第4話 俺の紋章
今わかった。
きっとこの厳重な部屋は魔力を提供するための特別室みたいなものだったのだろう。
魔力提供の紙に承諾をした後、俺を囲んでた大量の従業員はノーマルと共に一斉に消えた。そうして部屋には自分と1人の従業員だけのマンツーマン状態になった。
沈黙が続く。ものすごく気まずい。何か弾む話はないかと思い先ほど紙に書いてあった質問でもしてみようと声をかける。
「なぁ、俺、質問していいんだよな?ノーマルはどこ行ったんだ?それに魔力提供って何するんだ?」
すると従業員は目を伏せながら説明を始めた。
「先程いたスタッフは魔力提供の準備のため一時退避しています。魔力が提供される本人以外の人が周りにいると魔力を吸収されてしまうので、一時的にノーマル様にも避難させていただきました。魔力提供、とはいっても増やし方は簡単です。今から従業員が大型の機械を用意致します。その機械は人間の手のような形をしていて、その機械に手を重ねて握り、呪文を唱えていただくと、魔力は増えます。」
従業員は自分の手を合わせて説明した。
「呪文って?」
「
「…へぇー?」
思ったより厨二病呪文に、少し、ほんのちょっとだけ心が踊る。いや別に患ってるとかではない。決して。
サドリアル、か…なんて心の中で呟いていると、ガタゴトと冷蔵庫のような重いものが運ばれて来る音がする。
「機械の準備が出来ました。手順は先程言ったようにして貰えば大丈夫です。私はこの後ここから退出しますが何かあればお呼びください。」
すると大きい機械が従業員と交換でこの部屋に運ばれて来る。
その機械には説明通り人間の手の形をしている部分がある。自分の手よりも数倍ゴツいが。
その機械が固定されると運んできた従業員もそそくさと部屋から出て行き、重そうな扉を閉める。今度は自分と機械の二人きりの空間になってしまった。
だが無機質な機械はいくら待っても言葉なんて発さず、ただ俺の目の前に鎮座しているだけだった。俺はゆっくりとその機械に手を伸ばす。
慎重に、そっと機械製の手に自分の手を添える。一息つき、
「…サドリアル。」
辺り一体が一瞬で光に包まれた。
その光はとても眩しいが、不快感はなく、むしろどこか安心するような、不思議な気分になる。無機質な機械のはずの手からはどこか温かみを感じた。そんな時間が大体1分ほど続き、光は消えていく。
一瞬で正気に戻される。
体内を血が湧き上がるように全身をかけて登っていく。しばらくその感覚の余韻に浸っていると重い扉が再び開かれる。
従業員が機械を回収し消えた後、ノーマルが入って来る。
「おかえり。何してたの?」
「待合室でお菓子食べてました。ちょっと持ってきたんですけど、要ります?」
ノーマルは手一杯に持ったお菓子を俺に突き出した。
「いる。」
目の前に突き出されたお菓子からチョコレートのような物をとる。
お菓子を頬張っていると先程と違う従業員が入って来る。
「紋章の付与があります。こちらにお越しください。」
「あ、ふぁい。」
やる気のない返事をしながら案内される目的の場所へ足を進める。ノーマルもついてくるようだ。足を遅くしてノーマルに尋ねる。
「おい、おまえ着いてきていいのか?」
横目で前を歩く従業員を見ながら声を潜める。
「いいんじゃないですか?怒られてないし。それに紋章着くか気になりますし。」
はっ倒したろうかコイツ。
「こちらにお入りください。」
そう言った従業員の目の前には先程よりずいぶん簡素な扉が開けられていた。
中に入ると、紋章の付与はこちらで。と書かれた看板が目の前に立てられている先には長テーブルに座った従業員が5、6人座っていた。数人は他のbraveを見ているようだった。
「あ、ここ入ったことありますよーなつかしい…」
ノーマルが手を見渡すようにし、呑気なことを言っていると、
「お連れ様はこちらで。」
と、ノーマルは体格のでかい怖いお兄さんに引き摺られていく。
「え、は?ちょ、ま、まってくだ…!」
消えていくノーマルを尻目に俺は手の空いている人の前に座る。ざまあと思ったのは心の中に隠しておこう。
従業員は俺を見ると
「ここに左手を置いてください。」
と黒い板を出す。そこに左手を置くと上からまた黒い板ををかぶせられ、たい焼きを焼くみたいな状態になる。
「少々お待ちください」
という文字が板に浮かびあがる。どうやらデジタルなようだ。
最近の技術ってすげー。
ゲームのロード中みたいなのが一通り回った
『左手ノ紋章付与不可能。右手ニ付与可能』
「「は?」」
思わず声が出てしまい、焦りながらもゆっくりと従業員に目を向けた。すると従業員も目が飛び出そうなほど目を見開いて機械を見ていた。
「え、は?み、右手?ちょ、あ、すみません。少々お待ちください!」
明らかに焦り丸出しで他の従業員に駆け寄る。どうやら話し込んでいるようだ。
俺はまた、紋章はつかないのか…?いやでも、右手付与可能ということは、右手重ねれば着くのだろうか?自分の、自分だけの紋章が。そっと、右手を中に入れようとする。
しかし従業員を無視して勝手にしてしまうのは流石にまずいと必死に右手を太ももで押さえる。しかし従業員はしばらく来なさそうだった。
…もし、もし右手ではダメだと言われて自分に紋章がつかなかったら?
