第9話 シェリス

その日ミントが大事な話が有るから

私の家へ来ると聞き

一体どんな話なのだろうとワクワクしながら

以前ミントと一緒に買ったペンダントを着けて

店の奥にある私の部屋で待って居る時

突然店の方から怒鳴りつける様な人の叫び声や

ドタドタと云う慌しいの足音が響き渡って来た。


その音に驚き部屋の外の覗き見ようと

その道ドアを少し開けた時

突然そのドアを荒く開けられ私はそのドアに引っ張られる様にして転んでしまった。


一体誰がそれ程荒くドアを開けたのかと思い

倒れた姿勢のまま見上げると

白地に金と銀で縁取りされた

教会の神官服に身を包んだ3人が私を見下ろす様に立って居た。


「シェリスだな。」


1人の男が私に威圧を掛ける様に聞いてさ来た。


「ハ・イ・・・」


「魔女の容疑が掛かって居る。一緒に来て貰おう。」


魔女容疑?

一体何の事?

訳が判らずそのまま蹲って居ると片手を力任せに握られ強引に立ち上がらされた。


「イッ痛い!」


私はその痛さに顔を顰めてもその力は緩める事無く店の方へ連れて行こうとする。


「待ってくれ!娘は魔女なんかじゃない!誤解だ!」


店の方からお父さんの叫ぶ声が聞えるけれども

そこにも神官が居るらしくお父さんや2人のお兄ちゃん達が揉めて居る声が聞える。


私が掴まれた手をそのまま引っ張られ

ズルズルと引きずられる様に店まで連れられて行くと

酒樽は倒れ酒類に関する小物が床に散らばり

今迄見た事の無いほど店の中は荒れ果てていた。


お父さんとお兄ちゃん達は私が出て行く時もまだ神官達や教会を守る従士と揉め合って居て

私と目が合うとお父さん達は目を真っ赤にして居るのが判った。


その内長男のアークスは青地に銀の模様の入った服とズボン

そして黒地に金と赤の縁取りされたローブを羽織った従士 に殴り倒され

倒れた酒樽にぶつかり背を強く打ち付けたのか咳きこんだ。


「お願いシェリスを放してあげて。」


次男のバッジスとお母さんは私を捕まえて居る神官の手を掴もうとして近づくけれども

他の従士に阻まれバッジスは蹴り飛ばされお母さんは荒く手を振り払われてその場で転がされながらも

2人共必死になって又立ち上がろうとして居る。


その服は何時も店で綺麗にして居るお母さんの服とは思えない程破れ汚れ切っていた。

きっと今と同じ様な事を何度もくりかえして居たに違いない。


「お父さん!」


「シェリス!」


お父さんは私に手を差し伸べるもその手を従士により薙ぎ払われ

腹部を蹴られそれが鳩尾に入ったのかその場で蹲り動けなくなった。

それでもお父さんは必死に手を私に伸ばして来る。


その手も他の神官達に払われると漸く声が出せる様になったのか

苦しそうな声で彼らに叫んだ。


「むっ娘は魔女なんかじゃない!連れて行かないでくれ!

魔女裁判何てそんな酷い事なんてしないでくれ!」


『魔女裁判!』


お父さんのその一言で私が何故連れて行かれる事になったのかに漸く気付いた。

誰かが私を魔女だと教会に訴えそれが認められたと云う事に。


もし私が『魔女裁判』に掛けられる事になれば生きては帰れない。

拷問に次ぐ拷問に耐え兼ね死ぬ人が殆ど。


例えその拷問に耐え抜き生き残ったとすればその者は魔女として火刑により処刑される。


そして運良く逃げ出せたとしても

直ぐに私がその場で魔女だと確定され今度は私の家族が

今迄魔女を匿って居たとして拷問を受け死刑が宣告される事になる。


例え私が無罪だとしても魔女だと認めようとも私の死は確定して居るし

そして上手く逃げ出せたとしても私の大事な家族が死ぬ事になる。

そんな事嫌だ!


