第27話 絶体絶命

私は2人をそのままに馬車から隠してあった仮面と薬袋を片手に取ると前線の方へと走り出した。


後ろから馬が嘶く声が聞こえ振り向くとシェリスもジェネラの仮面を持ち

クリアも薄手の黒いフード付きのコートを着て私を追いかけて来るのが見えた。


「シェリス!クリア!」


私が走りながら彼女達の名を呼ぶとシェリスは不機嫌そうに答えて来た。


「ミント勝手に行かないでよ。

貴女だけ行かせる訳無いじゃない

私も行くわよ。」


「ミントお嬢様、主が従者を置いて行く等あってはならない事です。」


「シェリス、クリア有難う。」


私がそう云うとニコリと微笑み返す二人に私も微笑み頷いて答え

森の中へ入りセリナ達から見えなくなるのを確認すると仮面やフードを被り

速度を上げ戦いの場へと急いだ。


ヤッパリこの二人は私にとって無くてはならない仲間なんだと

再認識した大切な一瞬だった。


森の中へ入って間もなく開かれた場所に出ると

そこには傭兵の宿舎や倉庫等いくつもの建物が立ち並び

今迄賑やかだったその場所には誰一人居らずまるで時が止まっているかの様にさえ感じた。


私達はその場を見て誰とは限らず掛ける言葉を失い

無言で通り過ぎる

そしてその宿舎から延びる一本の広い道に沿って森を抜けた。


すると一気に視野が広がり多くの者達の怒号や剣の交わる音が

四方から聞えて来て私達はその場で立ち止まった。


そこから少し先に見える国境を示す柵が全て踏みつぶされ

ネリアス達傭兵とデアレルス王国の傭兵と正規兵の合同軍が既に剣を混じらわせている姿が

私達の周りで展開されている。


その戦いの形勢はどう見てもネリアス達の不利としか見えない。

此方は傭兵のみ

しかも1000人以上居たと云われる傭兵で既に立って居る者は半分にも満たない様に見える。


それに比べ敵側の合同軍は軽く2000を超えその後ろでは陣形を整えた正規兵らしき

兵士が数千が戦いの様子を見て居るのがここからでも判った。


「怯むな!ここが正念場だ!お前達の意地を見せてみろ!」


指揮官らしき兵士が檄を飛ばして居るけれども

その人も無傷で居られず立派であったであろう鎧は

全身に傷や敵の物か自分の物かも判らない血がこびり付いていた。


戦いは既に混戦状態に入り敵味方の区別もつき難くなって居る。


唯一区別がつくのは彼らの腕に巻かれた傭兵団の団旗を模した緑色の

布だけがオークラル伯爵領を守っている傭兵の目印となって居た。


その旗印を付けた者の中で無傷の物は一人も居ない様に見える。

目は血走りまるで何かに取りつかれた様に剣を振るう者

大声を上げ無暗やたらに剣を振り回し敵味方関係なしに切ろうとする者

そのような者の中に私はネリアス達の姿を見つけた。


その脇ではクリアが好きだと云って居た赤毛のヤグトが大剣を振り回しその足元には

私に逃げる様に忠告してくれた黒髪のバッカルが身動き一つせず倒れているのが判った。


そして彼らに背を預けるように金髪のシモールが体勢を崩ししゃがみ込んだ所を

今にも敵国の兵に切り殺され様としているのが目に入った。


「シモール!」


私は素早く駆け寄りその敵兵の腹部にけりを入れ

その敵兵がそのショックで手放した剣を空中で受け取りシモールを振り向くと

私を呆然と見ていた。


「シモ・・・」


私は思わず彼の名を呼びそうになりそこで声を止めた。

何しろ今の私は仮面を付けヴァンパイアの力を使かった謎の人物

彼らに私の正体を知られる訳には行かないもの。


「大丈夫ですか?」


「・・・あっああ・有難う助かった。」


その声に安堵してネリアスの方を見るとクリア達も

敵兵を倒し彼らを助け更に襲い掛かろうとしていた兵に睨みを利かせていた。


もう覚悟は決めた。


後は実行あるのみ。


「行くわよ。良い?」


「はい。」


「当然何時でも。」


クリアもシェリスも敵の剣を奪ったのかその手にはその体に似合わない大型の剣が握られていた。


クリアは当然ながら私とロードに出る事を前提にバーモンドに剣を習っているし

シェリスもジェネラになってから数日だけれども

バーモンドに猛特訓を受けているので

ある程度剣は扱えるまでになって居るし、

ヴァンパイア、しかもジェネラ眷属やネグラであれば


まず一般の兵に負ける心配はない。


後は数の問題だけ。


陣を組んで見守って居る兵も含めればざっと見積もっても5000は居る。


どうする?


