第2話 お近づき?

数日後


 「あーやっと金曜日ですね!」

 まりがスマホをいじりながら言った。


 「ほんと、一週間が長い」


 「今日歓迎会ですよ!」


 「すっかり忘れてたわ」

 加奈は少し面倒くさそうだ。


 「加奈さん一回家帰るんですか?」


 「うち遠いから直行するよ」


 「ですよねー、私は着替えて来ますね」


 「いいね家近くて」


 「加奈さんもすぐ引越しするんですよね」


 「そうだよ」


 「ご近所さんですね」


 「まりちゃんちからは少し離れてるけどね」


 「なーんだ」

 まりは少し残念そうに言った。

 

 「引越し先、ここから近いからさ、遊びに来てね」


 「是非是非!加奈さんち今まで遠くて行けなかったから楽しみです!」



 「なに盛り上がってんの」

 田口が話に割り込んできた。


 「加奈さん引っ越すんですよー」


 「聞いてないんだけど」

 少しムッとする田口。


 「別に言う必要ないでしょ」


 「会社のすぐ近くなんですって!」


 「もーまりちゃん余計なこと言わないの」


 「いいじゃないですかーみんなで遊びに行きましょうよ」


 「いいねいいね!」

 田口がまりに乗っかって言う。


 「あっもうこんな時間だ、お先ですー」

 まりは定時になると速攻帰っていった。


 「柏木は帰んないの?」


 「私このまま行くから」


 「俺もこのまま行くからどっかで時間潰さね?」


 (さすがに田口と二人は気まずいよ)

 加奈はこの前の事もあり避けたかったのだ。


 「もしかして気まずいとか思ってる?」


 「‥‥なんでよ」


 「一回寝たぐらいで気まずいとかピュアだねー」


 「怒るよ」


 「あっ、でも流れでやっちゃうぐらいだからピュアではないか」

 田口が加奈を、からかう。


 「てかここ会社だからその話やめてくれない」

 加奈は誰かに聞かれてないかとヒヤヒヤしていた。


 「みんな今日の歓迎会の為に帰ってるから殆どいねーじゃん」



 その時。


 「ゴッホン」

 部長が咳払いする。

 

 「まずいよ、聞かれてたんじゃない?」

 加奈が焦る。


 「ぶっちゃけ俺、部長苦手なんだよね、気取ってて」

 加奈に耳打ちする。


 「そんな事言わないでよ」


 「とりあえずゆっくり向かうか」


 「そうだね、早めに行って待っておこうかな」


 二人は会社を出て、店に向かう。


 「いらっしゃいませー」


 「予約してる坂口です」

 田口が言った。


 「こちらへどうぞ」

 

 席に案内される二人。


 「やっぱまだ誰も来てねーな」


 席にはまだ一人も来ていなかった。


 「どこ座る?」

 一応聞く加奈。


 「適当でいいんじゃね?」


 「よいしょっと」

 

 「適当でいいって言ったけど何もそんなに離れなくていいじゃんかよ」


 「ご飯ぐらいゆっくり食べたいから」

 加奈は田口から離れるように隅っこの方に座った。


 そうこうしてる間に他の社員たちが集まってくる。

 

 「お疲れ様です」

 部長もやって来る。


 「みんな好きな所に座ってもらっていいから」

 部長はそう言うと加奈の横に座った。


 (なんでよりによって隣なのよー!)

 加奈は隅っこを選んだ事を後悔していた。


 ところが、あっという間にみんな着席してしまい動けなくなった加奈。


 (最悪だもう諦めよう)

 加奈は部長の相手をしなければならないと思い緊張していた。


 「柏木さん、楽にしていいよ」

 部長が加奈に言ってきた。


 「あっはい」

 (え、なんか優しくない?歓迎会だから気を遣ってる?)


 「それでは、今日は坂口部長の歓迎会という事で部長に一言お願いしようと思います」

 幹事が言った。


 「お疲れ様です、今日は‥‥‥」


 部長の挨拶も終わり乾杯する。


 かんぱーい



 向こうのほうからまりが手を振って来る。


 (まりちゃんいつの間にいたんだろ)

 加奈も手を振りかえす。


 「柏木さんは石田さんと仲良いの?」

 部長が話しかけてきた。


 「はい、なぜか気に入られちゃって」


 「柏木さんは不思議と人を惹きつける魅力があるんだろうね」


 「あ、ありがとうございます」


 (なんだこのフワフワした気分は)

