第19話.


 子供と変わらない質量、それでいて大人並の筋力を持つゴブリンが、明桜達より先に体力が尽きる筈は無く、身体は軽く筋力的には余力を残している為、ゴブリンに疲れた様子は見受けれなかった。


「俺達戻れてるんだよな!?」


「はぁ..あぁ、多分‥な」


「トガリ、ゴブリンは?」


「いるいるいるよッ離れるどころか近づいてるって!」


(なんでトガリはそんなに余裕があるんだよ‥理不尽だ)


 ユア先頭を走り、大回りで森の中を進み、罠があるであろう所に戻ろうとしていた、しかし魔物に追われる極限状態の中、ただでさせ目印が少ない森で明桜にはそれが判断出来ないでいた。


「止まってぇ―」


 先頭を走るユアが急停止しするが、考え事をしていた明桜と、最後尾を走るトガリは反応が遅れ、明桜がユアに接触しトガリがその二人を押し出す感じで衝突した。


「押さなッ――いやぁぁあああああああ!!!!!」

「崖ッ!?ちょッ―」

「うぁっああぁあぁあああぁあッ」


 足場を失った三人は、重力に逆らえないまま真っ逆さまに落ち、透き通るけど底は見えない薄暗く青い水面が視界に広がり、水が絶え間なく落ちる滝の音が響く中でそれをかき消すかの様な着水音と共に水面を突き破った。


「ぐぁッはぁぁ、はぁぁ、はああ、はぁ。水?おいトガリ、ユア、大丈夫か‥?」


 落下した場所が崖ではなく滝壺だった事を自覚する前に、明桜は息を整えるより先に周りを見渡していた。


「おい、トガリッ、ユア!」


(泳げない‥‥)


「二人もかっ、く――」


「はぁあッ―はぁぁはぁはぁ、はぁはぁはぁはぁぁ」


「ユア大丈夫か!?」


「ぁ、ぅん。私は大丈夫・・・トガリは?」


「まだ見てない、彼奴泳ぎは」


「私より上手―」


 ユアの言葉を最後まで聞かず、明桜は直ぐに滝壺に潜り。明桜がトガリを連れて滝壺から浮かんできたのは、数十秒程経ってからだった。


「はぁぁ..すま..んっ。足、挫いたみたいだ」


「気にするな、それよりも上がるぞ。ユア行けるか」


「うん」


「すまねぇ」


「謝るなら、手ぐらい動かせ」


「はは、容赦ねぇな...」


「ほら、上げるぞ」


「おう」


 トガリを先に水から出してから明桜がそれに続き、ユアを引き上げる。


「ユア、ここの川を下るとどこに繋がるか分かるか?」


「ごめんアオ、川があるなんて知らなかった」


「わかった有難う。それじゃ何処に辿り着くか分からないが、下りるけど良いよな?」


「あぁ、でもごめん、アオ。俺の事は置いて行ってくれ」


「何言ってるんだよトガリ」

「そうよあんた何言ってるか分かってるの!?」


「こうして地面に着いてから分かったんだけど、左足が全く動かないんだよ。こんなんじゃ走れないし、歩けもしねぇ」


 左足が変な方に少し曲がり、ぐったりと横たわるのを見て、ようやく二人ともトガリの怪我がかなり酷い事を知り、直ぐには言葉が出てこなかった。


「だからよ、アオ、ねえちゃんを連れて行ってくれ」


「トガリ」


「いやよ、私は行かないからね」


「なんでだよ、普通に考えたら此処にずっと居る方が不味い事だってねえちゃんなら分かるだろ」


「そうだな」


「すまん、アオ頼む」


「何をだ?トガリも一緒に行くんだぞ」


「なんでだよ!」


(お前には言われたくないわ)


 トガリが叫び、明桜とユアの二人が苦笑いをするのでトガリがまた声を荒げた。


「二人共おかしいだろ!なんでだよ‥」


「弟を見捨てて逃げる姉が何処に居るのよ」


「安心しろトガリ、俺の理由はもう少しましだ」


「なんだよ」


「餌を持ってる方が、いざとなったら時間が稼げるだろ?」


「お前なぁ、そういうのは言うなよな」


「運んでやるんだ、いざとなったら役にたて」


「言われなくたって、そうするぜ。足手纏のまま死ぬのは嫌だ」


「さて、陽が沈むまでに少しでも川を下るか」


「おう」

「うん」


 明桜がトガリの左側を支えながら、三人はゆっくりと川沿いに歩き始めた。


「追われないから全然気楽でいいな」


「俺は疲れるんだが?」


「アオが決めたんだろ、頑張ってくれよ」


「途中で捨てようかな」


「おいぃ、俺は物か!最後まで、いや。魔物と遭うまでは運んでくれよな」


「冗談だよ」


「ごめんねアオ、やっぱり私も代わるよ」


「いや良い、それよりユアは周りをちゃんと見てて欲しい。俺よりは森について詳しいからな」


「わかった。でも、いつでも言ってね、直ぐに代わるから」


「あぁ」


 トガリが身体を自由に動かせない今、ユアが先頭を歩き、森の些細な変化を感じ取ってもらう他無く、トガリと明桜は自然と3m程離れた位置を保って付いて行っていた、これはユアが止まったり、周りを見渡したり、動き回ってもぶつからないように自然と出来た距離だ。


「なぁ、アオ」


「なんだ」


 急にトガリが小声で話かけて来たので明桜も小声で返す。


「ねぇちゃん何だかアオにだけ優しくないか?」


「気のせいだろ」


「絶対そうだって、だって俺にはあんなにきついのに、アオに言う時だけ優しいじゃん、俺あんなねえちゃん滅多に見ねぇぜ?」


「弟の無鉄砲さを心配して、強く言ってるだけだ、俺だってトガリの危なっかしい所に肝冷やされるのに、姉からすれば更に心配だろうな」


「俺ってそんなにやばいのか?」


「先が思いやられるぐらいにはな」


「すまん」


「謝るなよ、確かに心配させられる事は多いが、パーティーとして考えたら一番活躍してるのは間違いなくトガリだ、こっちこそ悪かったな、まさかゴブリン相手にこんな事になるなんて」


「それだってアオは悪くねぇだろ、俺達にゴブリンはまだ早かったって事だろ」


「そうだよな」


(本当にそうだ、スライムすら単体で勝てない俺達がゴブリンってのは、幾ら何でもおかしすぎる。対峙して思ったが、あれはスライムの1対1を勝てる奴らがパーティーを組んでどうにか成る相手であって、それを俺達がってのは不可能だ。スアさんも浮かない顔してたしな、誰かに命令されて言わされたとかか、だとしたらトガリとユアを買おうとした奴かな)


「災難だな」


「あぁ全くだぜ」


 周りの警戒をユアに任せた明桜が考えに浸り、不意に漏れた言葉にトガリが返すのだったが、明桜は気にもせずひたすら考えるのだった。





 



















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