第3話 お試し


 翌週


 「まりちゃーん」

 加奈は険しい顔で言った。


 「なんですかー怖いですよ」


 「まりちゃん最初から帰るつもりで田口誘ったんでしょ!」


 「バレました?だって田口さん見てると焦ったくて」


 「余計な事しなくていんだよ」


 「で、どうなりました?寝ちゃいました?」


 「まりちゃんの頭の中はそれしかないの?」


 「だっていい大人なんだし、純粋ぶらなくてもいいんですよ」


 「そう言うまりちゃん、私に言ってなかった事あるよね?」


 「なにがですか?」


 「部長の事だよ、まりちゃん前部長見かけたって言ってたでしょ」


 「もしかして会っちゃいました?」


 「偶然ね」


 「先輩いたし、雰囲気壊すと思って黙ってたんですけど、ビックリですよねー」


 「まぁどのみち分かることだからいんだけどさ」


 「実は私部長狙ってるんです」

 まりが部長の方を見ながら言った。


 「えっ結構歳離れてない?」


 「私が22で部長が28だから6歳差になりますね」


 「そうなの?」


 「加奈さん知らなかったんですか?」


 「歳なんか普通知らないでしょ」


 「彼女いるのかな」


 「いないんじゃない?」


 「加奈さん協力して下さいね!」


 「なにをすればいいの?」


 「同じマンションなんてこれってチャンスですよね」


 「まぁ出来ることはするよ」


 「加奈さん取らないで下さいね」


 「取るって物じゃないんだから」


 「あっ部長おはようございますー」

 まりが可愛く笑ってみせる。


 「おはよう」

 部長は軽くあしらうように言った。


 「柏木さん、これコピー頼める?」


 「はい」

 (いつもの部長だ)


 加奈はプライベートの部長を知っていると思うと、少し優越感を感じていた。


 「加奈さんっていつもコピー頼まれてますよね」


 「仕事してないように見えるのかな」


 「私に頼んでくれたら喋れるのに」

 まりは少し悔しそうだ。


 「そうだ、今日部長誘って飲みに行きましょうよ!」


 「私家のもの買いに行くから今日はごめん」


 「二人で行ってくれますかね?」


 「とりあえず言ってみたら?」


 「はい!」

 そう言うとまりは部長の所に行って何か喋っている。


 まりが笑いながら戻ってくる。

 「加奈さん今日は買い物は諦めましょう」


 「なんで?」


 「二人は流石にまずいから無理って断られたんで加奈さんも一緒にって言ったらオッケーしてくれました!」


 「今日だけだからね」

 加奈は仕方なく行くことにした。


 「分かってるとは思うんですけど、最後は二人にしてくれますよね?」


 「はいはい」

 適当に返事をする加奈。



 業務も終わり部長の事を待つ二人。


 「ごめんお待たせ、行こうか」

 部長が帰る用意をしながら言った。


 「はい!」

 まりは元気に返事をする。


 三人は会社を出て近くの居酒屋に入る。


 「お疲れでーす」

 まりが言うと三人は乾杯する。


 三人で食事をするのはあのランチ以来だ。


 「部長って彼女いるんですか?」

 まりは唐突に聞く。

 

 「今はいないよ」


 「そうなんですか!」

 まりは嬉しそうに言った。


 「気になってる人はいるけどね」


 「えーどんな人なんですか?」


 「まだあまりよく知らないけどね」


 「知らない人が好きなんですか?」


 「気になってる段階だからね」


 「じゃあ私にもまだチャンスありますか?」


 「どうかな」

 部長は困ったように答える。


 「まりちゃん、ちょっと暴走しすぎだよ」

 流石に加奈も止めに入る。


 「私お酒入ると、思ったこと言わないと気が済まなくなるんですよねー」


 (このまま部長と二人っきりにさせたらまた何言い出すか分かんないなぁ)


 加奈はこれ以上飲まないように水を渡す。


 「私全然酔ってませんから!」

 そう言い、渡した水を飲もうとしないまり。


 「加奈さん、そろそろ」

 まりは加奈に耳打ちをする。


 「まりちゃん変な事言わないようにね」


 「わかりましたから」


 「すいません、用事があるので私は先に失礼します」

 加奈はそう言い残すとそそくさと店を後にする。


 (はぁ、なんで私がここまでしないといけないかね)

