3

「先輩、先輩、安達せーん、ぱい!」


「……またお前か」


 翌日に、例の変人は現れた。今度は昼休みに。ピン留めがなぜか餃子に変わっている。


 図書館に行こうとしたんだが、待ち伏せされていたようだ。


「えへ。告白の返事を聞こうと思って」


「断ったはずだ」


「ではもう一度言います! 付き合ってください!」


「もう恋愛はこりごりだ。今は誰も彼女にする気はない」


「う。何気にモテる発言していません?」


「お前、一年生だよな? 俺のこといつ知ったんだ?」


「あ、聞いちゃいます? ふふふ。実は、前世からです! 超☆運命!」


「……異世界転生物は嫌いなんだ」


「ああああーーーー! 待ってください、嘘です! 冗談です! 先輩が中学の総体に出ていた時です!!」


「……お前、あがた中出身か?」


 県中学校は俺の母校だ。丸口はこくこくと頷いた。


「思い出せないな」


 モテていたのは本当だ。中学時代、俺の周りにはよく女子が集まっていた。差し入れとしてお菓子をもらうこともあった。金輪先輩は手作り菓子を「貴重だ」と言っていたが、俺にとっては別段、特別なものではなかった。


 取り巻く女の子の数人と付き合ったり別れたりという経験もあるが、”丸口ほの”と言う名前は覚えがない。この容姿なら、当時の俺が気に留めていてもおかしくはないと思うが。


「あたしは覚えてますよ! 柔道で、真剣な顔で、ドーン! ダーン! って、相手をやっつけちゃう先輩のこと。はぁ……もう超カッコよくて……」


「俺はもう、あの時の俺じゃない」


 吐き捨てるように言葉を遮った。一番輝いていた時の俺を知っている。それは今の状況を嘲笑うための伏線に感じて、不快感のような痛みが、胸で疼いた。


「だからここに入学してから、びっくりしましたよ。安達先輩、柔道やめちゃったんだって」


「……」


「どうしてやめちゃったんですか?」


「お前には関係ない」


「関係なくないですよ! あたし、先輩に会いたくて超勉強して、この学校入ったんですから!」


 黒同高校は進学校だからこそ、勉強面も厳しい。俺はスポーツ推薦で入ったが、偏差値七十以上の高校を狙う受験生が、滑り止めとして受けて入ってくることも多い。


「でも、園芸部もいいですよね。汗水流して畑を耕す先輩……『お疲れ様、どうぞ』って、冷たい麦茶を差し入れしたいです」


「昨日から思ったが、汗フェチか?」


「あ、確かに。そのケはありますね!」


 認めた。


「ところで先輩、お昼はもう食べたんですか?」


「……」


「折角だから、一緒に食べません? あたし、もっと先輩とお話ししたいですし」


「俺は忙しい。食べるならクラスメイトと食べろ。四月中にグループ作らないと、後々辛いぞ」


「ご心配どうもです! でも今日くらいいいじゃないですか」


「帰れ」


「だってあたし学年が違うんですよ? 授業休憩の間に先輩の教室行ける余裕ないですし、少しくらい、」


「帰れと言ってるだろ、聞こえないのかっ!!」


 人気のない廊下だが、あたりがしんと静かになった気がした。自分でも驚くほど久しい、大声だった。


「……あ、ご、ごめんなさい……」


 丸口はカチンとフリーズして、小さな声で謝罪を零す。

 入学して間もない後輩に、衝動的な怒りをぶつけてしまうとは。俺も罰が悪くなる。


「……怒鳴って悪かった。けど、昼は食べないことにしているんだ」


「え? じゃあ、いつ食べて……」


。俺を見て、何となく分からないか?」


「……」


 脂肪を失い、筋肉は痩せ細り、ほとんど骨とすじだけになった俺は、昔のようなかっこよさはない。

 こんな状態の人に告白してくるとか、どうかしている。俺も今の自分が嫌いだ。


「告白も、気持ちだけは受け取っておく。でも諦めてくれ」


 逃げるように図書室に入り、扉を閉めた。

丸口はキュッキュと小さな足音を立てて、遠ざかって行った。


「……はあ」


 感情が不安定になっている。食べたくても食べられない、この空腹感が悪いのか。本を読んで気を紛らわせようと、読みかけの小説に手を伸ばした。

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