第6話 衝撃の事実


 しばらく田口を避けていた加奈。

 (いい加減言わないとなぁ)


 《田口今日時間ある?》

 

 加奈はメールを送る。


 《あるよ》


 加奈は田口と二人きりにならないように店で会う約束をする。


 「俺んちでもよかったのに」

 先に着いていた加奈に田口は言った。


 「またそうゆう雰囲気になるでしょ」


 「誘ってくるのはそっちだけどな」


 「とにかく!もうしたくないの‥‥」


 「で、話あるんだろ」


 「私部長と付き合ってる」


 驚く田口。


 「いつから」


 「クリスマスの前ぐらいから」


 「そんなに前から」


 「言おうと思ってたんだけど言い出せなくて、まりちゃんにも最近になってやっと言えたから」


 「でもおまえ俺と」


 「ごめんね、私の悪い所だよね」


 「部長は知ってんの?俺とお前の事」


 「忘年会の日の事は言えてないけど、旅行の時は気付いてたみたい」


 「それであの時柏木を探してたんだ」


 「部長にも田口にも悪い事したと思ってる」


 「俺は別に」


 「弄ぶような真似してごめんね」


 「俺はお前の事本気だから、なんかあったらいつでも俺のとこに来て欲しいって思ってる」


 「そんな都合の良い事出来ないよ」


 「結婚してるわけでもないんだし、いつでも戻ってこいよ」


 「気持ちは嬉しいけど、私も部長の事本気だからそう簡単には離れたくないって思ってる」


 「そう、あんま聞きたくないから俺帰るわ」


 「うん、話聞いてくれてありがとう」


 田口は黙って帰ってしまった。


 (これでよかったんだよね)

 加奈はなんとも言えない気持ちになっていた。



 月日は過ぎ、暖かい春の日。


 

 「俺考えてる事があるんだけど」


 休日、加奈は湊斗の部屋でくつろいでいた。


 「なに?」


 「加奈の部屋解約してこっちおいでよ」


 「一緒に住むって事?」


 「そう、ほぼ毎日会ってるし寝るのもお互いの家が多いから、家賃もったいなくないかな?」


 「でも湊斗に甘えれないよ」


 「一応加奈を養っていけるだけの蓄えはあるし、会社も辞めるつもりないから」


 「気持ちは嬉しいけど」


 「ね?思い切っておいでよ!」


 「湊斗がそう言ってくれるなら」


 「やったー!これでもっと加奈と一緒に居られる」



 加奈は部屋を引き払い少ない荷物を持って湊斗の家に移る。


 「同棲開始を祝ってかんぱーい」

 湊斗は嬉しそうに言った。


 「ほんと、湊斗って会社と家とのギャップがありすぎて面白いくらい」


 「ほんとの俺はこっちだよ」


 「そうじゃなきゃ嫌だよ」


 二人はこれからの生活に心躍らせる。


 「加奈、ちょっと目瞑って」


 「なに」


 「いいから!」


 「うん」


 目を瞑ると湊斗は加奈の手を取り指に光る物をはめた。


 目を開けた加奈はビックリ。


 「これって」


 「俺と結婚してほしい」


 加奈は目を潤ませ頷く。


 「オッケーって事でいいんだよね?」


 「もちろんだよ!嬉しい!」

 加奈は湊斗に抱きつく。


 「よかったー!こんな俺だけどよろしくね」


 「こちらこそ、いい奥さんになれるように頑張るから暖かく見守ってね」


 「加奈はありのままでいてよ」


 「ありがとう」


 二人は婚約する事に。


 「結婚したら会社辞めないとダメかな?」


 「社内恋愛禁止とはいえ、結婚となると話は別だと思うからその辺は聞いてみるよ」


 「私仕事は続けたいから」


 「うん、加奈の気持ちを尊重するよ」


 翌日。

 

