6. 学校でも......

 朝までイヤな余韻を引き摺っていたものの、あの魔の1日から解放され、やっと、学校で癒しの時間を過ごせるはずだったのに......


 なんで、ここにまで、あいつがいるの!


 朝のホームルームの時間に、担任の兼松先生と共に現れた!


 クラス中の視線があいつに集中する。

 分からないでもない。

 男のくせに、妙にはなが有るから。

 私だって、一瞬、見惚れた。

 ほんの一瞬だけだけどね!


 あいつが同学年だったなんて知らなかった!

 知りたくもなかった!

 同学年どころか、よりによって、同じクラスだなんて!

 最悪にもほどが有る!


 家だけでも、もう結構! ってくらいなのに、どうして、追い打ちをかけるように学校でまで、こいつと顔合わせなきゃならないの!

 魔の1日は、もう締め括って欲しかったのに!

 これからはずっと家でも学校でも、こいつが常に近くにいるって、どういう種類の拷問ごうもんなの、これ?


 勘弁してよ~!


 こんな事なら、今朝、結婚に猛反対してた!

 あの時は知らなかったから、希羅斗きらとあおられたし、つい流れ的に賛成しちゃったけど......

 同学年だって事も、同じクラスになってるって事も、どうして、お父さん、前もって教えてくれてなかったの?


 もう、私のバカバカ~!

 朝のお弁当の時点で気付くべきだった!


 市内の中学校で給食じゃないのって、うちの学校と、あと1校くらいだけなのに......


「今日から、2年3組の仲間に加わる事になった、諸橋中学校からの転校生を紹介する。坂井希羅斗きらと、今はまだ坂井だが、もうじき上柳になる」


 兼松先生が余計な事を言うから、あいつに向けられてた視線が、今度は私に集中している。


『上柳』なんて苗字、珍しいんだから!

 当然、私と何か関係有りそうに勘繰ってしまう。

 でも、希羅斗きらとが挨拶し出したら、視線はそっちに戻って、ホッ。


「坂井希羅斗きらとです、よろしく」


 緊張とは全く無縁な様子でサラッと言って、軽く頭を下げていた。


 なによ、あんな澄ましちゃって!

 あんな性格ブサイク男のくせに、猫かぶっちゃって!

 女子の大半の視線をかっさらって、イイ気になっちゃって!

 

「分からない事が有ったら、上柳に聞いてもいいが......」


 担任の無神経な発言で、また私が注目されてる!

 ちょっと、担任、私に恨みでも有るの?

 そのせいで、首を横に振って、みんなの視線をかわさなきゃならなくなった!


「......と思ったが、やっぱり学級委員の川浦と磯前いそまえに聞いてくれ。席も磯前いそまえの横が空いているから、丁度いいな」


 担任の指差した空席に座った希羅斗きらと

 

「初めまして、磯前いそまえ穂澄ほずみよ。よろしくね、イケメン君」


 早速、磯前さんが人懐っこい笑顔を向けている。


「よろしく」


 ぶっきら棒に言って一瞥いちべつしただけで、席に着いた希羅斗きらと


 磯前いそまえ穂澄ほずみは、私が憧れるものを全て兼ね備えたパーフェクトガール。

 ほとんどの男子は、磯前いそまえさんに首ったけ。

 私の憧れの君、川浦慶将ちかまさ君だって、口にも態度にも出してはいないけど、多分、磯前いそまえさんが好きなんだと思う......


 神様は不公平だよ!

 顔もスタイルも頭も運動神経も性格も人気も、磯前いそまえさんの右に出る人なんていない。

 どれか1つでもいいから、私のと交換してくれたらいいのに!



「ねえ、愛音あいねちゃんと転校生の坂井君って何か関係有るの?」


 1時間目の後の休み時間に、友人の臼井芹花せりかが首を少し傾げて尋ねて来た。

 芹花は可愛くておっとりとしたお嬢様で、クラスの男子の人気を磯前いそまえさんと二分している、私の自慢の友人。

 私も、芹花といる時は、彼女の雰囲気に吞まれて、自分も比較的おっとりさんでいられている。


「ううん、関係無い......って言いたいけど」


 芹花は悪気無いって分かっているけど、あいつの事なんて、口にするのも抵抗しかない。

 

「関係無いって言いたいけど、関係有るの?」


 その話題に触れられたくなくて、ホントの事を言えず悶々もんもんとしている私の様子を見るに見かねて、先に声にしてしまう芹花。


「うん......」


 ふと、あいつの方をチラッと見ると、信じがたい事に、もう磯前いそまえさんの猛アプローチが始まっている!