 加奈は顔が赤くなる。


 部長は加奈と話しながらもみんなと会話を楽しんでいた。


 「おーい、飲んでるかー」

 田口が加奈の所に近づいて来た。


 「ちょっとあんたお酒弱いんだからもうやめといた方がいいよ」


 「いいの、いいの、部長飲んでますかー」

 田口が部長にも絡み出す。


 「田口君だっけ?最近調子いいみたいだね、この調子で頑張ってね」

 部長は田口に微笑んでみせた。


 「‥‥はい」

 田口は拍子抜けした表情で去っていった。


 「すいません、あいつバカなんです」

 加奈がフォローする。


 「そう言えば今日、田口君と混み合った話してたみたいだね」


 「そ、それは」

 (やっぱ聞かれてんじゃん、どうしよ)

 


 「この会社って社内恋愛禁止なの知ってるよね?」

 グラスのお酒を一気に飲み干すと、部長は言った。


 「えっそうなんですか?初耳です」


 「実は知らない人も時々いるみたいなんだけど、ちゃんと入社する時に契約書に書いてあるんだよね」


 「それは見落としてました」


 「まぁそうゆう事だから気を付けてね」


 「はい」

 (それで目付けられてたんだ)

 加奈は腑に落ちた。


 会も終わりを迎える。


 「二次会行ける人ー」

 幹事がみんなに声をかけて回る。


 「柏木さん行くの?」

 部長が聞く。


 「私は家遠いんでここで失礼するつもりです」


 「そう」

 部長が一瞬残念そうな顔をする。


 「すいません」

 (なんで謝ってんだ私)


 「おい、大丈夫かよ」

 同僚が田口に肩を貸している。


 「言ったじゃんやめときなって」

 加奈が吐き捨てるように言った。


 「柏木ー家まで送ってー」


 「家知ってるなら頼んだ!」

 同僚が加奈に田口を渡す。


 「えっ知ってるけど、マジかー」

 加奈は仕方なく送る事にする。


 「加奈さんお疲れでーす」

 まりは二次会へと行ってしまった。


 取り残される加奈と田口。


 「歩きでいいよね」

 加奈が田口に聞く。


 「タクシー拾お、歩けない」


 「すぐそこなのに」


 加奈はタクシーを捕まえると田口を乗せ、自分も乗り込もうとしたその時。


 「待って」

 部長が走ってきた。


 「どうしたんですか?」

 加奈はビックリして聞く。


 「柏木さん田口君の家教えて、俺が送るから」


 「あっはい」

 タクシーの運転手に住所を伝え、部長に任せる加奈。

 

 「柏木さん、気をつけて帰ってね」


 先に乗り込んでいた田口が少し寂しそうな眼差しで加奈を見る。


 「出発して下さい」

 部長がそう言うとタクシーは走り出した。


 (よかったのかな)

 加奈はホッとしたのと同時に田口に悪いことをした様な気分になった。


 週末の夜という事もあり電車も人が多い。

 

 (あとちょっとの辛抱だな)

 加奈は電車に揺られ、睡魔と戦いながら帰る。


 その日は疲れてしまいすぐ眠りについた。



 翌週


 「おはようございまーす」


 「おはようまりちゃん」


 「加奈さん二次会来ればよかったのに」


 「楽しかった?」


 「正直飲みすぎてあんま覚えてないんですよね」


 「なんだそりゃ」

 加奈は笑って言った。


 「ところで田口先輩の事送ったんですか?」


 「それがね‥‥」

 加奈はその時の出来事を話した。


 「えーわざわざ変わってくれたんですね」


 「私も驚いたけど、助かったよ」


 「どうりで二次会にいなかった訳だ」


 「来なかったの?」


 「そう、主役なのにいないし帰っちゃったのかと思ってた」


 「そうなんだ」


 「あっ部長おはようございます」

 部長が丁度通りがかった。

 

 「田口の件はありがとうございました」


 「別にいいよ」

 部長はそっけなく答えた。


 「相変わらずだね」

 まりが言う。


 「歓迎会の時は雰囲気が柔らかい感じがしてたけど」


 「そうは見えなかったですよー」


 「そう感じたのは私だけなのかな」


 「どうでした?隣に座ってたし、いい匂いしました?」


 「匂いなんてしないよ、多分」

 (緊張してたからそんな余裕なかったな)


 話をしてると田口がこっちにきた。


 「お前裏切ったな」

 それだけ言い去る。


 「なにあいつ」

 