 「えー!おめでとうございます!」

 まりは自分の事のように喜んでくれた。


 「他の人には付き合ってる事言ってないから結婚した後に事後報告する予定だから」


 「加奈さん部長と付き合ってからどんどん綺麗になってますよね」


 「部長が鍛えてるから私も時々付き合ってしてるんだ」


 「じゃあ脱いだら前よりももっと凄いって事ですね」

 まりは茶化すように言った。


 「これからは冗談で済まないからね」

 加奈は笑いながら言った。


 「あっ田口先輩ーちょっと来てください!」

 まりが田口を呼ぶ。


 「なにー?」


 「加奈さん結婚するんですって」


 「えっ」

 田口は驚きを隠せない様子だ。


 「お似合いですよねー」


 「うん、おめでとう」


 「ありがとう」


 田口はそれだけ言うと戻っていってしまった。


 「まりちゃんもっと言い方ないの?」


 「だってもう実らない恋なんだったらハッキリ言った方が先輩の為ですよ」


 「それはそうなんだけど」

 (田口のあんな顔見たい訳ないよ)


 退勤の時間になり、人もまばらに帰って行く。


 「柏木」


 田口が、会社の外で加奈を呼び止める。


 「どうしたの」


 「最後に一杯付き合ってほしい」

 深刻な顔の田口。

 

 「うん」

 断れるはずもなく加奈は一杯だけ付き合う事にする。


 二人はバーに向かう。


 「バーとは珍しいね」


 「一人で飲みたい時はここによく来るんだ」


 「知らなかった」


 「柏木は俺の事あんまり知ろうとしなかっただろ」


 「そうかもね」


 「本当に結婚しちゃうのか」


 「うん、もう一緒に住んでる」


 「そっか」

 田口は頭をかかえ、ため息をつく。


 「こうして会えるのも最後だね」


 「会社は辞めるのか?」


 「辞めるつもりはないよ」


 「お前がいない会社なんている意味ないからな」


 「そんな事ないでしょ、やっとの思いで入った会社じゃん」


 「実は俺、実家が事業しててそっちに来ないかって誘われてるんだ」


 「そうだったの?」


 「柏木がいるからずっと断ってた、でも居なくなるんなら俺も辞めようと思う」


 「私、田口の事知らない事ばっかだね」


 「前にお袋と会ってくれたじゃん、あの後またお前に会いたいってしつこくてさ」


 「そうなんだ」


 「もう別れたって言ったけど、そしたら今度はなんで別れたんだって責められて大変だったんだから」


 「そんな事も知らずにごめんね」


 「一応長男だからな、仕方ないよ。それより、幸せにしてもらえよ」


 「うん」

 (この胸の締め付けはなんだろう)


 二人はバーを後にする。



 「ただいま」


 「おかえり、どこ行ってたの?」

 先に帰っていた湊斗が聞く。


 「田口に最後に一杯付き合って欲しいって言われたから行ってきた」


 「そう」


 湊斗はそれ以上何も言わなかった。


 二人の間に気まずい空気が流れる。


 「そういえばご両親に挨拶しないとね」

 加奈が空気を変えるために言う。


 「ごめん俺の両親は難しいかも」


 「どうして?」


 「言ってなかったけど、両親は俺が大学生の時に事故で亡くなってる」


 「ごめん」


 「加奈が謝る事ないよ、言ってなかった俺が悪いんだし」


 「でも挨拶は行かないとね、今度の休みお墓参り行こ?」


 「ありがとう」


 「その後うちに行こうよ、紹介するからさ」


 「そうだね!」


 二人は休みに両親への挨拶を済ませた。


 


 数日後会社で。


 「式はいつするんですかー?」

 

 「秋ぐらいにしようと思ってるよ」


 「羨ましいなー私も早く相手見つけないと」


 「まりちゃん可愛いからすぐ見つかるよ!」


 「加奈さん知ってました?可愛いより、色気がある方がモテるんですよ!」


 「そうなの?」


 「加奈さんは両方持ち合わせてるから最強なんです!」

 

