第20話 川
「全軍で10分後に総攻撃をかける。それまでに準備しておけ!」
そう士純は言うと、スッキリとした顔を見せた
花序は士純の無能発言を受け、心底心の中で激怒していたが、それでも余裕の表情を見せていた
この圧倒的な戦力差の中で誰が自軍の心配をするのだろう
そんな誰もが勝利を確信する陣営の中で一人だけ、反乱側の方を望遠鏡で覗き込み心配している日本人がいた
「おかしい.....。昨日まで川には水が引かれていたはず。それが今日となっては乾いた状態でいる。まるで川じゃない、ただの縦に長い穴のような感じの」
彼女の名前は黒入 光
軍の上層部にただ一人だけいる日本人である
戦争が始まる前から親中派であったこと、高貴な家柄であったことより政府から直々に呼ばれたのである
といっても上層部に日本人がいますよという公平制を見せるためにものであり
光には一兵卒すら動かすことが出来ない、いわば形だけであった
「.....もしかして」
光の頭の中に嫌な予感がよぎる
時間がたち敵側が動くにつれ、光は自分の予感を確信へと変わっていた
総攻撃1分前のところで光は大将の花序のところへ向かい、作戦の取りやめを促していた
「花序中将、少しよろしいですか」
「ああ?まあ良いが.....何の用だよ」
花序中将は見せつけるように嫌な顔を見せたが、皆の前で「自分は柔軟な思考を持っている」と言った以上、光を追い返さずに聞くことにした
それも聞くという形程度のスタンスだが
光はそんな建前など知る由もなく、平然と自分の意見を告げた
「花序中将は総攻撃を仕掛ける際、どのような感じで行くつもりですか?」
「圧倒的な軍事力で早々に終わらせる。総攻撃を開始したら、全軍で素早く突撃するつもりだ」
「あの.....川の方に橋を架けるつもりですか?」
「川?川なんてどこにある。ふざけた事を申すな」
「えっ!あの横に長いくぼみが川なのですが。水が抜かれており川に見えませんが、あれは川です。総攻撃を仕掛ける際、あのくぼみに足を付けないようにしてください。必ず橋を架けてから渡るようにしてください」
「黙れ!私に作戦にケチをつけることは許さない。たかが日本人が私に意見を出すな!身分をわきまえろ」
柔軟な思考を持っていると言った側から、差別発言
花序のメッキがはがれた瞬間だった
「そろそろ時間だな」
花序はマイクを手に取ると、予定通り総攻撃の合図をかけた
「準備は良いか!10分が経った。総攻撃開始だ!武器を手に取り、スラム入居者を一人残らず殺せ!奴らの息の根を止めろ!」
「出動だー」
「おおおおおおおおおおおー」
花序の合図に軍隊が雄たけびを上げる
その様子を見て、遅かったかと項垂れる光だった
「水面さん!敵が一斉に突撃してきます!どう対処するつもりですか」
「そりゃあ、こっちも突撃して攻撃するしかないでしょ」
「ええ.....!?」
一方、スラム陣営では突撃してくる軍隊たちに恐れをなしているものばかりだった
今の状況で有効な攻撃手段など見当たらなく、戦車や銃を持つ人々に恐怖するしかなかった
自分たちの貧弱な武器に貧弱な心も合わさり、ただただ絶望するしかなかった
そんな誰もが恐慌している中で水面は突撃の命令を出した
「突撃!」
そう言うと、水面はイの一番に戦場へ駆けた
日本人というのは異常に周りに合わせる生き物だが、一人でも行動するとその考え方は薄れる
退路もなく、水面しか頼れないという状況もあって、スラム入居者は水面に続き突撃をした
赤信号みんなで渡れば怖くない
水面が動いてから1分もしないうちに全員が同じ行動をした
「者共!私に続け!勝利はもうすぐだ」
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