す奴があるかッ」


 鼓膜を破りそうな怒号が店中に響き、立ち尽くしていた俺は耳を抑え、剣を振るっていた少女は逆に硬直しきっていた。


「師匠違うくて、これは此奴が悪いんだっ、此奴が私が着替えてる時に入ってきて‥それで」


「待って下さい、声を出しても、扉を叩いても返事が無くて、それで仕方なく‥」


「えぇぇいッ黙らんかッ!はぁ‥ようは、チカが工房で着替えてる時に、その坊主が入って来たって事だな?チカ」


「はい、そうです‥」


 そう答えた少女は、明桜の方を向き、睨んでいた。


「すまんかったの坊主、怒鳴って」


「え‥」


 突然の謝罪に意表を突かれ明桜は、まともに返事を返せず、思考を回して明桜が話すよりも先に、無精髭の男性が話し出していた。


「おいチカっお前は何度言ったら分かるんだッ!工房で着替えるなって言ってるだろ!それなのに見られたら騒ぐってテメェ、仕事舐めてんなら追い出すぞッ」


 謝られ自分に言われて無いと、分かっている明桜ですら息の止まる叱責が、赤髪の少女に向けられていた。


「すいません‥だから、追い出さないでください。お願いします」


「ならさっさと、作業に戻るんだな」


「はい…‥」

 

 扉を閉め少女は静かに戻っていき、閉める最中に明桜にだけ見える角度で、明桜の事を睨んでいたのを、明桜がとやかく言う事は無かった。


「それで坊主、何のようだ?」


「あ‥はい、実は」


(あれ、名前聞いて無い…‥)


「どうした」


「ここの道沿いにある服屋の執事服の男性から、手紙を渡して欲しいとの事でお預かりしてます。どうぞ」


 小包なら躊躇われるが、手紙に封蝋がある事を思い出した明桜は、迷うこと無く手紙を手渡していた。


「そうか。有難うな」


「では失礼します。確かに手紙はお渡ししました」


「あぁ、またな」


「ん?はい、失礼します」


 引っ掛かりを覚えながらも、また少女とのトラブルが起こる前にと、店から出た明桜は、帰路についていた。


 











 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る