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 過食と嘔吐を繰り返すなんて、女の病気だ。男で起きるはずがない。

 そう思い込んでいたが……主治医によると、スポーツ選手ではよくあることらしい。


 俺は中学時代、3年生の時に73kg級で全国大会で2位になっていたが。高校に入ってからは、66kg級で戦うことを前提に指導された。


 今度こそ、全国トップに立つ。その目標を胸に、躍起になって練習した。厳しい体重制限で常に空腹感を抱えていたが、66kg級で挑まなくてはならないからと耐えていた。2年間、屈強な先輩たちに勝てなかった悔しさと、中学最後の大会も2位で終わった無念さ。それを塗り替えるために、王者の地位を欲した。


 ……そして、7月。俺は県大会で落ちた。全国に行けなかった。悔しさが引き金になって、過食が始まった。


 冬の総体前。追い込みの練習中に倒れ、病院に運ばれた。俺を診察した医者は、「暴飲暴食と嘔吐をしていないか?」と尋ねてきた。


『何で、それを……』


『歯が溶けているよ。しかも異常に痩せている。拒食症の典型的な症状だ』


 脱水症状と貧血があり、骨密度も下がっている。これ以上の運動は危険だとも言われた。冬の総体には、出場させてもらえなかった。


 過食のことは隠していたのに、「命に関わるから」と裏切った医者。摂食障害になったことを知って俺を見限ったコーチ。異常に気づきながら何も言わなかった家族。俺を見捨てた元カノ。色んな人を恨んだ。


 ……なおらない。おさまらない。何を食べても吐き戻してしまう。

 体が胃に物を入れることを拒否している。こんなものは消化できないと追い出される。


 トイレから出て鏡の前に立つと、やつれて何もかもを失った、醜い俺が映る。


 ……俺はもう、俺じゃない。

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