第7話 結末


 何も進展がないまま一週間が過ぎようとしていた頃、湊斗からメールが来る。


 《話をしたい、今日これる?》


 《わかった》


 加奈はまだ気持ちの整理がつかないまま湊斗の家へと向かう。


 (そうだ、田口に言っておかないと)

 加奈は田口にメールを送る。


 《今日少し遅くなるから先に寝ておいて》


 《部長と話するのか》


 《うん、呼ばれたから言ってくるよ》


 加奈は先に家に着き、湊斗の帰りを待つ。


 ガチャッ


 湊斗が買い物袋を持って帰ってくる。


 「明日休みだし、今日はゆっくり出来るよね、ご飯俺が作るから」

 そう言ってキッチンに立つ湊斗。

 

 「話があるって」

 加奈が戸惑いながら言う。


 「とりあえず座ってて、すぐ作るから」


 部屋には料理を作る音だけが響いていた。


 「おまたせ、話は食べた後にしよ」

 湊斗は作ったオムライスを机に並べた。


 二人は静かに食べる。


 食べ終わると先に口を開いたのは湊斗だった。

 

 「はぁー、一週間ぶりにまともな食事だった気がする」


 「ちゃんと食べてなかったの?」


 「正直、自分のせいで加奈が出て行ったのは分かってるんだけど、辛くて。情けないよな

 

 「奥さんとはどうなったの」

 加奈が気まずそうに聞く。


 「結構色々調べられてたみたいで、離婚するとなると加奈にも慰謝料請求するって聞かなくて、俺がより戻すなら加奈には一切迷惑かけないって」


 「奥さんからしたら当然だよね」


 「加奈は冷静だな、取り乱すこともなく暴れることもないし。あいつよりよっぽど大人だよ」


 「そんな事言われても嬉しくないよ」


 「ごめん」


 「どうして奥さんと別れようと思ったの」


 「最初はあいつの浮気がきっかけだった。俺の猛アタックで結婚したみたいなもんだったから、やりたい事はなんでもさせてたし、年上って事もあって変に安心してたんだよな。なんでもゆうこと聞く俺と居ても面白くないって、刺激が欲しかったって言われた」


 「自分勝手だね」


 「俺はショックで立ち直れなくて別れようと思ったんだ。向こうはまさか俺が別れを切り出すとは思ってなかったみたいで、私が悪かったから許してって言われて、でも許せなくて出てきたんだ」


 「でも同じような事しちゃったもんね」


 「俺は状況が違うよ、結婚生活が破綻した後の事だったし」


 「同じだよ、ちゃんと離婚出来てなかったんだもん」


 「俺の考えが甘かった、加奈には辛い思いさせちゃったし、ほんとごめん」


 「奥さんには同情出来ないけど、湊斗はどうしたいの?」


 「俺は加奈と一緒になりたい。ただそれだけなんだ」


 「でも離婚するとなると私も湊斗もただじゃ済まないんだよ」


 「それは俺が何とかするから」


 「信じられないよ」


 「待ってるから、加奈が納得してくれるまで」


 「考えるの疲れちゃった、今日は帰るね」


 「今日くらい泊まって欲しい。加奈の事抱きしめたい」


 「一緒に寝ちゃったらまた振り出しに戻りそうで嫌なの。流れでやっちゃうと気持ちとは裏腹に許してしまいそうで」


 「分かった、来てくれただけでもありがとう」


 「うん、じゃあね」


 加奈は湊斗の家を後にする。


 (結局私は湊斗の事本当に好きだったのかな)


 田口の家まで着くと合鍵で入る。


 ギー


 加奈はそっとドアを開ける。


 「帰ってきたか」

 田口がリビングで晩酌をしていた。


 「もう遅いから寝てると思ってた」


 「明日は休みだからな、柏木も飲むか?」


 「うん!先にシャワー浴びてくるね」


 ゆっくり湯船に浸かる加奈。


 (なんだろ、この安心感は)