「お父さん。お母さん。お兄ちゃん!私・・・魔女なんかじゃない!」


「当然だ!そんな事は私達が一番知って居る。お願いだ。その子を連れて行かないでくれ!」


私が店の外まで連れだされ幾人もの神官に連れられと行かれようとしても

お父さんはずっと追いかけて来てくれる。


店の中を覗くとお母さんは泣き崩れ

そのお母さんを慰めていたお兄ちゃん達が私達を追い掛けようとした時

お父さんがお兄ちゃん達にお母さんを頼むと云い伝えると泣き崩れて居るお母さんの元へ

私の方を何度も見返しながら戻って行った。


おそらくお父さんは死を覚悟して居る。

だから少なくてもお兄ちゃん達には生き残って

お母さんを守って欲しいと云う事に違いなかった。


私はそのまま神官に手を掴まれ周りを従士に逃げられない様に囲まれ

道行く人達に見られながら教会の尋問塔へと連れて行かれた。


お父さんは尋問塔の門の前で門番に掴まりそれ以上中へは入れなかったけれども

最後に大きな声で私の名を呼んだのを未だ耳の中に残って居る。


「シェリース!」


その泣き叫ぶような声を聞きながら私は塔の中へと連れて行かれ牢へ放り込まれた。

そこには幾人もの罪人と思われる人それとも私と同じ様に冤罪で捕まった人とも取れない様な人達が

その中で苦しんでいる様子が私の居る牢からも見えた。


そして遂に私が牢に入れられたから間も無くあの恐ろしい部屋へと連れて行かれた。

執行人は黒いローブに黒いマスクを被り誰とも判らない様にして居る。

そのせいか余計怖ろしさが込み上げて来た。


「うっわ~~!」


恐ろしさの余り泣き叫ぶけれど誰かが助けに来る訳も無く

私へ拷問が始まった。


始め何も言わず立ったまま私の両手を鎖でに縛り上げ動けない様にすると

私の後ろで『バチン』と何かが高い音を立てた。


「魔女であれば今直ぐにでも吐け、出なければ何時までも続くぞ。」


マスクの中からくぐもった声で私にそう告げると

突然私の背にあの音と共に激痛が走った。


「ウッワ~~~~~!やっ止めて!違う魔女なんかじゃない!」


どんなに泣き叫ぼうとも何度も何度も鞭打たれた。


魔女でも無いのに魔女何て言える筈が無い

もしこの苦しみから逃れる為魔女だと認めれば今度は家族が

魔女を匿ってたとして拷問に掛けられ処刑される。


そう思うとただ黙って鞭打ちを受けるしか無かった。


すると今度は椅子に縛り上げられ左手の爪を1枚づつ剥がされその痛みに耐え兼ね気を失うと

冷たい水を頭から掛けられた。

その冷たさに一瞬震えるとマスクの男は私の顔を覗き込み。


「ああ、冷たかったか。それでは温めよう」


熱湯の入った大鍋を持って来ると私の足にぶちまけた。


「熱い!あっあっ・・」


その暑さに足を動かそうとしても縛り上げられていた為足を動かして

冷ます事さえ出来ない。


「しかし、綺麗な顔だな。この顔で男を騙して来たのか?」


ジリジリと痺れるような痛みに身体を揺すって居るとその男はナイフを取り出し私の顔に当てた。


「嫌~!止めて!ヤダヤダヤダ!」


しかしその男は私の声が聞えない振りをしたままそのナイフを私の頬に食い込ませ

一気に口元近くまで切り裂いた。


「イヤ~~!」


その次には額にそして瞼のすぐ下からまるで私の顔を弄ぶように切り刻む。


その痛みと顔を切られたショックで俯くと今度は無理やり髪を掴まれ上を向かされ

切られた頬を平手打ちされその傷の痛みに泣き叫ぶと又残って居る左指の爪をはがされ始める。


それから一体どの位時間が経ったのだろう。


傷みに意識を手放せば水を掛けられ熱湯に鞭打ち・・・

そして気が付けば私が最初に入れられた牢の中に投げ込まれ

無意識の内に痛みに耐え兼ね喚きのた打ち回って居た。


もうヤダ。

どうせ生きて家へ帰れないなら今すぐにでも死にたい。

死んでこの傷みから解放されたい。


そう思って居ると突然牢の扉が開かれ誰かが入って来た。

顔を向けても涙でぼやけ誰だかさえ判らない。


その人が少しづつ私に近づく。

私は恐ろしくなり後退ると抱き付かれ

聞き覚えのある優しい声が聞えて来た。


「酷い。シェリス私ミントよもう大丈夫。痛い事なんてしないから。」


ミントの声!

まだ涙で目はぼやけて良く見え無いけれどこの声は間違いなくミントの声だ!

でも何故こんな所にミントが?

教会はヴァンパイアが一番嫌う場所の筈なのに。

そう思うとこれは夢なのでは無いかと思いが浮かんで来る。


夢でも良いミントに会えた。

そう思うと嬉しくなりミントと一緒に買ったペンダントを持ち上げ見える場所まで顔に近づけた。


ミントの声が私に何か語り掛けて居る様だけれど私には何を云って居るのかさえ

頭が混乱して判らない。


その内漸く少し落ち着きミントの顔が目の前に有る事に気付いた。

夢なんかじゃない!

