第26話 戦場音

セリナが謎の店移動をしてから数日相変わらず私達の攻防は続いていた。

そんな時あのバカ男・・私の胸を掴もうとして掴めずに掌で押したあのネリアスが

傭兵仲間の3人を連れ立って慌てた様子で

私達の店に走り寄って来た。


「ミントちゃん!」


「どうしたのそんなに慌てて。」


「急いで逃げろ!今ならまだ間に合う早く!」


「だからどうしたのよ。理由を聞かせて。」


余りにも慌てているせいかただ逃げろとだけを繰り返すネリアスに

痺れを切らしたのか普段あまりしゃべらない小柄なバッカルさんがネリアスの言葉を遮った。


「ネリアス、俺が話す。」


「おっおう。」


「ミントちゃんデアレルス王国が…隣国軍が動いた。

しかも何時の間にか正規兵の増援を受け数が倍以上に膨れ上がってるんだ!

下手をしたら今日の昼頃にも

ここまで侵攻して来る可能性もある。

今ならまだ荷物を纏めて逃げる時間が有る筈だから

直ぐに店を閉めて逃げてほしい。」


「バッカルさんそれって本当に来ると思う?」


「俺がこの目で見て来たんだ間違いない。

それどころかまだ続々と正規兵の数が増えている。

それが此方へ向かってるんだ

ここまで来てしまったらもう逃げられないぞ。」


「でもこちらにも正規兵が後方で控えてるんでしょその人達が来れば追い返せるんじゃないの?」


「当然後方に居る正規兵にも既に伝令が走って居るが到底間に合いそうにない。

敵の方が距離的に近いしあいつ等何かと規則を重んじるからな。

第一デアレルス王国軍は直ぐにでも戦闘に入る事が出来る状態に有るのに対し

此方はまだのほほんと後方で訓練を繰り返しているだけの部隊だ。

もし間に合ったとしても勝てると思うかい?

出来ても精々援軍が来るまでの足止めが出来れば良い方だと思うよ。

それだけ向こうは本気を出して来てるって事だ。」


「そんな、じゃあネリアスやバッカルさん達はどうなるの?

正規兵が来ても勝てないのに皆は。」


「俺達は傭兵だ給料分は働くさ

まあ今回ばかりは特別サービスになりそうだけれどね。

兎に角正規兵を頼れない今

俺達に出来るのはみんなが逃げる時間をほんの少し延ばす位だ。

ミントちゃん達をここに誘っておいてこんな事になるなんて本当にすまない。」


そう云って頭を下げるバッカルさん達だけれども

それって自分の命を犠牲にして私達を逃がす時間を作るって事だよね。

幾ら傭兵だとしても正規兵が間に合わないからと云って傭兵が

死を前提にその先兵となって犠牲になるなんてそんなの納得出来ない。


何とか・・そう彼らを生かす為何とかならない?


その様な事を考えて居ると周りからガチャガチャと騒がしい音が聞えて来た。

見れば今まで店を開いていた人達が逃げる準備を始めて居る。

どうやらネリアス達の様にそれぞれ好意にしている店にこの事を知らせに来ている

傭兵が居る様だった。


ネリアス達は私達にその事を告げると

急ぎ前線へと走って戻って行った。


隣のあの女の店は既に店仕舞いの準備を始めだして居るし

もし私達が逃げるなら直ぐにでも店仕舞いをしないと逆に

ネリアス達の邪魔になりかねない。


どうしよう。


「ミント」「ミントお嬢様」


そんな不安を察したのかシェリス達が私の傍に寄って来た。


「シェリス、クリア、ネリアス達が敵が大軍を率いて攻めて来るって

今度は今迄と違う本格的な戦いになりそうだから逃げろって・・・。」


「ミントお嬢様はどうなされたいのですか?」


「ミントは一回あの洞窟でやらかしてるからね。

でも助けたいんでしょ。」


「うん、でも1000を超える兵の足止めをするとなると

私達ヴァンパイアの力を使わなければならない、

そうなると私達の正体が・・・シェリス、クリア・・逃げよう。

国同士の争いに私達が出る幕はないわ・・・。」


「本当にそれで良いの?」


「う・・ん・・」


「ミントお嬢様はそれで宜しいのですね。」


「クリア店仕舞いよ。テントを片付けて馬車に乗せて。」


「判りました。」


クリアが私の指示を聞いて馬車へと歩いて行くと私達の後ろから声をかけられた。


「貴女達まだ逃げる準備をしないの?逃げ遅れるわよ。」


あのいけ好かないセリナが珍しく私達を心配してか自分達の手を止め私達の所へ来ていた。


「珍しい事もあるのね。貴女が私達の心配をするなんて。」


「私だって鬼じゃないわ。お隣さんの心配ぐらいするわよ。

でっ逃げるんでしょ。早くしなさい。」


「そうか・そうよね・う・ん・有難う。」


「何?素直過ぎて気持ち悪いわね。

まあ良いわ。

お互い薬師同士こんな時はお互い協力しましょう。

とりあえず私はここにまだ残って居る傭兵に持って居る傷薬や回復薬

その他役に立ちそうな物を渡して行くわ。

貴女はどうする?」


「随分親切なのね。見直したわ。

私もそうする。」


セリナは私に向かってニコリと珍しく微笑むと云っていた通り

薬箱を近くに居た傭兵に渡しに行った。


本気なんだ。

あの女もっとがめつくて嫌な奴だと思ってた。


私もここで売り切るつもりだった回復液や包帯、傷薬等を全部近くに居た傭兵に渡し

持って行ってもらった。


そして逃げる準備に入ったのだけれども遅々として進まない。

ダメだ。

どうしてもあのネリアス達の顔が頭を横切って仕方ない。


そのうち準備を終えた馬車が次々とその場を後にして行く

残るは隣のセリナと私達だけになって居た。


その時私の耳に『キンッ』と云う

金属同士がぶつかり合う音が聞えて来た。


そちらはネリアス達が走って行った前線の方向。

その音が更に続き遂には大勢の男達の怒号の様な声が聞えて来た。


まだ遠い。

おそらく人の耳では聞えない程小さな音

でも間違いなく誰かが剣を混じらわせ戦っている音。


シェリス達もその音に気付いたらしく

私の元へ走り寄って来た。


「ミントお嬢様。」


「ミント!始まった!」


「判ってる・・」


私が思わず握った握り拳から血がしたたり落ちる。

シェリス達も手を止めただ黙り込み俯いて居るとそこへ

隣で逃げようと馬車に馬をつなごうとして居たセリナが

馬を弟子のファステアーナに預け

私達に話しかけて来た。


「貴女達どうしたの?早くしないと逃げ遅れるわよ。」


「・・ゴメン!やっぱり我慢できない!」


「ミント!」


「ミントお嬢様!」


私は2人をそのままに馬車から隠してあった仮面と薬袋を片手に取ると前線の方へと走り出していた。

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