 自分の家に帰ってきたような気持ちになっていた。


 「なんだかすっきりしたー」

 そう言いビールを冷蔵庫から出し、田口の横に座る。


 「部長のとこに行ってたんだろ、話出来たのか?」


 「うん、言ってる事は分かるんだけど。私、冷静だなって言われたの」


 「普段からそんなタイプじゃん」


 「そうなんだけど、よく考えたらそこまで辛くないの。それで私気付いた事があって」


 「なに?」


 「もう冷めちゃってるんだって」


 「そっか」


 「最初はビックリして頭が混乱してたけど、久しぶりに会ってもなんとも思わなかったんだ」


 「じゃあこのまま別れるって事?」


 「気持ちがないまま付き合ってても仕方ないからね」


 「なんて言ってあげたらいいのか分かんねーけど、よかったな!」

 田口は笑って言った。


 「よくないよ!少しは傷ついたんだからね!」


 「そんな傷俺が癒してやるよ」

 田口はそう言うと加奈を抱きしめた。


 「ちょっと何するのよ!」

 

 「待ってた甲斐があったよ」


 「えっ?」


 「俺と結婚しよ?」


 加奈は驚いていた。


 「ずっと想ってた。でももう誰にも取られたくない」


 「フフッ」

 加奈は笑った。


 「何笑ってんだよ、人が真剣に言ってんのに」


 「実は私気付いた事がもう一つあってね、ここ数日、田口と過ごしてすっごく心が落ち着いてたの。まるで何年も一緒に暮らしてるみたいに」


 「それって」


 「うん、あんたが好き」


 「‥‥嘘、夢じゃないよな。お前からその言葉を聞けるとは思ってなかった」


 「じゃあなんでプロポーズすんのよ」


 「俺の気持ちは変わらないから何度でも言おうと思ってた。本当に俺ら一緒になるんだよな?」


 「だからそう言ってん‥‥」

 加奈が言い終わる前に田口がキスしてきた。


 「ありがとう、嬉しい」


 「うん」


 「お袋、お袋に報告しないと!」


 「今?!」


 田口はスマホを手に持ち電話をかける。



 「あっお袋?驚かないで聞いてよ。俺、加奈と結婚する!」


 『うそー!』


 「本当だって!今一緒にいるから変わるよ!」

 そう言うと田口がスマホを渡してくる。


 「こんばんは」


 『あら!本当だわ』

 田口の母親は驚いていた。


 「また改めてご挨拶に伺います」


 『そうね、今度はゆっくり話しましょう』

 

  

 電話を切る。


 「いきなり電話しないでよね、緊張したじゃん」


 「こうゆう事は早めに報告しないとな」


 「まったく」

 加奈はため息をつきながらも微笑んでいた。



 翌朝



 《昨日は帰っちゃってごめん、私からも話したい事があるから今日行くね》

 加奈は湊斗にメールを送っていた。


 《わかった、待ってる》




 「ちゃんと別れてくる」


 「うん」


 加奈は田口にそう言い家を出る。



 ピンポーン


 「早かったね」

 湊斗を見ると少し胸が痛んだ。


 「上がるね」

 加奈は部屋へと上がる。


 

 湊斗と加奈はソファに腰掛ける。



 「話っていうのはね、実は」

 加奈が重い口を開く。


 「待って」

 そう言うと湊斗は加奈を抱きしめてきた。


 「っ!湊斗‥‥?」

 いきなりの事に驚く加奈。


 「何も言わないで」

 湊斗は呟く。


 「今日は話をしに来たの」

 加奈が湊斗を押しのけようとする。


 「お願い、何も言わないで」

 湊斗の声が震えていた。


 加奈はどうしたらいいのか分からず、ただじっとしているしかなかった。


 「加奈‥‥」

 湊斗がそっとキスをする。


 「ダメだよ」

 そう言いながらも加奈は胸がギュッとした。

 (そうだ、湊斗のキスってこんなだったっけ)

 加奈はドキドキしていた。


 「加奈が言いたい事は分かるから、今だけ、今だけは許して」

 湊斗はそう言うと加奈の服に手をかけた。


 加奈は辛そうな湊斗を前に嫌とは言えず、抱かれてしまった。

 


 「ごめん」

 湊斗が言う。


 二人はベットにいた。


 「私もそんなつもりじゃなかったのに、余計傷つけちゃうよね」


 「全部俺が招いた事だから、加奈に嫌われても仕方ないと思ってる」


 「会社で顔合わせても今まで通りにしてね」


 「加奈も自分を大事にしろよ。それと、幸せな時間をありがとう」


 「うん、私こそ今までありがとう」

 加奈は服を着ると、湊斗の部屋を後にした。



 (このまま田口が待つ家に帰るのもなぁ)