魔力もない。紋章もない…
人間は欲に弱い。やりたい気持ちが抑えられないものだ。心臓が脈打つ。
再び「少々お待ちください」の文字が出る。また丸い線がぐるぐると回るのを見ながら、少し罪悪感を感じる。
ボーッとただ機械を見つめていると「付与完了。」の文字が浮かぶ。
と同時に従業員が戻ってきた。
「お待たせ致しました。右手の紋章付与を…って、え!?」
機械の文字を見て驚く従業員。俺は機械から手を出す。
そしてテーブルに手を広げた。
「え、?」
従業員はまじまじと俺の手を見つめる。
俺の手には何も書かれていなかった。
いや、正式には書かれている。
ただの円だった。
それはまるでペンで落書きしたような有り様だが拭っても取れる気配はない。円の中には何か別の紋章があってもいいようなスペースがある。が何もない。その紋章はまるで自分には何もない。と言われているようだった。
俺が固まっていると、従業員が口を開く。
「損傷もしてないですし、やり方も多分間違ってないでしょうし…というか手を入れるだけなのでこれが…ルイ様の紋章になりますね。」
紋章を見終わった時従業員は記録用というタグのついたカメラを取り出して、俺の手の写真を撮った。
つまりこれが俺の紋章として認められたのだ。
「…」
「紋章の付与が終わりました。出口へどうぞ。」
まるで怪物を見るような目で俺を見る従業員が奥の扉へ案内する。
喉が詰まって声が出ない。
扉を開けるとノーマルが壁によしかかりながら腕を組んで待っていた。
俺に気づくと
「紋章付きましたか?」
と聞いて来る。おれは無言で右手を出した。
「あれ。右手?」
「左手はー…なんか、つかなかったんだよね。これが俺の紋章だってさ。」
必死に堪え笑顔を見せる。
「…」
ノーマルは黙って俺の手を見つめた。あの時の従業員みたいに。ノーマルは口を開ける。返ってくるのは一体何か。
失笑?同情?
何故だがニヤケが止まらない。わからない。
「いい紋章ですね。」
ノーマルは俺の目を見て言った。
「は?」
『いい紋章』
恐らくこの言葉は俺の紋章から1番遠い言葉だ。これは、馬鹿にしているのだろうか。それともやはり同情か?そう考えると次第に怒りが止まらなくなってくる。
俺はノーマルの手を勢いよく振り解いた。
「お前に、何がわかるんだよ…!同情なんかいらねぇよ。」
ノーマルを睨みつける。
「…同情なんかじゃないですよ。」
ノーマルは微笑んでいた。まるで全てを包み込む神父の様に。
「紋章って、人の状態とか、成長具合とかで変わるんです。変化といっても少し変わるくらいなんですけど。」
「だけどあなたの紋章には何もない」
「だからこそ、これからあなたはその紋章をその中を自由に変えることができる。貴方は魔力がない。それは貴方の中には隠された才能が眠っているから。」
「…」
「あなたは何者にでもなれる。それがあなたにぴったりの紋章なんですよ。きっと。自分で変えればいいんです。未来なんて誰にもわからないんですから。」
「…ごめん。」
俺は謝る言葉しか出てこなかった。もっと伝えたいことはあるのに。
ノーマルはそれをいうと再び手を握る。
「大丈夫ですよ。」
その言葉を聴いた俺は安心したのか気が抜けて床に崩れ落ちた。
「ハハハ、また気絶する気ですか?」
彼は心底嬉しそうに、笑って言った。
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