 「はいはい、ありがと」


 「本当に思ってるんですからー」

 まりは加奈に擦り寄る。


 加奈とまりが雑談していると。



 「ちょっと勝手に入られたら困ります!」

 何やら向こうの方が騒がしい。


 そこにスタスタと女性が入ってきた、年齢は30代前半くらいの綺麗な人だ。


 「加奈ってやついるでしょ!出てきなさいよ!」

 その女性は大声で叫ぶ。


 (加奈って私?!いやいやこんな人知らない)


 そこに湊斗が慌ててやってくる。


 「ちょっと」

 そう言うとその女性の腕を掴み外に連れて出る。


 呆然としている加奈にまりは言った。

 「さっきのってもしかして」


 「嫌な予感しかしない」

 加奈も続けて言った。


 しばらく湊斗は帰って来なかった。


 「何事?」

 田口が騒ぎを聞きつけやってきた。


 「私にも分からない」

 

 「加奈って柏木の事じゃないの?この部署で加奈はお前だけだよな」


 「そうなんだけど、あの人誰なんだろ」

 加奈は不安になった。


 結局その日湊斗は家にも帰って来なかった。


 加奈はメールを送ろうとも思ったが、聞く勇気もなく湊斗から連絡が来るのを待っていた。


 翌日


 「加奈さん、あれからどうなりました?」


 「それが昨日帰って来なかったの」


 「それ相当やばいですよ、社内で昨日の事が広まってて、その女性が部長の奥さんじゃないのかって言われてるらしくて」


 「えっ奥さん?」


 「私もビックリしたんですけど、内部事情に詳しい人に聞いたら、実は部長、既婚者だったんですよ」


 加奈は頭が真っ白になる。


 「それって何かの間違いじゃないよね」


 「ひどい話ですよね、見損ないました」


 「ちょっとごめん」

 加奈はそう言うと屋上に走った。


 (私騙されてたって事?どうしたら)

 加奈は呆然と立ち尽くす。


 (とにかく話を聞かないと)

 加奈は湊斗にメールを送る。


 《湊斗、どうゆう事か説明して》


 《ごめん、今取り込んでて落ち着いたら連絡するからそれまで待っていてほしい》


 (何よそれ)


 「おい、大丈夫か?」

 田口が加奈を心配して上がってきた。


 「なにが?」


 「部長の事、聞いたから」


 「あぁ、何か事情があるだろうから大丈夫だよ」

 

 「大丈夫には見えねーけど」


 「本当大丈夫だから」

 加奈はそう言うとそそくさと戻る。



 その夜湊斗は帰ってきた。


 「ただいま」


 「今までどこ行ってたの?」


 「ちゃんと話すから」

 そう言ってソファに座る湊斗。


 「もう耳には入ってると思うけど」

 

 「実は俺には妻がいるんだ」


 「信じられない」

 加奈の心臓は今にも爆発しそうなくらいだった。


 「正確には離婚調停中なんだけど」


 「いつからなの」


 「もう2年くらい前から夫婦関係は破綻してたんだけと、妻が聞き入れてくれなくてズルズルと長引いていた時に部長になる話がきて、そのタイミングで別居してここに引っ越してきたんだ」