 磯前いそまえさんは当然、男子からもモテるけど、自分からもグイグイ迫るタイプで狙った獲物は逃さないから、あいつが、磯前いそまえさんと付き合うのも時間の問題かな?


 まあ、関係無いんだけどね!


磯前いそまえさん、もう坂井君に接近しているね」


 磯前いそまえさんが色んな男子に言い寄ってるのは見慣れていたけど、今まで、芹花が気にした事なんてなかった。


 どうして、今回は気にするの、芹花?


磯前いそまえさんは、目立つ男子が好きだから」


 あいつのルックスだけは、磯前いそまえさんにとって申し分の無い路線なのかも知れない。


「男子って皆、磯前いそまえさんに夢中だから、羨ましい」


 私ならまだしも、かなりモテる部類の芹花が磯前いそまえさんの事を羨ましく思っているなんて!


「芹花だって、男子の人気高いよ!」


 私がヨイショしているのが耳に入って無いように、予想外の事をボソッと呟いた芹花。


「私も、坂井君の隣の席が良かった......」


 えっ......?


「芹花、もしかして......」


「うん、私、坂井君に一目惚れしちゃった」


 芹花は世間知らずの大人しいお嬢様で、あいつの本性を知らないから、そんな事が言えるんだ!


「あのね、言っておくけど、芹花、それは絶対にお勧め出来ない!」


 なるべく感情的にならないようにして言った。


「どうして?私なんか、磯前いそまえさんにはかなわないから?」


 哀しそうな表情の芹花。


「そんな事じゃなくて......芹花は、十分可愛いし.......」


「だったら、どうして反対するの?もしかして、愛音ちゃんも、坂井君の事が好きなの?」


「えっ、そんなわけ絶対ないからっ!」


 強く言い切った声が、クラス中に響き渡って、一瞬シーンとなった。

 イヤだ、も~っ!

 私、学校でも今まではずっと、芹花と同様に大人しいキャラだったのに......


「愛音ちゃん......?」


 芹花がビックリしている......

 クラスメイト達も、まだこっちを凝視している。

 あいつのせいだ~!


「ごめんね、芹花。違うって事を強調したかったから、つい大声で言ってしまった」


 クラスメイト達が、何事も無かったのかのように、また各自、おしゃべりし出した。

 あ~っ、あいつに関わり合うと、自分がどんどん崩れていく~!


「うん、普段は大声なんて出す事の無い愛音ちゃんなのに、いきなり大声出してきたから驚いちゃった。愛音ちゃんは、そんなに坂井君がキライなのね?」


 念押ししてくる芹花。


「ホントに『大』がいくつも永遠に並ぶくらいキライ! 私の人生で、あんなイヤな奴、初めて! だから、大事な親友の芹花には、どうしてもお勧め出来ない!」


 こんな優しくて可愛らしい芹花が、あんなイヤな奴に苦しめられるところなんて、見たくないもの!

 あいつに翻弄ほんろうさせられるのは、私だけで十分。


 あっ、もしも、磯前いそまえさんが、自ら、その役を代わってくれるって申し出てくれるなら、喜んで、熨斗のし付けて差し出します!


 とにかく、私は、あいつに極力関わり合わず、平和な学生生活を営みたいだけだから。

 せっかく、憧れの川浦君と初めて同じクラスになれた事だし、次のクラス替えまでのこの1年間は存分に楽しまないと!


 川浦君は、早速、磯前いそまえさんがあいつにアプローチしているのをどう思っているの?

 全く気にして無いような感じに見えるけど、川浦君は他の男子達と違って、磯前いそまえさんに関心無いのかな?

 それともポーカーフェイス?

 どっちにしても、川浦君は、やっぱり知的で寡黙かもくでカッコイイ!


 あいつにも、川浦君のクールで大人な性格を少しは見習ってもらいたい!


 ......と切に思いつつ、ふと、あいつの様子を見ると、磯前いそまえさんに相変わらず言い寄られている。

 磯前いそまえさんといい、芹花といい、どうして、あいつが良いの?

 あの横柄おうへい唐変木とうへんぼくな本性を知ったら、熱した気持ちもすぐ冷めると思うけど。

 見た目だけが取り柄の男子がモテるのは、最初のうちだけに決まってるんだから!