「良い聞いて、敵兵は出来るだけ殺さないで動けなくするだけで良いわ。」


「何でよ。少しでも敵の数を減らした方が良いんじゃない?」


そう云ってシェリスが斬りかかって来る敵兵を切り捨てた。


うん、意外とシェリス容赦がないね。


やっぱりあれだけの経験をすると精神的にも違って来るのかな?


私は目の前の敵兵を蹴り飛ばして気を失わせながらシェリスが拷問を受け

精神的に参って居た牢の中での様子を思い出していた。


「死ねばそのままだけれど、

怪我をさせれば誰かがその負傷者を助ける為に動かなくてはならなくなる。

そうなれば少ない手数で相手を追い返せないかな?」


「殺した方が早くない?」


そう云いつつ又一人斬るシェリス。


「私はミ・・主の思いのままに。」


クリアは納得してくれたみたいだけど。


「当然死者を出すなとは言はないわ。ただ負傷者を多く出すと云う事でどうかな?」


「うん、判った。それなら。」


取り合えずシェリスにも了解を得たので。


「それじゃあ。始め!」


その言葉と同時にその場から姿を消した。

いや、消えたように見えるだけで実際には素早く動き

敵兵を倒して行ったのだけれどおそらくネリアス達やその敵兵にすら

私達の動きを目で追えていない筈。


私達が敵兵をバタバタと倒している間にチラリとネリアス達の方を見るとただ立ち竦み

みるみる減って行く敵兵を見ていた。


その他オークラル伯爵の傭兵の指揮を執って居た指揮官も訳が分からず

棒立ちのまま突然倒れだした敵兵を見るだけになって居る。


それから数分粗方混戦に持ち込んでいた敵兵を倒すと

陣を組んで居た一番手前の敵兵に狙いを定め走り寄り剣を振るう。


突然前触れもなく共に陣を組んでいた仲間が次々と血を吹き倒れる様を見て指揮は乱れ逃げ惑う敵兵。


そして遂に。


「引け!一時撤退!」


響き渡る声に逃げ出す兵にその声も聞こえず恐れ戦き我武者羅に剣を振り回す者。

そんなぼろぼろになる敵兵を後に私達はネリアス達の元へ駆け寄った。


心配なのは私達が来た時すでに倒れて居た黒髪のバッカル。


倒れているバッカルに跪き体を見るとその胸に大きな斬り傷と

幾つもの小さい傷が体中に見受けられた。


おそらくこの胸の傷が原因。


何とか傷は心臓を避けているけれどもう長くはない事がその様子から誰の目からも判るものだった。


「飲んで。」


私は片手に持って居た薬袋から小瓶を出し薬を飲ませようと蓋を開け

口へと垂らしたけれどそのままその薬は頬へと流れ落ちる。


このままじゃだめだ。


私は思い切って仮面を上へとずらし口だけを出すと

その薬を口に含み彼の口へと唇を重ね合わせ飲ませる。


私の後ろで「ああ~~!」という声と誰かが崩れ落ちる様な

ドスンと云う音が聞えたけれど

気にしている暇はない。


その薬が喉を通ると間もなくバッカルの指が動き出し傷がみるみる塞がって行く。


そして遂に何事も無かった様にバッカルが上体を起こした。


「はっ!俺!・・生きてる!」


そう云いつつ斬られた筈の胸を何度も触った。


そう、私が飲ませたのはどの様な傷も不治の病も治すと云われた

ヴァンパイア・・私の血を使った薬。


万が一の事を考えて作って置いた物だ。


見つかれば私はヴァンパイアハンターや教会側からも狙われる身になるけれど

この仮面を着けて居ればわからない筈。


私は仮面を元に戻し声をかけた。


「大丈夫?」


私が彼の顔を覗き込むとバッカルは驚いたように私を見る。


「ミントちゃん・・・。」


「へ?・・なっなん・・イッいや違うわよ!絶対違うから!」


私は大きく顔を振り否定。


「いや、だってその服にその可愛らしい声。何で仮面を付けてるのか判らないけど

ミントちゃんしか居ないじゃん。」


そして指さす私の服・・・・しまった~~!

この日も仕事をするつもりであのミニのスカートにへそ出しルックの

何時もの服に着替えていた事を今気づいた・・・。万事休す・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る