 加奈はとぼとぼ歩きながら家へと帰る。


 「おい」

 声のする方を向くとそこには田口がいた。


 「‥‥あ」


 「一人で何やってんの?」


 「さっきまで部長とまりちゃんと飲んでた」


 「三人で?」


 「そうだけど、まりちゃんが部長と二人にしてほしいからって私だけ抜けてきた」


 「なるほどね」


 「あんたは?」


 「俺もさっきまで同期と飯食ってた」


 「そう、じゃあおつかれ」


 「せっかくだから飲み直さね?」


 「少し疲れたから今日はいいや」


 「じゃあ俺んちかお前んちでさ」


 「じゃあ、そこでもいい?」

 加奈は外にも席がある居酒屋を指さす。


 「いいよ」


 二人は外の席に座り乾杯する。


 「夜風が気持ちいいね」

 ほんのり赤くなっていた加奈の頬に風が当たり気持ちよさそうにしている。


 「ところでさ、この前の返事なんだけど」


 「すっかり忘れてた」


 「忘れんなよな、そんな大事な事」


 「ごめん、色々考える事が山積みでさ」


 「てか思ったけど考える事かな?好きかそうじゃないかだろ?」


 「そうかもだけど、考えもせずに断るのも悪いし」


 「その優しさは逆に傷つくわ」


 「ごめん」


 「まぁ俺はどっちみち諦めないけどな」


 「可能性ゼロでも?」


 「あの夜が忘れられると思うか?」


 「あれはつい流れで」


 「流れだったとしても、俺は嬉しかったし、幸せだって思った」


 「なんかごめん」


 「謝るばっかりすんなよ、せっかくの雰囲気が台無しじゃん」


 「雰囲気ないけどね」

 

 「確かに」

 田口は笑った。


 二人はしばらくして店を後にする。


 「今日は大丈夫そうだね」

 

 加奈がそう言うと、田口から意外な返事が返ってきた。


 「実はさ、俺酒めちゃ強いんだよね」


 「えっ?今までの演技だったの?」


 「そう、お前ともっと一緒に居たくて嘘ついてた」


 「女子みたいな事するんだね」

 加奈は呆れていた。


 「まぁそおゆう事だから、じゃあな!」

 田口は足取り軽く帰って行った。


 (はぁ、よく分からないやつ。それより、まりちゃん今頃どうなってんだろ)


 加奈がマンションのエントラスに着くと部長が待っていた。


 「石田さんと解散したんですか?」


 「柏木さん、ひどいね」


 「えっ?」

 部長が怒っているように見えた加奈。


 「俺は三人ならってオッケーしたのに、途中で帰るなら行かなかったよ」


 「すみません」

 加奈は下を向きながら謝る。


 「石田さんめっちゃ大変だったんだから」


 「ですよね」


 「説得してやっとさっき帰ってもらったんだよ」


 「あぁ、お察しします」


 「それに柏木さん用事って言って田口君と飲んでたよね」


 「なんで知ってるんですか?」


 「ここに来る途中に見かけたからね」


 「はい」

 加奈はなにも言えなくなっていた。


 「社内恋愛禁止って忘れてないよね」


 「はい」

 (なんで私こんな所で説教されてんの)


 「はぁ」

 部長がため息をつきエレベーターに向かう。

 加奈もエレベーターに乗ろうと着いて行く。

 

 ふと部長の顔を見るとすごく赤くなっている。

 「顔赤いですよ、結構飲まされました?」


 聞こえてないのか無視される加奈。


 ポーン


 エレベーターが降りてきて、乗り込む二人。

 

 部長は突っ立ったまま動かない為加奈が代わりに階のボタンを押す。


 「部長大丈夫ですか?」


 しかし部長は黙ったままだ。


 ポーン


 降りようとしない部長に加奈は言った。

 「部長?着きましたよ?」


 その時


 バタンッ!


 部長がその場に倒れ込んだのだ。


 「大丈夫ですか?!」

 加奈は驚き、声をかける。

 どうにか起き上がると、よろよろエレベーターを降りる部長。


 放っておけなかった加奈は部長を部屋まで支えて連れて行くことにした。


 「大丈夫だから」

 小さい声で呟く部長。


 「もしかして熱あります?体熱いですよ」


 「ほんと大丈夫だから帰って」


 「放っておけませんよ、私にも責任ありそうだし」


 「じゃあ少しだけ手伝って」


 「はい」

 加奈は部長を支えてベットまで運ぶ。


 ベットに着くとそのままの格好で横たわる部長。


 (着替えないとしんどいよね)

 加奈はタンスを漁り着替えを出し、部長に渡す。


 「これに着替えれますか?」


 「ありがと、後で着替えるよ」

 そう言うと部長は寝息を立て寝てしまった。


 「部長、着替えないと苦しいですよ」


 「うーん」

 返事はするものの動く様子がない部長。

 

 加奈は仕方なく着替えさせる事にした。

 「私が着替えさせますよ、いいですか?」

 

 「うーん」

 同じ返事を繰り返す部長。


 ベットに転んだままの部長の服を頑張って脱がせ、トレーナーを着させる。


 (よし、上はいいとして下はさすがに無理だな)

 「部長、下は自分で着替えて下さいね」


 そう言い、帰ろうとしたその時、加奈の腕を掴んで引き寄せる部長。


 勢いよく引っ張られた為、部長に覆い被さるように乗っかってしまう加奈。


 「なにしてるんですか?!」


 「全部、やって」


 「なにをですか?」


 「着替え」


 「ズボンぐらい自分で着替えて下さい」


 「しんどくて動けない」


 「そう言われても」

 加奈は困っていた。

 

 「今日の事許すから」


 「‥‥わかりました」

 それを言われると断れない加奈は仕方なくする事にした。


 カチャカチャ


 ベルトを外し、チャックを下ろし裾を持って引っ張り脱がせる。


 (いくら弱ってるからってこれは恥ずかしすぎるよ)