 加奈は湊斗に抱かれたことを後ろめたく思い、街を少しぶらぶらして帰る事にした。



 (土曜の夕方は人が多いなぁ)


 加奈はベンチに座りしばらく人混みを眺めていた。


 (そろそろ帰ろっかな)

 気が重い加奈だったが帰る事にした。


 「ただいま」


 「おかえり、遅かったな」


 「うん、話はすぐ終わったんだけどね。その後ふらふらしてた」


 「ちゃんと話出来たんだ」


 「私の気持ちが離れてる事気付いてたみたい」


 「そっか」


 「さて、これからどうするかな」


 「とりあえず、俺んち居たらいいし、その内もう少し広いところ探そ?」


 「うん、そうだね。今後の事はゆっくり考えたらいいよね」


 二人はしばらくはこの生活を続ける事にした。



 翌週。



 「まりちゃん、一応報告しとこうと思うんだけど」


 「はい、なんですか?」


 「部長とは別れる事になったから」


 「絶対その方がいいですよ、正しい選択だと思います!」


 「そうだよね、それでね」


 「まだなにかあるんですか?」


 「田口と結婚を前提に付き合う事にしたの」


 「そうなんですか?!」

 まりは凄く驚いていた。


 「そりゃビックリするよね」


 「意外だったんで。先輩、本命とは程遠い存在だと思ってました」


 「私も田口の家に転がり込む前までは友達としか見れなかったんだけどね、一緒に居て凄く心地いいの」


 「先輩は隠し事とかなさそうだから安心ですね!」


 「そこは私も安心してる、結構知り合って長いし」


 「これで一件落着ですね!」


 

 湊斗が今まで通り接してくれるのが唯一の救いだったが。



 数日後。


 「柏木さん、ちょっといい?」

 

 「はい」

 (なんだろう)


 加奈は湊斗に呼ばれ、会議室に入る。

 「なんですか?」


 「元気だった?」


 「毎日顔合わせてるじゃん」


 「こうして喋るの久しぶりだね」


 「うん、どうしたの?」


 「実は地方に異動になったんだ」


 「えっなんで?」

 

