4. 新生活

 少し前まで、予備のトイレットペーパーしかなくて殺風景だったトイレが、一気に賑やかになった!


 絵美さんは、普通~多い日用とか夜用の羽根つきの生理用ナプキン1袋ずつの他、少ない日用のナプキン、オーガニックコットン使用のおりものシートまで購入してくれて、2階のトイレの上の棚に分かりやすく配置してくれた。


 足元の手前の隅には、手を使って蓋を開けなくても、ペダルで開閉して便利な銀色の汚物入れも用意してくれた。

 どれも、私が買いに行くには、かなり抵抗が有る物達ばかりだ。

 それらを用意してくれた絵美さんの心遣いには、とても感謝している。


 それだけでなく、絵美さんは、お祝いだからと言って、美味しい旬の果物がふんだんに乗ったフルーツタルトまで買ってくれて、私が作れないくらいの品数の豪華な夕食の後に、お祝いしてくれた。

 お赤飯も有って、大人になった儀式のような感じで照れ臭かったけど......

お父さんと2人っきりの時に、初潮を迎えて、口数が少なくなって、気まずい状態での夕食を想像すると、このタイミングで絵美さんの存在は、すっごく有難かった!


 本心から、それは感じている!


 でも、私、お父さんと絵美さんの再婚に賛成しているわけではないの!


 だから、私の大人になったお祝いの余韻のせいなのか、最初っからその予定だったのか知らないけど、私と初対面のその夜、そのまま我が家に泊まるっていうのは、どうかと思う!


 しかも、あの超無神経男の希羅斗きらとまで、当然の如く、私の隣の部屋を陣取って、寝泊まりするなんて!


 私、許すなんて一言も言ってない!

 思春期のデリケートな娘がいる家で、そんな勝手な事はしないでもらいたいんだけど!

 

 この大して厚くない壁を隔てた向こう側に、希羅斗きらとがいると思っただけで、もう睡眠障害になりそう!


 それにね、21時回っているのに、格闘技系の動画見ているのか、バタバタ動いている音がして煩いし、動画の音量も高い。

 私の睡眠妨害してくるなんて、許せない!


「煩くて眠れない~! 静かにしてよ~!」


 希羅斗きらと側の壁をドンドン叩いて、怒鳴った。


 あ~、スッキリした!


 私、けっして、こんな性格じゃなかったはずなのに......

 ずっとあんなに大人しくて、聞き分けの良い子だったはずだったのに......


 絵美さんとあいつが現れたからだ!


 そして、非常識にも、あいつが初日早々、夜遅くまで騒がしいから!

 あ~、あいつのせいで、何だか、こっちまで粗野な性格になってしまう!

 これは、私が悪いんじゃなくて、あいつの悪影響を受けてるからだと思う!

 

 あれほど私が怒ったにも関わらず、あいつ、ボリューム下げないし、尚更ドタバタしてるんだけど......


 ホントにどういうつもりなの?


 ここでこんなに煩いって事は、1階なら相当響いているはずなのに!

 それに、普段、大人しい私がドンドン壁を叩いて怒鳴っているんだから、それで流石に気付くよね?


 なのに、どうして、お父さんも絵美さんも無反応なの?


 絵美さんは、あいつの親だから、叱ってくれていいはずじゃない?

 よその家にお邪魔して、その住人にこんなにも迷惑かけているんだから!

 

 これほど騒々しい音も耳に届かないくらい、お父さんも絵美さんも、この時間から爆睡してるの?


 それとも......


 こんな事、想像するのも何だかおぞましいんだけど、まさか、この騒音に気付けないほど、2人は下で何らかの行為に熱中しているなんて事ある?


 イヤっ! 

 嘘だって信じたい!


 あのお父さんと絵美さんが、新居に引っ越した翌日、初対面の私の部屋の真下で、そんな行為に及んでいるなんて!


 ダメだ、そんな事を考え出したら、もう、人間不信になりそう......


 私が、こんなにメンタルに響きまくってるのに、あいつは、平気なの?


 そういう想像とか全く出来ない単細胞人間とか、図太い神経の持ち主だったら、気にしなくていいかも知れないけど、私は生憎あいにくと思考能力が発達しているし、繊細だから。


 ......よくよく考えて見ると、お父さんの寝室は、私というより、あいつの部屋の真下だよね。

 じゃあ、もしかして、その音に気付いてしまって、私みたいに衝撃が大きくて、それを誤魔化す為にわざと騒々しくしているの......?


 それとも、私に気付かせない為の配慮とか......?

 いやいやいや、有り得ない!

 だって、あいつだよ~!

 

 念の為、急遽きゅうきょ、その事を確認したくなって来た。

 希羅斗きらとの部屋をノックしても、騒がし過ぎて返事が無いから、そのままドアを開けた。


「何だよ、勝手に部屋に侵入するな!」


 突然、私が入って来るとは予想もしてなかった希羅斗きらとは、焦りながら怒っている。


「私は、この家の人間なの!」


 こんな奴に主導権を渡すもんか!