ミントが私の為に苦手な教会の尋問塔まで来てくれた。

でも、ヴァンパイアの彼女に教会の施設の中で無理をさせる事など出来ない。

頼めるのはただ一つ。


「ミントお願いだから私を楽にして・・お願い・・私の血全部上げるから・・」


ミントは私が彼女がヴァンパイアと

知っている事に驚いて居た。

私だって伊達にミントの親友をして居ない。


私が初めてミントがヴァンパイアだと知ったのは

私がまだ13歳になったばかりの頃

あの時もミントはメイドのクリアと共に私の家に遊びに来て夕方帰って行った。

その時ミントが忘れ物をした事に気付きそれを手に追い掛けた時

丁度クリアが若い女性を路地裏へ連れて行く所だった。


「あれ?ミントは?」


そう思いこっそり後を付けて行くと

誰もいない様な暗く寂しいその奥にミントが蹲って居た。


「ミント!」


何か有ったかと思い声を掛けようかとしたその時

その女性に抱き起されたミントはその女性の首筋に噛みついた。


ミントが血を吸って居たのはほんの数秒だったのかも知れないけれど

私は驚きその場で腰を抜かしそうになるのを必死で抑え

家へ駆け戻った事を良く覚えている。


その日はミントがヴァンパイアだった事が信じられずベッドに入っもなかなか寝付けなかった。


そして次にミントに会った時は何時もと同じ様に

彼女はお道化て私を楽しませ

2人で街中を遊び回った。


その時はきっと何かの見間違いだと自分に思い込ませるようにして居たけれど

今普通では入り込めない筈の教会の尋問塔にミントとクリアが居る事で

ミントがバンパイアである事が私の中で確定した。


だからミントがヴァンパイアである事は私が信じようとしなかっただけで

本当は気付いて居た。


そして今。

私の為にヴァンパイアにとって苦手な筈の教会施設まで来てくれたミント。

バンパイアだって良いじゃない。

ミントはミント。

生きる為に人の血がほんの少し必要なだけ。

だから恥ずかしいけれど今になってその蟠りが解けた。


『ミントが大好き』


その気持ちが本物になった。

その事をミントに告げると彼女は『バカ』と云い捨てた。


如何してその様な事を云うのかと聞くと

今迄私をヴァンパイアである事を隠し

だまして来た事を謝ってくれた。


でも、私が逆の立場だったとしてもきっとミントと同じ様に

親友に秘密にして居たに違いない。


それはきっとミントも同じ

もしその事を話して怖がられ嫌われたく無いから。


だからこそミントにしか頼めない事が有る。


「でも、そんなミントも私は好き。だからお願い私を楽にして。」


私の人生を終わらせて貰おう。

ミントになら私の最後全てを任せられる。


その私の願いをミントが答えて叶えてくれると云い

私の首に噛みついた。


始めちょっと痛みが走ったけれどあの拷問に比べればちょっと突かれた程度にしか感じない

それよりも血を吸われている間身体の全ての痛みが引き逆に心地よささえ感じて来る。


そうか、これがヴァンパイアに血を吸われると言う事。

これなら悪く無い。


そして徐々に意識が遠のいて行く

ああ、これが死を迎えると言う事なのかと思えた時ミントがそれを止め

私の耳元で呟いた。


「私もシェリスが大好き。だからその苦痛から救い出してあげるね。」


一瞬ミントの嬉しい告白に驚きそして漸く楽になれると云うその言葉に私は全てをミントに委ねた。

するとミントが私に口移しで私に自分の血を飲ませる。

既に体の自由を奪われた私は素直にそれを受け入れると一瞬ドクンと心臓が高鳴り全身に

痺れるような痒みの様な不思議な感覚が流れ遂に意識を手放した。


次に私が意識を取り戻した時は驚いた事にミントの首筋に噛みつき彼女の血を飲んで居た。

私は驚きついミントを思わず突き飛ばし私も後ろへと飛び退いた。


なんで私がミントを襲って居る?

怖かった。

私を大好きと云ってくれたミントを私が襲って居る事が

そして何故死んだ筈の私がミントの部屋に居るのかが判らず呆然と倒れ込んだミントを見つめて居た。


「あっ!ミント!ゴメンなさい!私ミントに酷い事を・・」


私の発した最初の言葉。


それに対しミントは自分が倒れて居るにも拘らず

私の心配をしてくれる本当に優しく素敵な親友。


でも、私がミントに噛みつき彼女の血を飲んで居た事は事実

つまり私がヴァンパイアになった事を意味して居る。


ミントは全て明日話すと云ってくれて居るけれど大よその事は想像に難しくない。

ミントは優しい。

彼女は私を殺す事が出来ず意識を奪い死んだ事にしてヴァンパイアにして助け出してくれたに違いない。


そうでなければ私がヴァンパイアとしてここに居る事自体説明できないし

彼女なら私の家族を犠牲にする筈が無いから

あのまま私を逃がす筈もない。


私はミントを信じる。

そして・・・自分がヴァンパイアになった事を・・受け入れる。


出なければミントを否定する事になるから。

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