 「あれー加奈さんもしかして私に秘密がありますねー」


 「ないし、てかなんでもかんでもまりちゃんに言わないから」


 「私の予想ですけど、加奈さん田口先輩と寝たでしょ」


 「寝てない」


 「じゃあキスはしたでしょ」


 「してない」


 「じゃあ田口先輩の片想いかー」


 「なにそれ」


 「加奈さん気付いてないんですか?あんなに分かりやすいのに!」


 泊まった日の事を思い出す加奈。


 「悪い女ですねー」

 まりが意地悪そうに言った。


 「まりちゃん、人の事はいいから仕事しよ?」


 「はーい」


 (この女なかなか鋭いな)

 加奈は少し怖くなった。


 ピロン


 加奈のスマホにメールが届く。

 田口からだ。


 《今日時間ある?》


 《引越しの準備で忙しい》


 《わかった》


 《なんかあるの?》


 《なんでもない》


 (なんなのよもう!)

 加奈は少し焦ったくなる。


 お昼の時間になり加奈とまりはいつも通りランチに向かう。


 「なんか楽しい事ないですかねー」


 「まりちゃんの言う楽しい事って人の噂だよね」


 「加奈さんひどい!流石にそれはないですよー私だって自分の事で精一杯なんですから」


 「ごめんごめん、今日は奢るから許して」


 「そうですか?じゃあ何にしよっかなー」


 (切り替え早っ)


 「あっここ一回行ってみたかったんですよ!」

 

 「じゃあここにしよっか」


 二人は洋食屋に入っていく。


 「外並んでないから空いてると思ったのに中はいっぱいですね」


 「そうだね」


 席に案内される二人。


 「そうだ、引越しってもうすぐですよね?私片付け手伝いますよ!」


 「悪いからいいよ」


 「手伝ったついでに引越しパーティーしたいんで全然気にしないでください」


 「そ、そう?じゃあお願いしようかな」




 次の週末



 加奈は荷物を持ち、玄関に立っていた。


 「元気で頑張るのよ」

 母が言う。


 「たまには帰ってくるから、じゃあね」


 実家を出る加奈。


 ガタン、ゴトン


 (この道のりともおさらばか)

 なんだか寂しい気持ちになる加奈。



 まりに家の場所をメールで送り、マンションの前で待っていると、早速やってきたが様子がおかしい。


 「まりちゃん何やってんの?」

 

 そこには、まりの後ろを歩く田口の姿があった。


 「なんであんたもいんのよ」


 「誘われたから断れなくてさ」


 「まりちゃんもなんで誘うのよ」


 「男手があった方がいいと思って!」


 「まぁいっか、こっちだよ」


 三人はエレベーターで部屋のある階まで上がる。


 「へー結構いい所ですねー」

 まりが言った。


 「ありがと、上がって」


 三人は加奈の部屋に上がると荷解きを始めた。

 

 数時間後。


 「だいぶ片付きましたね」

 まりが言った。


 「助かったよ、もうこんな時間だしご飯にする?デリバリーでいいよね?」


 「じゃあ私お酒買ってきますよ!」


 「手伝ってもらったのに悪いよ、私行ってくるから待ってて!」

 加奈はそう言うと財布だけ持ち、出て行った。


 「先輩行かなくていいんですかー?」


 「なにが?」


 「加奈さん一人で行っちゃいましたよ」


 「コンビニすぐそこだし大丈夫でしょ」


 「先輩って加奈さんの事好きなんですよね?」


 「なんで知ってんの?」

 驚く田口。


 「見てたら分かりますよー」


 「柏木には言わないでね」

 苦笑いで言う。


 「もう言っちゃいましたけど」


 「マジ?あいつなんか言ってた?」


 「なんか思い出したかのように顔が赤くなってましたね」


 「そっか」

 

 「加奈さん魔性の女ですよ」


 「なんで?」


 「気のないふりして、男を弄ぶんですよ」


 「なんでそう思うの?」

 