 そんな事より......ちょっと待って!

 希羅斗きらとの部屋は、お昼まで、何も無い殺風景な空間だったはずなのに......


「何......? この部屋、どうして......?」

 

 私が、昼間ふてくされて閉じ籠っていたうちに、いつの間にか、希羅斗きらとの部屋にはベッドやテレビや机などが運び込まれていたんだ......

 まだ引っ越し荷物が段ボールに入ったまま片付いてない私の部屋よりずっと部屋らしくなっている......

 さっきから煩かったのは、荷物を開封したり、組み立てていた音だったんだ......


「俺は、もうこの家の住人! ここは、俺の部屋! 分かったら邪魔だから、さっさと行けよ!」


 後からしゃしゃり出て来た分際で、この家の住人面してきて、何なの、こいつ!


「まだなの! ちょっと確かめさせて!」


 希羅斗きらとの返事も待たず、床に耳を近付けた。


「何やってるんだ、お前?」


「うるさい、黙ってて! 音楽のボリュームも下げてよ!」


 1階からは、何の音も聴こえて来ない。


「お前、なんか、ヤバい妄想してねーか?」


 希羅斗きらとの言葉で、こんな手段に及んだ自分が、急に恥ずかしくなった。


「し、してない! 私がまさか、そんな妄想なんかするわけないっ! ただ、この部屋が騒がしいから、下の人達を起してしまって、私まで巻き添え食らって怒られたりしないかと思っただけで......」


「まだ9時だから、寝てねーだろ。防音設備付きの部屋有るんだから、2人でアクション映画でも見てんじゃねーの?」


 防音設備付きの部屋......?

 2人でアクション映画......?


 お父さんがアクション映画好きなのは知っていたけど、映画観賞用にそんな防音設備までしていたって知らなかった!

 それじゃあ、絵美さんと2人で室内デート気分でも、味わっているの?


 私1人、こんなにわずらわされているのに、他の人達のマイペースぶりったら、信じられない!

 

 それに、私が元々この家の住人なのに、希羅斗きらとに言われるまで、防音設備の事も知らなかった......

 私だけ状況把握が出来てない事ばかり......


 どうして、先にここで暮らしていたのに、私だけ、こんな疎外感でどっと落ち込まされてしまうの?

 後から加わった希羅斗きらとの方が、この家の構造を把握出来ているのが、何よりムカつく。


「もういいだろ、さっさと出て行ってくれよ! 邪魔!」


「はあ? どっちが邪魔? よそ者の癖して!」


「ここは、俺の部屋なんだから、お前が邪魔に決まってる! 出てかねーなら、お前の部屋に侵入してやる!」


 えっ、そんなのダメ!


「や、止めて! 出て行くけど、その代わり、静かにして! 私、お弁当作りあって早起きだから、いつも9時には寝てるの!」


 ムカつく、ムカつく、ムカつく~~~~!


 ドカドカ足音を立てて、ドアを思いっきりパタンと閉めて出て行ってやった!

 部屋に戻ると、少しは遠慮しているつもりなのか、隣の部屋からさっきほどの騒音は聴こえなくなった。


 私の部屋に侵入するって脅すなんて、サイテー!


 そりゃあ、私もさっき、あいつの部屋に入ったけど......

 だって、隣の部屋が、既にあいつの部屋になってて、家具まで配置してあるなんて知らなかったし......

 さっきまでの、私が知っていた、ただの伽藍堂がらんどうの状態だって、思ってたんだもん!

 家具が無い状態だったら、部屋に入っても、見られて困る物なんて無いはずだし!


 私の部屋は、まだ引っ越し荷物は片付いてないけど、もう一応、プライバシーを守りたい状態まで出来上がっているんだから!

 あいつに入って来られるのはイヤなの!

 

 部屋には鍵が付いてないし、寝てる時に侵入されやしないかと思うと、うかうか眠ってなんかいられない!

 あ~あ、1週間の始まりから寝不足になりそう。


 それも、今夜だけじゃない!


 お父さんと絵美さんが再婚するって事は......

 これから、ずっとなんだ......


 この先ずっと、こんな生活が続くなんて、悪夢でしかない!


 私が反対したところで、お父さんと絵美さんが再婚を思い止まるわけない。

 この家を買うのも、絵美さん達をこの家に招いて泊まらせたのも、お父さんの独断なんだから。

 私1人が、いくら声を大にしても、多分、隣の部屋のあいつの騒音と同じで、大人には相手にされない。


 それなら、もう、この新居に何も期待なんかしない!

 

 中学はガマンするしかないかも知れないけど、高校は、ここを出て全寮制のお嬢様学校に行ってやる!

 お父さん達が勝手に新居も結婚も決めたんだから、進路くらい私の意思で決めて当然だよね!


 約2年間、地獄の日々は続くかも知れないけど、その後の希望の日々を夢見ながら乗り越えなくては!

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