当たりくじ

ささなき

当たりくじ

「縁日のくじって、当たるんだね」

 姉は目を輝かせて言った。

 俺にも同じ驚きがあったが、姉がオーロラでも見たかのような感動を表すので、かえって冷めてしまう。だいたい、何が当たったって、カップ麺なのである。

「赤いきつねだねえ」

 ありふれた品に、なお感心しきりの姉に感じるものがあったのか、屋台のおやじが、

「ほら、サービス。彼氏さんにも」

 と、もう一つカップ麺を渡してきた。俺にではなく、隣にいた古野さんに。姉と古野さんの関係を即座に見抜いたのは慧眼といえる。年の功だろうか。

「緑のたぬきだね」

 古野さんは微かに笑って、姉に言った。覗く歯が、蝋のように白い。

 古野さんの微笑は、姉にまたもオーロラ並みの感動を与えたようだった。

 姉は顔を赤らめて、赤いきつねを抱きしめた。容器がミシミシと鳴る音が聞こえてきそうだ。

 屋台のおやじは、俺には何もくれなかった。何故だろう。こういう時、まず得をするのは子供だと思うのだが。


 帰り道、まだ姉ははしゃいでいた。

「これは運命だね」

 そんなわけない。

 俺は姉の感動のしつこさにうんざりしていたが、古野さんは笑顔で、

「そうだね」

 などと話を合わせる。

 文字にすると素っ気ないが、古野さんが言うと、優しく、甘やかに響くのだ。俺にとってすらそうなのだから、姉に古野さんの言葉がどう聞こえていたか、想像するだけで気恥ずかしくなる。

 このように、人格円満、磨いた玉のように引っかかるところのない古野さんも、しかし一人の人間である。その晩、らしくないミスを犯した。

 俺たちを家まで送った古野さんは、姉に引き留められて、我が家で夕食を取った。父と母と俺、そして姉と楽しく食卓を囲み、そつなく全員の好感度を上げて帰宅するも、一つ忘れ物をする。緑のたぬきである。

 姉は目に見えて動揺した。くじに当たった感動を、古野さんと共有していなかった可能性に気づいてしまったのだ。

 赤いきつねと緑のたぬきは、冷蔵庫のとなりのカゴに入れられ、時を過ごすことになった。家族であえて触れる者もない。そのせいで、縁日の日の記憶は長く、我が家に漂い続けることになった。

 とはいえ、それをきっかけに二人の仲がまずくなるようなことはなかったらしい。

 姉と古野さんの交際はむしろ順調に進み、それから三年後、二人は結婚することになった。俺は中学に上がっており、もう子供というほどでもない。


 姉の結婚式が目前に迫った頃だったと思う。

 俺が学校から帰宅すると、姉と古野さんがリビングでカップ麺を食べていた。

 赤いきつねと緑のたぬき。

 俺は、あの日くじで当たったやつだ、と直感した。

 談笑する二人の様子を見るに、古野さんはカップ麺の正体に気づいていないだろう。自分の食べているありふれた品が、まさか三年前の忘れ物だなどと、頭の片隅にもあるまい。

 俺はなんだか緊張してきて、挨拶もそこそこに、すぐに自室へ戻った。

 気分を落ち着けるためにベッドで横になると、疲れていたのか、すぐにうとうとしてきて、そのまま眠ってしまった。

 ごく短い眠りから覚め、のどの渇きを感じた俺は、部屋を出てキッチンへと向かう。途中リビングを覗くと、誰もいない。古野さんはもう帰ったようだ。

 キッチンから水音が聞こえる。見ると、姉がカップ麺の容器を洗っていた。

「姉さん」

 と声をかけたものの、その次に言う言葉を用意していたわけではない。

 視線を姉から外し、さまよわせる。すると、キッチンカウンターに、見慣れたパッケージのカップ麺が乗っているのに気づいた。

「それ……」

 姉は顔を上げて、

「ん……ああ、さっきコンビニに行った時、くじで当たったの」

 と言った。

「あげようか?」

 何故だろう、晴れやかに笑った。

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