夢ドミノ

とある国際線飛行機の機内。


突如、眼前に現れた積乱雲に覆われ激しく揺れる機内。

パニックになる乗客と乗務員。


その混乱を一瞬で沈めたのは、目を開けていられないほどの眩しい光。


飛行機に乗る全員が目をつむり、静寂が訪れる。


その刹那、乗客と乗務員を含む機内全員の脳裏に同じ映像が浮かぶ。



「私は神だ。そなたたちの夢を、今この瞬間に同時に叶えてしんぜよう」



神と呼ぶには風貌の若すぎる黒い衣服を身にまとった人らしきものの姿と、男のような女のような、老人のような若人のような不可思議な声が全員の脳内に鮮明に響いた。



…次の瞬間、乗員全員の「夢」の「ドミノ倒し」が始まった。



「う、う、うまれるーーーー!!!!」

余命短い父のために一刻も早く赤ちゃんを産みたい妊婦の腹が急激に膨らみ、陣痛が始まる。



「お客さまの中にお医者さんはいらっしゃいませんかー!?」

一度この台詞を心から叫んでみたかった客室乗務員が、渾身の絶叫をする。



「はい!私でよければ!!」

機内の期待を一身に背負って名乗り出てみたかった医者が、すっくと立ち上がる。



「せ・・・先生!あのときは助けていただいてありがとうございました!!」

かつて海外で自身の命を救ってくれた恩人である医者に一目会ってお礼を言いたかった男が、立ち上がった医者に向かって叫んだ。



「カシャッ!!!」

“奇跡の再会”がテーマのコンクールに出すための写真を求めて旅を続けていた写真家が、まさに奇跡の瞬間をシャッターに収めた。



「アテンションプリーズ。巨大積乱雲の影響により、当機は予定進路を大幅に変更して、急きょハワイ島へと向かいます」

決められたコースを指示通りにフライトすることに飽きていた機長が、胸躍らせて宣言する。



「ハワイですって!?ハワイに行けるのよ、あなた!!」

死ぬまでに一度でいいからハワイ旅行へ出てみたかった老婆が、少女のような顔で喜ぶ。



「わしのことが分かるのか!!」

痴呆症で夫婦の記憶を失ってしまっていた最愛の伴侶からあなたと呼び掛けられて、涙を流して喜ぶ老人。



「カシャッ!!!」

“奇跡の再会”がテーマのコンクールに出すための写真を求めて旅を続けていた写真家が、まさに奇跡の瞬間を、またシャッターに収めた。



「そうか、あの積乱雲の発生こそが全てを解くカギだったのだ・・・!」

数学上の未解決問題の解答の道筋を発見した学者が、まばたきを忘れて血眼で手元のペンを走らせる。



「あなた!これを発表したら、私たちは億万長者よ!!」

貧乏学者を献身的に支え続けた数学者の妻が、もはや確信した大金と優雅な暮らしに目を輝かせる。



「奥さま、おめでとうございます!!資産運用にご興味ございませんか!?」

帰国までに契約を取れなければクビの宣告を受けていた証券営業マンは、近い将来手にする大金に目を輝かせた女から漂う一世一代の営業チャンスを見逃さない。



「あいつは、まさか・・・!惜しかったな、もう終わりだ!!」

国際指名手配犯の結婚詐欺師を追って渡航していたベテラン刑事が、昼の顔は各国を渡り歩く証券営業マンとして働くと噂されていた結婚詐欺師の手に手錠をかける。



「ほ、本物の手錠だ・・・!!」

将来の夢は刑事を豪語する男の子が、まさに正義が悪に打ち勝つ瞬間、逮捕の瞬間をその目で目撃して感動する。



~〜中略~〜



(((ああ!!本当に夢がかなった!!もうこの世に思い残すことはない!!!)))

思いもよらぬ大願成就の連鎖に、機内一帯が乗員全員の多幸感と高揚感に包まれた。




「キィーーーーーーーーーーン・・・・・」

一度は海の中を泳いでみたかった飛行機が、グゥンと急降下する。

そして海深くへと。

沈んでいく。


乗員全員の、夢を乗せて。



(了)

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