第7話 苛立ちと解放。

午前中バーモンドの剣術の訓練を終え昼食後少し休んでから

シェリスの家へ駆けだしたい気持ちを押さえながら向かった。


早くシェリスに会ってラングとの事を話したい。

一体どんな反応をするだろう?

きっと驚くだろうな。

そしてもしかするとシェリスは片思いのファークスへ告白するかも知れない。

そうなったら2人で夫を連れて出掛けるのも良いかも知れないな。


そんな事を考えて居るとシェリスの家の近くまで来ていた。


シェリスの家は領都内では知らない人が居ない程有名酒造メーカー『ロカリット』。

当然ながら何時も多くの人で賑わい活気に満ちて居る・・・

筈なのに何故か今目の前に有る店先には

何故か騒然とした様子が見られる。


嫌だ。


凄く嫌な胸騒ぎがする!


私はどうしようもない衝動に駆られその場から駆け出しそのまま人垣をかき分け店内へ駈け込んだ。

そこで目にしたのは荒れた店内に顔に痣を付けたシェリスの兄アークスが

涙を流しそれを隠す様に片手で顔を覆い。


次男のバッジスとおばさんが

そのアークスに寄り添って居る姿だった。


「一体どうしたの?シェリスは?おじさんは?」


「連れて行かれた。シェリスは何もして居ないのに・・・」


次男のバッジスが私に気付き答えて来る。

その顔にも今にも泣き出しそうに涙が浮かんで居るのが私にも判った。


叔母さんは既に言葉も出す事が出来ない程に涙でボロボロになり

アークスに抱き着き動こうともしないで居る。


「バッジス

お願い教えて一体誰にシェリスが誰に連れて行かれたの?」


「教会だ。シェリスが魔女だって云いやがった!そんなわけ無いじゃないか!

シェリスがそんな・・・」


「魔女!酷い・・それで叔父さんは?」


「親父は教会の神官に最後まで抵抗してそのままシェリスの後を追って行った。」


魔女の疑いを受けて教会に連れて行かれた人の運命は既に決まっている。

『魔女裁判』教会の行うそれは名前こそ裁判だけれどもやる事は拷問。


魔女と疑われた者は教会の尋問塔に連れて行かれ魔女裁判の名の元に

あらゆる拷問を受ける。


そしてその拷問に耐え切れず死んでしまえば無実として家族に遺体が引き渡される。

もしその拷問を絶え生き残れば魔女として死刑が言い渡され

火刑に掛けられる。


何方にしろ一度魔女の疑いを教会に掛けられたら生きて帰る事が出来ない。


当然誰かが魔女だと訴えただけではその様な魔女裁判には掛けられず

その他の証言が有って初めて認められるのだけれど

シェリスはそんな人に恨まれるような女の子じゃ無い。


一体誰が?


それよりも教会・・・


幾ら私達バンパイアでも手が出せない相手

私達が出来るのはただ見守るだけ。


そんな事、そんな事出来る分けが無い!

あの優しいシェリスが拷問を受けて殺されるのをただ待つだけなんて!


折角ラングが私に結婚を申し込んでくれたのに

叔父様が私の我儘を聞いてくれたのに。


ラング、叔父様御免なさい。

もし私に何か有ったら見捨てて欲しい。


私は心の中で詫びると自分の家へと走り出した。


せめてお父様にはこの事を伝えなければ。

今日はまだ屋敷に居る筈。


急いで帰ればまだお父様に会える。

屋敷へ帰ると幸いまだお父様は出掛けておらず

まだお母様と居間に居ると聞きそこへ駈け込んだ。


「お父様!」


私が飛び込むと同時に声を掛けると驚いた様に

お父様がソファーから立ち上がった。


「ミント!一体どうしたんだ!シェリスの所へ行ったんじゃ無かったのか?」


「そのシェリスが・・・」


私は半泣きになりながらシェリスの事を両親に話した。


「それで」


お父様が私を慰める様に私の背を擦りながら優しい声で聞いて来てくれた。

おそらく私がやろうとして居る事を察しての事だろう。


「私、シェリスを助けたい!」


パシン!