 加奈は頑張ってなんとかズボンを履かせる事が出来た。


 「ところで薬とかあるんですか?」


 「キッチンにある」


 「持ってきますね」


 キッチンの棚をゴソゴソした後、薬を見つけ、水と一緒に持っていく。


 「一回起きれますか?」

 加奈はベットに腰掛け部長の背中を支えてあげながら起こす。


 「どうぞ」


 薬を渡し飲んでもらう。


 「ありがとう、着替えたら楽になったよ」


 「測らなくても分かるぐらい熱かったですよ」


 「マンションの外で粘ってたからなぁ石田さん」


 「すみません」


 「悪いと思うなら治るまで看病してもらわないとな」


 「出来ることはもうしましたから、後は回復するのを待つだけです」


 「俺が寝るまでいてくれるの?」


 「でも私も帰らないと」


 「気持ち悪いから風呂入りたいけど、そんな元気ないから手伝って、ついでに一緒に入ればいいじゃん」


 「あの、ご自分が何言ってるか分かってます?」


 「そっちこそ、誰のせいでこんなしんどい思いしてるか分かってる?」


 「着替え取ってきますね」

 加奈はもう断れない状況にいると察して諦めた。


 「俺の服貸すから取ってこなくていい」


 「せっかく頑張って着替えさせたのに」

 加奈は不満そうに言う。


 「そのおかげで起き上がれるだよ」

 部長は微笑んで言った。


 不覚にも笑顔にキュンとしてしまう加奈。


 「肩、貸してくれる?」

 

 肩を貸し、バスルームまで歩く二人。


 「私、ここで待ってますから手がいる時言ってください」

 加奈はそう言うと外側で待つ事にした。

 

 シャー


 結局呼ばれる事もなく、お風呂から上がる部長。


 「柏木さんも入っておいで」


 「お借りします」

 加奈はささっとシャワーを済ませ借りた服を着る。

 

 (そういえば、このシチュエーション前にもあったなぁ)

 そんな事を考えながら部屋に戻る加奈。


 「電気暗くしていいかな」


 「あっはい」


 「水持ってきてくれる?」


 加奈は机に置いてあった水を取るとベットに持っていく。

 

 「どうぞ」


 「ありがとう」


 「あの、私はいつまで居ればいいでしょうか」


 「熱が下がるまでだよ」


 「はい?‥‥はい」

 言い返すのもやめた加奈。


 「ここ来て」

 部長が布団を広げて加奈を呼ぶ。


 「はい」

 加奈はもう、どうにでもなれと思いながら言われた通り部長の隣に横になる。


 「おやすみ」


 「おやすみなさい」

 加奈はドキドキして眠れそうになかった。


 部長と加奈は最初背中合わせに寝ていた。


 スースー


 寝息を立てる部長。


 (よく寝れるなぁこの状況で、ドキドキしてるの私だけなのかも)

 加奈はなんだか寂しく感じ、振り向いてみる事にした。


 ゴソゴソ


 加奈が振り向くと同時に部長も寝返りを打ち、向かい合わせになってしまう二人。


 (ビックリした。でも綺麗な顔してるな)

 加奈はビックリしつつも見とれていると、部長が腕を伸ばし、加奈の頭の下に腕を入れる。

 

 腕枕をされ、スイッチが入ってしまう加奈。


 「部長、もしかして起きてます?」

 小さい声で加奈は言った。

 

 「どうしたの」

 ゆっくり目を開け、眠そうに答える。

 

 「私に拷問してるんですか」


 「何の事?」


 「誘ってますよね、最初から」


 「それで拷問って事はもう我慢出来ないんだ」


 「意地悪しないで下さい」


 「してないよ、ほんとにしんどかったから、でも薬飲んだらすっかり下がったみたい」


 「部長はどうしたいんですか」


 「そりゃ俺も男だから言わないでも分かるだろうけど、流れでするのはちょっとね」


 「さりげなく拒否しましたね」


 「君のこと大事にしたいなって思ったから」


 「えっ」


 「俺の気になる人って言うのは柏木さんの事だよ」


 「そうですよね、そうじゃなかったら部長はただの変態ですもんね」


 「そうだよ、好きでもない人を簡単に家に上げないしね」


 「正直私も部長の事気になってたんですよ」


 「ほんと?じゃあ試しに付き合ってみる?」


 「社内恋愛禁止なんじゃなかったんですか?」


 「そんなの気にしてられないでしょ」


 「部長とは思えない発言ですね」


 「とりあえず、一ヶ月でどう?」


 「一ヶ月ですか?」


 「それまでは手出さないからね」


 「一ヶ月過ぎたら?」


 「どうして欲しい?」


 「その時にならないと分かりません」


 「じゃあ考えといて」

 

 「分かりました」


 「じゃあよろしくね」


 「はい」

 

 こうして加奈と部長はとりあえず一ヶ月付き合う事になった。


 その日は何も進展がないまま朝を迎え、自分の部屋に帰る加奈であった。

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