第3話.王都

「それで出来ればあなたの名前を教えて頂けると良いのですが」


明桜あお


「明桜さんですね、教えていただき有難うございます」


 ユティナが頷いているのと殆ど変わらない角度で、頭を下げながら言葉を発しているが俯いている明桜には分からない事だった。


「明桜さん。こんな所にいつまでも居ては危険です、出ますよ」


 明桜が放心状態で座り込んでいると、急にユティナが明桜の手を掴み立ち上がり、強く引くと言っても少女の力なんて大した事は無いが、明桜の身体はそれに合わせる様にして立ち上がり、ユティナの後を付いて行く様に森を歩き出した。


「どこに…」


「良いから歩いてください、それと出来れば目を瞑るか下だけを見ててください」


 目を瞑って歩く、そんな怖い事が出来る筈は無く、明桜は黙って自分の足と、次に踏みつける地点のみを見るようにして歩いた。


 歩いても歩いても変わる事の無い似たような地面、それが数分以上歩き、ふと気がつくと地面にびっしりと有った芝生の様な緑は無くなり、石畳の上に自分が立っている事に気がついたのだった。


「上を見ても大丈夫ですよ」


 言われてしまえば、自分が今どこに居るのか直ぐに確認したくなるものだ、明桜は直ぐに顔を上げ、空から降り注ぐ光が強く目を細めながら視線を前に向けた。


「え?何処だよ…」


「此処は王都です」


「いや、そういう訳じゃ…」


 視線を向けた先に見えるのは中世の時代にあったであろう、石や木を使って出来たであろう3階から4階ぐらいの建物が間隔を殆ど空けず作られており、道は石畳が綺麗に作られていた。


「姫様!こんな所におられましたかッ」


「ぁぅ、見つかってしまいましたか、明桜さんお別れです、私と会った事は内緒にしてた方が良いですよ、後は私から騎士に報告しておきますから、お元気で」


「え、あっ―…‥」


 訳の分からないままユティナは騎士の居る方に駆けて行き、言葉を発しようとした時には既に大声を出さなければ届きそうに無い距離だった為に、自分の状況すら正確に把握出来ていない、明桜が無闇に大声を出す事は無かった。


 やがて考え事をしていた明桜の元に、一人の騎士が近づき話しかけて来た。


「君が明桜くんだね?」


「はい」


 騎士はシルバーに輝く鎧をしているが、動きづらそうな印象は無く、兜をしてない為に整った顔立ちの優しそうな若い男性だった。


「ユティナ様から話は聞いているよ、君をギルドに連れて行くようにってね」


「え、ギルド?」


「まぁ、着いたら分かるよ」


(いや、え。ギルド?確かにいつかは行かないと行けないだろうし、場所を教えてくれるのは有り難い。けど、説明も無いまま連れて行かれて、じゃ後は勝手に頑張れ的な流れか?!)


「あの、すいません。ギルドってどんな所なんですか?」


「そんなに心配しなくても大丈夫だから、歩いて歩いて」


 騎士に問いかけてみたが正確な返答は無く、着いたら分かると言わんばかりに歩くので、明桜は黙って付いて行く。


 そのまま見慣れない建物が並び建つ街を体感で一時間以上歩き、ようやく前を歩く騎士が歩みを止めたので、目的の建物に着いたのだと分かり、歩き疲れて周りを見る余裕すら無かった明桜はその建物を遅れて見上げた。


 盾のデザインから飛び出るように真上に伸びる杖があり、更に盾で見えないがクロスするよう2本の剣が盾から斜め上に向かって左右から突き出ていた。


(分かりやすい、というか魔法ってやっぱりあるのな、未だに実感がわかないけど)


「此処だよ、建物がどれか分からなくなっても、あのマークを探せば辿り着けると思うからさ」


「ありがとうございます」


(え、まさか此処でじゃ、とか言って帰ったりしないよね?)


「じゃあ入ろうか」


「はいっ」

(そのまま放置という事は無いのは良かった)


 ギルドの入り口は人が5人でも並んで通れる程に大きく、その為か扉などは無く、少し近づくと入る前からハッキリと中の様子が見えていた。


 奥にはカウンターがあり、左右に掲示板があり無数の張り紙がされていた、そして中に入り左右が見えるとテーブルが置かれており、右側にはバーカウンターがあり、左奥に目を向ければ階段があり二階に続き、階段の下には扉があったり、奥のカウンターの方にも更に部屋がある様に仕切られており、天井の高さが2階部分の天井の高さなのでかなり広い空間だった。


「こんにちは、スアさん」


「タディムさん、こんにちは。その子は惑人って事で良いの?」


「あぁ大丈夫だ、街で偶然見つけたのは良いが、住む場所も職も無いみたいなんだ」


「それは中々に大変ね。分かりました、後は私の方で対応しますのでもう大丈夫です、有難うございました」


「これも仕事のうちさ、スアさんもいつも済まない、助かるよ」


「私の方こそ、これが仕事ですからお気になさらず」


「それじゃ、失礼するよ。明桜くんまた会う時はもっと元気で居てくれよ」


「ありがとうございました」


「あぁ」


 明桜の事をスアに任せたダディムは会話も早々にギルドから去り、自己紹介の仲介をされる事無く、明桜は受付のスアと二人っきりの状態で放置されたのだった。


「あっあの、色々迷惑をかけてすいませんが、よろしくお願いします」


「良いのよ、さっきも言ったけどこれが仕事だからね」


 二人にされようやく話している相手の事を見ると、スアさんは茶髪のセミロングをしている穏やかそうな印象の、20代ぐらの女性の方だった。


「それじゃ最初に身分証を作るから、この水晶に手を付けて頂戴」


「はい‥」


「大丈夫だから」


 恐る恐る水晶に手を着く、すると水晶は僅かに光を灯、反対に置かれたプレートにその光を当てていた。


「はい、どうぞこれが君の身分証だから、無くさないようにね。無くすと次は発行するのに大銅貨一枚必要だからね。」


「大銅貨ってどれぐらいの価値ですか?」


「えっ?うそ。それも分からないの?」


「はい‥すいません」


「大丈夫、大丈夫よ、私に任せてちゃんと教えるから、だから分からない事はちゃんと聞いてね」


「はい」


 それから明桜は、受付嬢のスアさんに、当たり前の事からちょっと複雑な事まで、気になる事は質問し続けた。




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