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翌日。丸口が料理上手だったこと、その弁当が食べられたことを金輪先輩に報告したら、驚いた顔をされた。
「お前、“丸口ほの”と聞いて気がつかなかったのか?」
「え?」
「“料亭ほの”と言ったら、全国チェーンの高級和食料理店だぞ! 日本食の世界大会で今年、十冠を達成したのが丸口哲郎。丸口グループの筆頭だ」
「……丸口は世界一の和食料理人の娘? 超お嬢様?」
“料亭ほの”は、テレビや雑誌で見聞きしたことはある。だが中流家庭に生まれた俺は、高級和食料理店に大して縁がない。親はもしかしたら知っているかもしれないが。
……そういえば、俺が県中にいた時、「ちょーすごい料理人の娘がいるらしい」という噂は聞いたことがあったな。だが俺の周りの人は、どんな子かは知らないと言っていた。
「あっ」
「む? どうした?」
「……思い出したんですけど。俺が中学の時、めちゃくちゃ綺麗なクッキー、差し入れに来た子がいたんです」
差し入れをしてくる人はだいたい決まっていたが、やはり手作りというのは、上手い下手が分かれる。一回だけ俺の前に現れて、「頑張ってください」と呟いた、すごく地味な女子。そのクッキーはあまりにも出来が良すぎて、「これ絶対手作りじゃないよね。市販品を詰め替えてる」と、当時付き合っていた彼女が鼻で笑っていた。
「安達せんぱーーい!」
部室の扉をガラガラと開けて、丸口が入ってくる。今日の髪留めは……うな重?
例のクッキーを渡してきた時も、確か、目玉焼きみたいな変な髪留めをしていた。
聞いてみたら、言質が取れた。やっぱり、あの時の地味な女子が丸口だったらしい。
「見た目も性格も変わり過ぎじゃないか?」
「え? だって先輩が言ったんですよ? 『もっとおしゃれして明るくしたら可愛いのに』って」
「……」
「『これワンチャンあるのか!?』と思って、あたし本気出すことにしました。高校デビューしてやるって。でもその通りでしたね! 丸口ほのは、磨けばめっちゃ可愛くなれる原石だったんですよ!」
えへんと胸を張る丸口。俺は頭を抱えた。軽い男だった当時の自分を殴りたい。
あのクッキーは、本当に手作りだったんだろう。身近な女の話を鵜呑みにしたモテ期の俺、最低だ。
「そんなことより! 先輩、今日もお弁当、いかがですか?」
ひょいと取り出されたのは、昨日の1/2サイズの弁当箱。これなら、昼休みの間に食べられるだろう。
「ふふふふふ。口にしたら最後。もうあたしからは離れられませんよ?」
「ヤンデレみたいなことを言うな、毒でも盛っているのか」
「もちろん。愛という名の、猛毒です❤︎」
「……よくそんな恥ずかしいことを口にできるな……」
「ああ、青春だな」と、金輪先輩の涙ぐむ声が聞こえた。
「幸せになれよ、悠」
「あの、金輪先輩、誤解です。俺と丸口は付き合っていません」
「めぼしい女を取っ替え引っ替えしてきたお前が、一途に追いかけて来た女の子に救われる。最高のラブストーリーではないか!」
口ごもる。「めぼしい女を取っ替え引っ替えしてきた」という言葉を否定しきれない。
「安心してください金輪さん! この丸口ほのが、安達先輩を幸せにしてみせます!」
「おう! よろしく頼むぞ、丸口!!」
「なんで意気投合してるんですか」
グッドラックのサインを作り腕を交差させる二人は、出会って二日の仲とは思えない。
「ほら、行きましょ? 安・達・先・輩っ!」
「行け、悠。もたもたしていると、昼休みが終わるぞ」
半ば強引に部室から追い出される。
「もし良ければ金輪先輩も」
「男女の仲を邪魔できるか!! オレは部室で食べる……それが
「いや、だから誤解、」
「くぅっ……オレも彼女が欲しい!!」という嘆きを最後に、バタンと扉が閉められた。
「……金輪先輩が一人で飯を食べるなんて……」
いつもは誰かと食べに行っている印象だ。傷心しているのは間違いない。何かうまいものを食べれば落ち着くだろうが……。
「今度、金輪さんにも差し入れしないとですね。情報提供料だけじゃ申し訳ないです」
哀れみの込もった丸口の言葉にハッとする。
「情報提供料……? まさか、食べ物で金輪先輩を買収して、俺の摂食障害のことを知ったのか?」
「手強かったですよ。色仕掛けしても畑を人質にしても、口を割りませんでしたから。でもあたしの料理を食べたら、『オレの負けだ』って言って、急に野菜を渡してきて。逆に頭を下げられたんです」
あの弁当の裏に、そんなバトルがあったとは。妙に二人の仲がいい理由にも、少し納得がいく。
閉じられた扉に視線を戻す。畑を犠牲にしても俺の弱みを喋ろうとしなかった金輪先輩に、「漢だな」と。尊敬の念を送った。
「金輪さんのためにも、あたしの告白にいい返事をしないとですね?」
「それとこれとは別だ。今は誰も彼女にする気はない」
「なっ!?」
……丸口には、かっこよくない俺と付き合って欲しくない。
これはプライドだ。
いつかまた。俺が、俺を好きになれる日がきたら、その時に。
<了>
生意気な後輩がお弁当を持ってきたというラブコメもどき 紅山 槙 @Beniyama_Shin
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