突然私の頬を打つ乾いた音が居間に響いた。


「ミント!貴女今自分が何を云ったのか判って?」


「お母様。十分判って居る。だから私に何か有ったら見捨てても良い。

だからお願い行かせて。」


お母様の目にも光る物が落ちそうになりながらも私を叱ってくれる。

私だって自分の云ってる事は下手をすれば

他のバンパイアに迷惑をかける可能性が有る事は勿論

叔父様との約束を破る事だとも判って居る。


だから婚約を解消され様とも見捨てられても構わない。


シェリスを助けたい。


そして何より例え死のうとも後悔だけはしたく無いだから。


「お願い行かせて!」


「貴女は何も判って無い!これは今までの我儘と違う!

これはファスエル子爵領に住むバンパイア全てに関係する事なのよ!」


「お父様は何時も私達はファスエル子爵に助けられた恩を忘れるなと仰います。

勿論私も叔父様は好きだしラングにだって嫌われたくはない!

でも、シェリスは私の大事な親友なの!

昔私達バンパイアがファスエル子爵に助けられた様に私もシェリスを救いたい!」


「ミント!貴女って子は!」


お母様がもう一度私の頬を打とうと上げた手をお父様が止めた。


「ミリア」


お父様が何かを決断した様にお母様の名を呼んだ。


「ミントがそこまでの決断を自分で下したんだ。

行かせてやろうじゃないか。

後は私が何とかする。」


「でも・・」


「今夜クラムの所へ行く。」


「判りました。」


お父様の一言でお母様が振り上げた手を引き部屋を出て行った。


「ミント、やる事は判って居るな。一度動き出した歯車は止める事は出来ないぞ。」


「はい、判ってます。」


「それなら良い。行って来い。」


「お父様有難う。」


私は思わずお父様の右手を両手で

ぎゅっと握った。

お父様の暖かく大きな手

その手は私に大きな安心感を与えてくれる。

突然手を握られたお父様はそのままピクリとも動きもせず私を暫くの間見て居たけれど

漸くもう片方の手で私の頭に乗せ撫でてくれた。


「ミント、大きくなったな。

必ず・・・帰って来い。

これは私との約束だ。誓ってくれるか?」


「はい、必ず約束します。」


そしてその夜私専属のメイドのクリアを連れ教会の尋問塔へ潜り込んだ。

お父様の話しによると魔女は実在しない。

殆どの場合教会側の力を示す為

そして人民の不満を他へ逸らす為に行われて居る行為。


既に180年以上生きたお父様でさえその魔女たる者を見た事が無いと云われた。

それなら尚更教会を許せない。


自分達の利益の為に人の命を弄ぶ行為を平然と行い

ヴァンパイアの使わせない為と罪も無く静かに暮らしているヴァンパイアを狩る。


でも、そんな教会へ直接手を出す事が出来ないこの苛立ちが嫌になる。


その気持ちを押さえながら奥へ奥へとシェリスが捕らわれている牢獄へと足を進めた。


正直教会の尋問塔の様な所でさえ私達の力を使えば簡単に侵入する事は出来る

ただ問題は誰にも見つかる事無くシェリスと接触を果たす事。


しかしそれでさえ『プラティ』の力を使えば・・・


時折人が通る通路を密かに身を隠しながらクリアと共に奥へと進む。


暫く進むと鉄製の鍵の掛かって居る扉が現れそれを

自分の血を流し込みその血を操り開錠してその奥へ数歩進んだ所で私達の足が止まった。


そこに広がるのは左右に広がる牢獄。


中には既に息絶えて居るのかさえ判らない者も居れば呻き声を上げながら這い蹲る者

そして独り言をブツブツ呟く者。


この中にシェリスが居る。

そう思うだけで居た堪れない気持ちになりブルリと体が震えた。


「ミントお嬢様?」


「大丈夫。クリア行くわよ」


クリアの一言で我を取り戻し自分の指先を短剣で傷付け血を出す。


「血霧 酔夢」


その血を霧状に変え牢獄中に広げる。

そしてその血の霧に触れた者は次々に静かに眠りに着いた。


たった一人を除いて。


「クリアあそこ!」


私が指さす先には黒く血濡れられ破れたワンピースに身を包み

牢の中で蹲り聞くに堪えない様な呻き声を発する少女が居た。