 昼休みは、自由に仲良しで一緒に昼食を食べられる息抜き時間。

 私は、一番後ろで解放的な芹花の机に、自分の椅子を持って行って一緒に食べている。


「愛音ちゃん、今日のお弁当、いつもと違うね」


 いつもは、冷凍食品の揚げ物とかのお世話になって、手作りは卵焼きくらいのお弁当が、今日のお弁当には揚げ物の他に煮物や酢の物やカットフルーツまで入っている!

 色んな品目が含まれて栄養価が高そうなのに、しっかり見映えも良い。


「あっ、私、寝坊していて......昨日の夕食の残りとか、買ってあったお惣菜とか詰めて来たから」


 慌てて弁明したけど......

 芹花と、あいつの席が離れていて助かった!

 あいつとお弁当の中身一緒だって、絵美さん言ってたし、バレたら、絶対よろしくない!


「そうなんだ、残り物とかでも美味しそう」


「うん、美味しい」


 自分の作ったものって、何だかよく分からないけど、他の人の作ってくれた料理って美味しく感じるから、それなのかな?

 絵美さんの手作りお弁当、冷めてもすごく美味しい!

 こんなに美味しいなら、絵美さん、これからも作ってくれるって言っていたのを断らなければ良かった......


 あいつはいつも、絵美さんのこんな美味しい手作りのお弁当を食べて来たなんて、贅沢な!

 チラッとあいつの方見ると、やっぱり磯前いそまえさんと一緒に、お弁当食べている。

 磯前いそまえさん、あいつのおかずを食べてるし!

 初日そうそう、磯前いそまえさんって、感心するほど積極的!

 傍目はためからは、もうあの2人、付き合っているように見えるくらい。

 

 芹花も気になって、さっきから何度もそっちの方をチラチラ見ている。

 芹花は可愛いけど、積極性では、磯前いそまえさんにかなわなそう。

 所詮しょせん、男子なんて来るもの拒まず、ううん、磯前いそまえさんみたいなキレイどころが、ありがたくも寄って来たら、断る理由なんて1つも無いよね。


「愛音ちゃんって、引っ越したのでしょう?今度、遊びに行っていい?」


「うん、いいよ。あっ、でも、まだ片付いてないから、片付け終わってからね」


 芹花が遊びに来るって事は、あいつが一緒に住んでいる事がバレてしまう!

 苗字がまだ違うし、一緒に住んでいる事は、まだ周りにバレたくないから、しばらくは、家の荷物が片付いてないから、って言って断る事にしよう。


 放課後、帰宅部の私と芹花が校門から出た時、校門の外で、珍しく他校の制服を着た女子が1人で佇んでいた。


「愛音ちゃん、あの制服って、どこの中学校かな?」


 私達の中学校のセーラー服とは違う、紺色のブレザーの制服。

 うちの中学は、肩より長い髪は、黒か紺の地味なゴムで結ばなければならないのに、ミディアムロングの髪を下ろしている、ハデ目に見える女子。

 私達より、大人っぽく見えるから、中3くらいかな?

 

「どこなんだろう?諸橋とか?」


 でも、諸橋だったら、あいつが元居た中学?

 あいつを追って来た?

 まさかね......


希羅斗きらと、ヒドイ~! 転校するなんて、一言も言ってなかったじゃん!」


 あいつが出て来た瞬間、駆け寄った他校生。

 やっぱり、あいつの事を待ち伏せしていたんだ!


仁姫にき、どうして分かった?」


「先生に問い詰めて聞き出したの! 私、希羅斗きらとが転校しても、放課後こうして会いに来るから、希羅斗きらとも、この学校で彼女とか作らないでね!」


 聞き耳立てるつもりは無かったけど、聴こえて来た。

 この女子、見かけはハデなのに、意外と健気けなげな感じ。

 わざわざ希羅斗きらとなんかに、そんな事を言う為に他校まで、制服のまま追って来るなんて。

 あいつにはモッタイナイくらい!


「もう手遅れじゃない? だって、希羅斗きらとは、私と付き合う事にしちゃったから」

 

 えっ......!


 タイミング良く現れた磯前いそまえさんの言葉に、私だけじゃなく、聞き耳を立てていた周りの生徒達は息を呑んだ。

 ホントに、初日早々、磯前いそまえさんと希羅斗きらとは、交際宣言するつもりなの?

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