第29話 セリナ
彼女に初めて会ったのはマリナエル山で最上級のハーブレイス草を探している時の事。
ようやく見つけたその薬草に手を伸ばした時それを遮るように突然私の目の前に手が伸びて来た。
「「えっ!」」
思わず彼女と言葉が重なる。
どうやら彼女も薬師らしくこの薬草を探して居たらしい。
それならここに居る事は十分頷ける。
ただ問題はなぜこんな所に女性2人だけで来ているのか?
そして私に気づかれずどうやってこの薬草に手を伸ばしたのか?
この山の中腹は
ハーブレイス草の唯一採れる場所と言うばかりでなく
野生動物の宝庫である事でも有名で
当然肉食獣もその分多数生存している。
力自慢の男でさえ大抵の場合傭兵等を雇って来るのが普通なのに
彼女達はたった2人で来ていて
その傭兵の姿は一人も見られない。
そして何故私に気づかれず
この薬草を採ろうとする事が出来たのか?
考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。
兎に角私にはその最上級のハーブレイス草が
どうしても必要だった為
私と彼女のどちらの物にするか勝負を申し込んだ。
「ここにはハーブレイス草程希少じゃ無いけれどカリエナ草も生えて居るから
何方が先にこの袋一杯に出来るか競争しましょう。
それで早く一杯にした方がこのハーブレイス草を自分の物にするのってどう?」
彼女は私の提案に何故か自信満々に乗って来た。
でも私は絶対に負けられない理由がある。
そして負けない自信も・・・。
しかし彼女はあっと言う間に袋の半分までカリエナ草を集めた。
一体どうやったらあそこまで見つける事が出来るのか不思議でならなかったけれど
私も負ける訳には行かない。
仕方なく事前に集め隠し持っていたそれを
手に持っていた袋と彼女達の目を盗み入れ替えた。
「ハイ!一杯になったわよ!」
当然の如く驚く彼女達は私に疑いの目を向ける。
「ウソ!」
「あら、私がズルをしたと云うの?」
でも、私が平然と答えると大人しく引き下がった。
もしかして彼女は私が思っているよりも
育ちが良いのかも知れない。
そう思わせる程に彼女は素直に私の勝ちを認めた。
あれではこの先薬師で身を立てて行くのは
難しいのではないかと云う不安が頭を過るけれども
そんな他人の事等どうでも良いと頭から引き離し
悔しがる彼女達が背を向けている隙に
ファスの待つ馬車へと戻り
ハーブレイス草を手に馬車を急ぎ走らせた。
そして次に彼女と出会ったのが未だ小競り合いの続く
オークラル伯爵領は
傭兵が守備を任せられている国境基地。
どうも彼女達とは縁がある様で
私達と同じようにここの傭兵に頼まれ
来たという事が判った。
名はミントとシェリスそして
フェスと仲良くなったクリアの3人組だと云う事が
この時初めて判った。
結局ここでは薬師は私と
あのミントと云う女性の3人組の2軒。
その他の店も少なく2軒だけ。
話によると敵国の動きが怪しいとの事だったけれど
私達は逃げようと思えば何時でも逃げられる。
それよりもあのミントと云う薬師の子が気になりここで仕事を続ける事にした。
しかしあの子は本当に面白い。
私がちょっと揶揄うと直ぐに反応して来る。
すると又面白くなり余計揶揄いたくなる。
本当揶揄いがいのある可愛らしい女の子だ。
ファスも彼女達の仲間のクリアと云う女性と仲良くなり最近笑顔が絶えないで居る。
何時までも・・そう何時までもこのままで居たいそう思わせる程楽しい時間だった。
でもそんな時間は何時までも続かない。
それは突然やって来た遂に敵国側が軍を動かしたのだ。
今までの様な小競り合い等ではなく今回は大軍を率い
陣を組み本格的に攻めて来ると云うのだ。
当然の如く私は逃げる準備を始め同業者である彼女達にも早く逃げる様に声を掛けた。
しかしミントは私の忠告も聞かず
俯き何かを呟くと人とは思えない程の速度で
前線へと駆け出した。
「あっ!」
私は思わず声を上げるも直ぐに残って居たシェリスとクリアもその後を追いかけて走り出す。
丁度その時フェスが馬車に繋ごうとして居た私達の馬が
それに驚き嘶き暴れ出し馬車を壊し逃げてしまった。
まあ馬車が無くても私達には十分逃げられるのだけれども気になるのは彼女達の行き先・・前線だ。
丁度今頃は既に戦いの始まって居る時刻の筈。
彼女達が戦に巻き込まれる。
そう思うと私は居ても立っても居られずに箒を呼び寄せ
それに座るとフェスを後ろに乗せて彼女達の走り去った先へと飛んだ。
そして私がその前線で見たのは既に傭兵の半分は倒れ立って居る者も
怪我をしていない者が殆ど居ない程ひどい状況だった。
それに比べ敵側は今戦って居る兵の他
幾つもの陣を構えた正規兵が
目をギラギラと輝かせ獲物を狙って居る姿が目に入った。
この時点で既にこちら側の敗北は目に見えている。
おそらく1人2人生き残れば良い方なのでは無いかと思わせる程の戦力の差。
その時今までその様子を見ていたミント達が動いた。
上空から魔力で強化した視力を使わないと
判らない様な素早い動きで敵兵を倒して行く姿はまるで鬼人を思わせる。
「見つけた・・・」
知らぬ内に私は自分の口から出ていた言葉に驚いた。
ヴァンパイアだ。
ファスはキョトンとして私の言葉に何を言いたいのか判らず
頭を傾げていた。
彼女には私が何を探し何をしようとしているのかさえ教えていないのだから
仕方ない事。
だってファスにまであの重荷を
苦痛を味わせる分けには行かない
あれは私だけで十分。
彼女には今のまま素直に育ってほしい
だからあの事は一切話していない。
そうしてファスに内緒で私がずっと探し続けて来たヴァンパイアが彼女達だった。
なんと言うめぐり合わせ。
運が良いのか悪いのか
折角フェスが仲良くなったその相手が
ヴァンパイアだったという事実。
何て神は意地悪なのだろうか。
あんな素直で可愛らしいフェスが仲良くなった相手が
私が探して居たヴァンパイアだったなんて・・
ただやはり彼女は実直過ぎる。
彼女達は一通り目前の敵兵を倒すとそのまま倒れた傭兵を宿舎へ連れ帰り治療を始めた。
前線にもまだ動ける傭兵は残って居るけれど
もし敵側が怯まず攻めて来たらどうするつもりなのだろう?
それに傭兵側にしろあれでは
自尊心を傷つけられたのでは無いのだろうか?
「本当にお嬢様なんだから。」
私は敵陣上空へ移動すると
動き出した敵陣へ向けて魔法を放った。
「この世を統べる全ての精霊よ
この世の全ての縛りよ
その力を我が名の下に従へ。
我が名はセリナ、
かの大魔法使いバークレイフスの子孫にて
その力を受け継ぐ者。
人たる者の力を司る大地よ!
流れを司る風よ!
かの者達より力を奪いされ!
その呪文と共に一陣の風が彼らの身体を洗い流す。
そして私が上空から彼らを見下ろすと魔法を掛けられた敵陣営の兵は
今までの気概心は見られず
どこか疲れた様にも見える。
私の魔法が効いた証拠だ。
「1時間ほどで切れるだろうけど一つ貸しね。」
そう呟くと後の事は彼・等・に任せ
私は彼女達の馬車の在る後方へと戻って行った。
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