あの声は間違いなくシェリスの声だ。


私がその牢の鍵を開け静かに入るとそれに気づいたシェリスがスッと後ろへ逃げた。


「シェリス、もう大丈夫私よ。逃げなくても良いわ。」


「お願い!もう痛いのは嫌!止めて!」


「シェリス・・・」


良く彼女の姿を見ると左手の爪は全て剥がされ足には酷いやけどの跡

背には鞭打たれたのか引き裂かれたような服と

まるで蛇が這ったかのような抉れたような傷

そしてあの美しかった顔にさえ切り傷が幾つも見える。


「酷い。シェリス私ミントよもう大丈夫。痛い事なんてしないから。」


そう言って彼女を抱きしめると漸く私だと気付いたらしく

彼女は身体の力を抜き抱き返してくれた。


「ミント何で貴女がここに居るの?私夢でも見てるの?」


そう言って爪の剥がれて居ない方の手で胸元のペンダントを持ち上げて見つめた。

それは以前私とお揃いで買ったペンダント

もうそれを見ただけで私は泣き出しそうになる。

それと同時に沸き上がる怒り。


「一体誰がシェリスにこんな事を!」


私が思わず声を荒げ立ち上がるとクリアが私の手を掴み首を横に振った。


「ミントお嬢様。」


「判ってる。教会には手を出さない。でも、こんなのって酷いよ・・」


そうしてもう一度シェリスを抱きしめると今にも消え入りそうな声が私の耳に届いた。


「もう私帰れない。それにこれ以上もう痛いのは嫌。

お願いミント私を殺して。」


その言葉を聞いてぎゅっと彼女の身体を強く抱きしめると

彼女は体を捩り逃げようとする。


「痛い!ミント痛い!」


「ゴメン・・・」


私は腕の力を抜き彼女を解放するとシェリスは両手を床に着いて

涙を流した。


「ミントお願いだから私を楽にして・・お願い・・私の血全部上げるから・・」


「エッ!」


驚いた。

シェリスは私がバンパイアである事を知らない筈なのに何故そんな事を。


「シェリス何でそれを!」


「私を誰だと思ってるのよ。貴女の親友でしょ。大好きな親友の事を知らない訳無いじゃない。

それは最初は驚いたけど。ヤッパリ私はミントが大好きだから。」


「バカ!」


「酷いな。親友に対してバカなんて。」


そう言って痛い筈の左手を私の頬にあてた。


「違う。バカなのは私。こんなにも思ってくれてるのに私はシェリスを騙し続けたのよ。

本当にバカ!親友を信じないなんて。」


「でも、そんなミントも私は好き。だからお願い私を楽にして。」


「判った。貴女の血を貰う。」


そう言ってシェリスの首筋に牙を立て彼女の血を飲んだ。

初めて味わう苦く塩辛い血。


気が付けば私は涙を流しながらシェリスの血を飲んで居た。

暫く飲んで居ると徐々に彼女の顔色は白くなり

今迄確実な音を立てて働いていた彼女の心臓の鼓動は弱まり

体温が下がり始める。


そして意識の保てるギリギリの所で

シェリスの血を飲むのを止めた。


そして一言耳元でどうしても云って置きたかった事を呟いた。


一瞬彼女の目が見開いたと思うと徐々にその目は閉じ

体中の力が抜けて行った。


「ゴメン、シェリス。」


ギュっと唇を噛みしめ自分の歯が当たった場所から血が滴り落ちる。

その血をそのままにシェリスの唇に口づけをした。


それが私が人・族・の・親・友・を失う瞬間だった。


「うっわ〜〜〜〜〜〜」


私はどうしょうもない衝動に狩られ腹の底から叫んだ。

その声は誰もが私の血で眠っている牢獄の中に響き渡った。


翌日彼女の遺体は両親の元へ魔女裁判で無実だった事を告げられ返された。


私は泣き叫ぶ彼女の家族を

ずっと遠目からその様子を見て居るしか出来ずに居た。


その次の日には棺に入れられたシェリスの遺体は埋葬され

その日一人の男性が誰も居なくなったその墓標の前で蹲り静かに泣く姿が多くの人に目撃された。


「ファークス貴方の好きなシェリスを奪ってゴメン。」


その姿を見届けて私は屋敷へと帰った。

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