 「今回の事で妻が色々会社に苦情入れたみたいで」


 「それなら処分があるのは私の方じゃないの?」


 「正直加奈を忘れる事は無理だと思う。だから俺から異動申し出たんだ」


 「それって私のせいだよね」


 「それは違う、だから責任感じて欲しくなくて先に伝えたんだ」


 「そっか」


 「俺はまだ加奈が好きだ、許されるなら今すぐ抱きしめたい」


 「やめて」


 「わかってる。だけど、毎日加奈を見て、近くを通れば加奈の匂いがして、笑ってる顔やふとしたしぐさも愛おしくて。それなのに触れない」


 「そんなこと言われても」


 「あいつと付き合ってるよな」


 「なんで知ってるの?」


 「俺、嫉妬で狂いそうだよ」

 そう言うと湊斗は視線をそらした。


 「ごめん」

 加奈はそう言うしかなかった。


 「もう一度チャンスくれないか」

 ジリジリと加奈に近づいていく。


 「私も湊斗には田口の事で悪い事したと思ってる、でも今好きなのは湊斗じゃないの」

 加奈は後退りしながら壁際まで下がる。


 「お願い、最後に会った日だって気持ちは冷めてるはずなのに俺と寝てくれたじゃん」

 加奈の両手を持ち体を押し付ける湊斗。


 「‥‥それは」


 湊斗が加奈にキスしようとしたその時。


 コンコン


 会議室を誰かがノックした。


 「失礼します」

 そう言いながら入ってきたのは田口だった。


 「業務連絡にしては遅いし柏木の性格上、押し倒されてても分かんねーから来てみると案の定だな」


 田口はそう言うと湊斗の腕を掴み加奈から引き離した。

 「会社でこんな事するなんて、しかも嫌がってるじゃないですか」


 「分かってんだよ」

 そう言いながら会議室を出る湊斗。


 罰が悪そうな顔の加奈。


 「お前な、拒否するって事を覚えろよ、全部受け止めてたらやられまくりだぞ」


 「湊斗が、部長があまりに悲しそうな顔するから」


 「同情からは何も生まれねーよ」


 「うん」


 「ったく、行くぞ」


 二人は会議室を出る。


 「加奈さん、部長なんの話だったんですか?」


 「うん、異動するって。先に言っておきたかったんだって」


 「やっぱり社内不倫は気まずいですよね」


 「普通にするって言って別れたのに」


 「そんだけ好きだったんですよ、きっと」


 「そう言えば前いた部長も社内不倫がバレて異動になってたよね?」


 「そうですね、女子社員の方はまだそこにいますけどね」

 まりはそう言うと、部署でも存在がかなり薄い地味な人を指差して言った。


 「えっ、あの人なの?名前なんだったっけな」


 「影、薄子ですよ」


 「まりちゃん、よく知ってるね」


 「内部事情に詳しい人に聞いたんですよ、でも内緒ですよ」


 「その、内部事情に詳しい人って誰なの?」


 「それは、秘密ですよー」


 「まりちゃんが秘密とは珍しいね!」


 「まぁ、この部署の事ならなんでも聞いてください」

 まりは誇らしげに言った。



 その後、湊斗は気づかないうちに荷物を片付けて去って行った。



 加奈と田口は結婚の準備を進めつつ、会社には通い続けた。


 「式もう少しですねー楽しみ!」

 

 「そう言えば前に湊斗がこの会社、社内恋愛禁止って言ってたんだけどまりちゃん知ってた?」


 「知らないですけど、そんなはずないですよ?」


 「そうなの?なんだったんだろ」


 「どうせ部長が加奈さんを独り占めしたくて言ってたんじゃないですか?」


 「そうなのかな?」


 「それより、引越しはするんですか?」


 「うん、今は田口の家だから、もう少し広いところ探してる」


 「いいなー楽しそうで」


 「楽しいけど、色々決める事ありすぎて大変だよ」


 「落ち着いたら新居におじゃましますね!」


 「落ち着いたらね!」



 加奈はバタバタと忙しい日々を過ごし、あっという間に式当日になる。



 「わー加奈さんめっちゃ綺麗ですね!この世の物とは思えないくらい美しいです!」

 まりはそう言いながら写真を撮る。、


 「ちょっと言い過ぎだよ、恥ずかしい」


 「いや、本当に綺麗だよ」

 田口かそう言いながら近づいてくる。


 「ありがとう」

 加奈は満更ではなさそうな表情だ。


 「まりちゃん式が終わったら二次会来るよね?」


 「もちろんですよ!」


 「その時紹介したい人がいるから」


 「はい」

 まりは不思議そうに返事をする。


 「紹介したい人って誰だろう」

 加奈も知らない様子だ。


 その後、式は滞りなく終わり、二次会の会場に移る。


 「まりちゃんどこだろ?」

 加奈が探してるとまりが向かってくる。


 「加奈さん!」


 「何してたの?」


 「ちょっと野暮用で」


 「まりちゃん来たよ!」

 加奈が田口に声をかける。


 「まりちゃん、紹介したい人ってのはね」

 そう言うと田口は男性を連れてきた。


 すらっとしたイケメンだ。


 「俺の大学の同期なんだけど、まりちゃん出会いがないから紹介してって言ってたじゃん?」


 「知らなかった」

 加奈の知らない間にまりと田口はそんな会話をしていたのだ。


 「こんばんは」

 男性がまりに言った。


 「あー先輩、気持ちは嬉しいんですけど実は私‥‥」

 そう言うとまりはスッとどこかに消えた。


 「あれっどこ行った?」

 田口が呆然としていると。


 まりが誰かを連れてくる。


 「社長?」


 「この度はおめでとうございます」

 そう言いながらご祝儀を手渡す社長。


 「来てくださったんですね」

 ビックリする加奈。


 「なんせうちは社員が多いから全部には出席出来なくてすまないね」


 「いえ、でもどうして」

 加奈が戸惑っていると。


 「私の彼氏です!」

 まりが衝撃発言をした。


 そこにいた殆どの人が驚いていた。


 「実は結構前から付き合ってて、立場上秘密にしてたんだけど。この前プロポーズされちゃったからもういいやって事で来てもらったの!」


 「まりちゃんらしいね、おめでとう!」

 加奈は驚きつつもそう言った。


 「って事なんで先輩すいません!」


 「いや、全然大丈夫だよ」


 「詳しい事はまた話しますんで」

 そう言うとまりは社長を送りに行った。


 「ビックリしたね」

 加奈が田口に言った。


 「社長何歳だよ」


 「分からない、でも本人達がいいならいいじゃん」


 「そうだな、俺たちは俺たちの幸せを考えようぜ」


 「うん!!」

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