 「私人間観察するのが好きでよく見てるんですけど加奈さん先輩が好きな事ずっと前から気付いてるはずなのにとぼけちゃって」


 「まぁ別に弄ばれてるつもりはないから大丈夫だよ」


 「だから!今日先輩を誘ったんですよ!」


 「どうゆう事?」


 「私これで失礼するんで加奈さんと二人っきりで距離を縮めて下さい!」

 まりは最初からそのつもりだったのだ。


 「ありがたいけど、せっかく来たんだからまりちゃんもご飯くらいは食べようよ」


 「私この後デートなんです、だから大丈夫ですー頑張って下さいね!」

 そう言うとまりは帰って行った。


 「変わった子だなぁ」

 田口は呆然としていた。


 しばらくして加奈が帰って来た。


 「あれ?まりちゃんは?」


 「なんかデートがあるとかで帰ったぞ」


 「それならそうと言ってくれればよかったのに」


 「まぁいいじゃん、デリバリーも丁度さっき届いたし食べよ!」


 「うん!おつかれー」


 二人は乾杯し、一仕事終わった達成感からお酒が進む。


 「あっ!あんた今日は自分でちゃんと帰ってよね」


 「わかってるよ。ところでさ一つ聞きたいんだけど」


 「なに?」


 「この前俺んち泊まったじゃん?その、‥‥謝りたいなって」


 「急になによ、あんた多重人格なの?」


 「俺、お前のこと本気だから」


 「えっ?」


 「あの時は我慢出来なくてついやっちゃったっていうか、冗談とかじゃなくて本気で俺と付き合って欲しい」


 「ちょっと待って、少し考えさせて」

 いきなりの事に加奈は戸惑っていた。


 「分かった」


 「今日はもう帰って」


 「うん、また会社でな」


 「気をつけてね」


 田口は大人しく帰って行った。

 

 (田口の事は友達って感じなんだよなぁ)

 加奈は複雑な気持ちになっていた。


 (ちょっと気分転換に夜風に当たろ)

 加奈は散歩する為にエレベーターに乗り込んだ。


 ポーン


 エレベーターが一階に着きドアが開く。


 「柏木さん?」


 「え、部長?なんでいるんですか?」


 エレベーターの前には部長が立っていた。


 「なんでってここに住んでるから」


 「そうなんですか?私、今日引越して来たんですよ」


 「そうなの?偶然だね」

 部長は笑顔になった。

 

 (部長の笑顔素敵だなぁ)

 加奈が見とれていると、部長が言った。


 「どっか行く途中だったんじゃないの?」


 「そうでした、では失礼します」


 「ちょっと待って、もしよかったらこの辺案内するよ」


 「大丈夫ですよ、この辺なら多分私の方がよく知ってますから」


 「アハハ、そうだよね!ごめんごめん」


 「でも、逆に案内しますよ!」


 「いいの?じゃあ着替えてくるから待ってて」


 「はい!」


 加奈はエントランスで部長を待つ事になる。

 

 「お待たせ!」


 部長はパーカーにスウェットというラフな格好をして登場した。


 「随分楽そうな服装ですね」


 「スーツは息が詰まるから帰ったら速攻脱ぐんだ」


 「そうなんですね!じゃあグルっと周りましょうか」


 「うん、よろしく」


 散歩しているうちに打ち解けた二人は流れで部長の部屋で飲む事になった。


 「おじゃまします」

 少し緊張気味の加奈。


 「どうぞ」


 「片付いてますね」


 「まぁ家いる時間が少ないからね」


 「毎日お疲れ様です」


 「適当に座って」


 加奈はソファに腰掛けて部屋をジロジロ見る。


 「ビールでいい?」


 「はい、いただきます。部長がこんなに話しやすい方だとは思いませんでした」

 ビールを受け取りながら加奈は言った。


 「なぜか近寄り難いって思われてるみたいなんだよね」


 「私とトイレでぶつかったの覚えてます?」


 「あの時はごめんね、俺緊張してて、挨拶の内容とかで頭いっぱいで、感じ悪かったよね」


 「印象は良くなかったですね、でも話してみると悪い人ではないって事がよく分かったんで大丈夫ですよ」


 「よかった誤解が解けて」


 「ところで歓迎会の時の事なんですけど」


 「田口君の事?」


 「はい、なんで変わってくれたんですか?」


 「なんか柏木さんが嫌がってるように見えて気になってたから」


 「そう見えました?」


 「田口君一方的に柏木さんに好意持ってるように感じてたから」


 「それでよく私見られてたんですか?」


 「‥‥あっそうかもね」


 「社内恋愛禁止、だからですか?」


 「まぁそうゆう事にしとこうかな」

 部長は笑いながら言った。


 「結構飲んじゃいましたね」


 「明日休みだからって深酒はよくないね」


 「時間があっという間ですね」


 「柏木さんとは話しやすいし、よかったら時々お酒付き合ってくれないかな」


 「私も楽しかったので、よろこんで」


 「じゃあ気を付けて、って程の距離でもないけど、お酒入ってるから転ばないようにね」


 「おじゃましました」


 加奈は部長の部屋を出て自分の部屋に戻ってきた。


 (それにしても部長って見れば見るほどイケメンだったな)

 

 加奈は部長の事が気になり始めていた。


 「もう寝よ」


 加奈はお酒が入っていた事もありすぐ眠りにつく。


 

 

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