 「それで?」


 「離婚に応じるつもりがない妻が探偵を雇って加奈の事を知って乗り混んできたらしい」


 「なんで隠してたの?」


 「俺的には終わってるも同然だったから、本当ごめん」


 「これからどうしたらいいの?」


 「俺は離婚して加奈と一緒になりたいから、片付くまで待っててほしい」


 「そんな簡単に言わないでよ。それに待つって言ってもこのまま湊斗と住み続けるのは無理だよ」


 「でも部屋は解約したから行くとこないだろ」


 「まりちゃんにしばらく置いてもらえないか聞いてみるよ」


 「分かった」


 その日湊斗はソファで朝を迎えた。



 翌日



 「まりちゃん、ちょっと相談があるんだけど」

 加奈は事情を話した。


 「私はいいですけど、うち猫いますよ」


 「そうなの?」

 加奈は重度の猫アレルギーなのだ。


 「そう肩を落とさないでください、私加奈さんを絶対置いてくれる人知ってますから」


 「誰?」


 「先輩ですよ!」


 「田口?!」


 「そうです!」


 「こんな時に何言ってんの?」


 「じゃあどうするんですか?実家も帰りづらいでしょうし」


 「挨拶行っちゃったからなぁ」


 「この際我慢しましょうよ、どうせなら気を使わない人の方がいいですし」


 「でも聞いてみない事には」


 「メールしてみて下さい」


 「うん」


 《ちょっと相談があるんだけど時間ある?》


 《どうした?》


 《実は‥‥》


 加奈は事情を説明した。


 《今日帰りに荷物取ってこい》


 《いいって事?》


 《仕方ねーだろ》


 《ありがとう》


 加奈はスマホを置くと、フーッと息を吐く。


 「どうでした?」


 「いいって」


 「ほら、言ったでしょ?」


 「それはそうなんだけど」

 

 「なんか不満があるんですか?」


 「不満というか、田口の家に居るなんて湊斗が知ったら」


 「騙しておいて人の事言えないですよ」


 「そうなんだけど、まりちゃんちに居る事にしておいてくれないかな」


 「まぁ加奈さんの立場を守るためにもそれには賛成ですけど、部長の事許すつもりですか?」


 「どうするかはこれから考えるよ」


 「ズルズルと別れられなくなりますよ」


 「それでも少しは時間が必要だよ」


 その日の夕方、加奈は会社を後にすると湊斗がまだ帰って来ないうちに荷物をまとめる。


 (私の荷物ってこんなに少ないんだ)

 加奈は改めて自分の荷物の少なさに驚く。


 少し大きめのカバンとキャリーケースを持ちマンションを出る。


 「あっ」

 マンションの外には田口が待っていた。


 「一人じゃ大変だと思って」

 そう言うと、キャリーケースを持ってくれる田口。


 「ありがとう」


 二人は家に着くまで会話を交わす事はなかった。


 「おじゃまします」

 加奈はそう言って家に上がる。


 「一応適当に片付けといたから荷物はこの辺に置いたらいいよ」

 田口は加奈の為にクローゼットを空けておいてくれたのだ。


 「なんか悪いね」

 申し訳なさそうに言う加奈。


 「そう思うなら早めに解決しろよ」


 「そうするよ」


 「とりあえず飯でも食いに行くか」


 「そうだね、お腹空いちゃった」

 加奈は昨夜からほぼ何も口にしていなかった。


 二人は近くの定食屋に入り、食事をした。


 帰宅すると、順番にシャワーを済ませ布団に入る。


 「布団までごめんね」


 「いつまで居るか分かんねーのにソファはきついだろ」


 加奈はリビングに布団を敷いて寝る事になる。


 その日は疲れと、安心感でぐっすり眠れる加奈であった。


 翌朝、田口と時間をずらして出勤する。

 

 「昨日はどうでした?」


 「どうって?」


 「なんか進展ありました?」

 まりが食い気味に言う。


 「まだ話出来てないよ、昨日は疲れてすぐ眠っちゃったし」


 「部長、いつもと変わらずですよ」


 「ポーカーフェイスだからね」

 こんな状況でも顔を合わせないとならない事に加奈は嫌気がさしていた。


 「ぶっちゃけ冷めました?」


 「自分でもよく分からないんだよね」


 「迷走中ですか」


 「そう考えたら私の人生ずっと迷走中かも。人の頼み事は断れないし、流されやすいし、何度後悔したか」


 「それがいいところでもあるんですけどね、流され過ぎるのも良くないですよ」


 「自分の気持ちってどうやって確かめるのかな」


 「土壇場にならないと分からないですよ、きっと」


 「土壇場か‥‥」

 加奈は思いを巡らせていた。

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